ぐったりと力が入らないリカを抱えて、大祐はバスルームにいた。
あれから、密着したまま離れることのなかったリカを、すぐに力を取り戻した大祐が再び愛しつくした。
温くなっていたお風呂を沸かしながら、少し熱めのシャワーをかけあっている。
「もう入れるかな。お湯につかる?」
「……先に大祐さん、入って。少し向こう向いてて」
「ん?まだ流したりない?」
流してあげるよ、と言われてもハイ、そうですか、お願いします、とはなかなか言えずに、リカはのろのろと手を伸ばした。
「いいの。自分でできるから」
「なんで?いいよ。流してあげるよ?」
再び、肩の上からずっと大祐の掌が肌の上を洗い流していく。そのシャワーヘッドを掴んで、リカは自分に引き寄せた。
「ほんとに、いいのっ。あ、あったまってて」
「え、言ってよ」
「いいからっ」
違う意味で頬を染めたリカが頑なに言い張るから、大祐も気になって食いついてからあっと、ようやく気付く。触れられる範囲は、洗い流したつもりでいたが、確かにそれはリカが嫌がるのもわかる。
きゅっと手を伸ばして少しだけ温度を下げると、すっとリカから離れて背を向けた。
「ごめん。鈍くて……」
—— 大丈夫。見ないから
本当なら一緒にバスルームにいることも恥ずかしくて、嘘のように熱が引いた後は恥ずかしくて仕方がない。温くなったシャワーを握りしめて動けないリカの背後からひどく気まずそうな声がかかった。
「あ……の、手伝おうか?」
「い!!いいですっ!!」
背を丸めたリカが泣きたいくらい恥ずかしさを堪えて腹に向けてシャワーを流した。屈みこんだ中からどろりと流れてきたものをシャワーの湯が洗い流していく。
きゅっとシャワーを停めると、背を向けて湯船に入っていた大祐の傍に体を腕で隠すようにして湯に入った。
「お、待たせしました……」
「いや……。大丈夫?」
「大丈夫!あのっ……!さっきの、さっきの……」
ん?と物問げな顔を見せた大祐に茹でタコのように真っ赤になったリカが顔を沈めそうな勢いで、何かを言いたそうにしている。
―― さっきの私は、忘れてくださいっ!
気力を振り絞ったリカがそういうと、大祐が驚いた顔を向けた。
「え?なんで?」
ざばっと濡れた手で顔を覆ってしまったリカが、今にも泣きそうな様子を見せる。忘れてくれと言われたことも驚いたが、それ以上に、今、リカが泣きそうになってることの方が驚きだった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。え?わからないんだけど、どういうこと?」
「だって……」
あんなに感じてくれて、一つに溶け合ったと思ったのに、急に忘れてくれと言われると、男としても傷つかないわけではない。膝を抱えるようにして並んでいた大祐は体を捻ってリカの方へと向き直った。
「り……」
問い詰めそうになった自分に待ったをかけて大きく息を吸い込む。極力、声を穏やかにしてから口を開いた。
「リカ。落ち着いて、教えてくれる?あの、嫌だった?」
ふるふると首を振ったリカに、ひとまずほっとした大祐は無理強いをしないように、そうっと顔を覆っているリカの手首を掴んだ。
「じゃあ、どういうこと?俺、鈍いから気づかないうちにリカのことを傷つけた?」
「違っ、違うの……。私……、あんな……」
「あんなって……。もしかして」
濡れた手で顔を覆っているからわかりにくいが、泣きだしてしまったらしいリカの耳元に近づくと、もしかしての中身を確かめようと、ほかに誰がいるわけでもないのに、声を潜めて囁いた。
びくっと、肩が揺れて、ますます身を竦めたリカが隅の方へと小さくなる。
「私っ……、お休みにも、一緒にいられることにも、浮かれてて……」
―― あんな、はしたない真似……っ
大祐に抱えられて、バスルームに来てシャワーで洗い流れているうちに、自分が何をしているんだろう、と我に返っていくうちに今の自分の状態も、先ほどまでの自分のしていたことにも恥ずかしくなってどうしようもなくなった。
逃げ出したいくらい恥ずかしくて、恥ずかしくて。そのままバスルームから出ていきたいくらいだったが、どうしても大祐に忘れてほしくて、一緒に湯船に入った。
「ひ……っく、ふっ……」
ぐすっと鼻をすすりながら泣くリカを向きを変えた大祐が、ぐいっと引っ張って自分の足の間に抱え込んだ。
「……はぁ。びっくりした」
「……っ、ふぇ……」
「驚かさないでよ。心臓が止まるかと思った」
「ごめ……なさ……」
泣き続けるリカを優しく見つめながら、心底から安堵のため息をつく。
―― もしかして、さっきいっぱい気持ちよくなってたこと?
なるべくソフトにきいたつもりだったが、結果は大して変りない。どれが、と言うのではなく、自分から動いてしまうほど酔いしれていたことも、大祐を求めたことも、すべてのことを指しているのだろう。
それを忘れてくれと言って泣かれるとは思ってもいなかった。
「リカ。リカは嫌だった?俺に無理に、その……、されてるみたいだった?」
「ちが……。でも……」
「うん。じゃあ、申し訳ないけど、忘れてあげられないよ。だって、俺はとっても嬉しかったし、リカに負けないくらい気持ちよかったし、すっごく、溶け合って幸せだったから」
ぴく。
泣いて肩を震わせていたリカがそれを聞いて、顔を覆っていた手を少しだけ緩めた。その隙間を覗きこんだ大祐がふにゃっと情けない顔で笑う。
「はしたなくなんかないよ。すごくきれいで、可愛くて、ますます愛おしくなった」
涙のにじむ目元を手を添えて親指で拭ってやる。どれだけ肌を重ねても、夫婦になっていても、こんな風に泣くなんて。
「私……」
「うん。絶対。はしたなくなんかない。俺のために俺の前でだけ色っぽいなんて最高だよ」
「嘘……っ!私が泣くからそんなことっ」
「俺!リカを手に入れてから、リカに嘘をついたこと、一度もない。裏の意味を隠して何かを言ったこともない。言葉が足りなくて、勝手に裏を読んでたくさん泣かせたから、もう絶対にそれだけはしない」
―― そうだった……。大祐さんはいつも、恥ずかしくなるくらいまっすぐに私に伝えてきてくれる。だから、自然に深読みしたりするようなことはしなくなってた……
何度も目を瞬かせて、手を離したリカが真っ赤な目で顔を上げた。