FLEX35*~独占欲が変わるとき 10

「ごめ……」
「謝らないでいい。そう言ったのはリカの方だよ?ね?だから、リカも恥ずかしいのはわかるけど、自分を恥じないで。俺はリカを嫌いになったりしないよ」
「ん……」

髪が濡れるのも構わずに大祐にもたれかかったリカをぎゅっと抱きしめる。

「俺、この体勢好きかも。なんか、リカを抱っこしてる感じがしていいね」
「ん。大祐さん」

泣いたことも恥ずかしかったが、なんだかひどく疲れてしまったリカはもたれかかったまま大祐を呼んだ。特に意味があるわけでもなく、ただ名前を呼びたかったからだ。

「うん」
「リカ」
「ん」

同じように、大祐もリカを呼んで、応えたリカをあやす様に揺すると、そろそろでよう、と言ってリカを支えながら湯船から立ち上がった。
バスタオルで体を拭って着替えを済ませている間に、一足先に着替えた大祐がベッドをきれいに整えた。

さっきとは逆に大祐に水を差し出したリカは、ぼんやりと大祐の顔を見つめる。

「リカ?」
「……ううん。寝よう。明日起きられるか自信なくなってきちゃった」
「ははっ、ちゃんと起こすから大丈夫だよ」

そういって、大祐はコップを置いた手をそのまま差し出した。子供のように、手を繋いでベッドまで行くと、大祐に寄り添ってリカが肩の上に頭を乗せる。

「大祐さん、やっぱり優しいね」
「何?急に」
「だって、……私が嫌がるようなことは絶対にしないでしょ?さっきもついって言ってたけど」

夢中になってタガが外れたつもりでも、絶対に、リカを傷つけるようなことだけはしない。
リミッタの向こうにはもっとひどいことだって、やろうと思えばできるし、それでリカを縛り付けることだってできるのはわかっていても、そんなことは絶対にできなかった。

「優しいんじゃないよ。当たり前でしょ?もういいから眠って。きっとすぐに眠れるから」
「うん。眠くなって……」

すうっとリカの声が途切れたと思ったら、寝息が聞こえ始める。寒くないように布団を引き上げた大祐も同じように瞼を閉じた。

随分遅くまで起きていた上に、寝る前に泣いたせいもあって、大祐が目を覚ました時には、まだ隣からは規則正しい寝息が聞こえてきていた。
初心者のリカを連れていきなり蔵王などに行くのはさすがになくて、調べた結果、行くのは泉高原スキー場という、仙台市内からも遠くないところにするつもりだった。
早めに行かないと、駐車場が埋まってしまって離れたところしか空いてないことになってしまうと、昨日、仲間達から情報をもらっている。行く時は離れていてもいいかもしれないが、帰りは、疲れたところで離れた駐車場まで歩くのは辛いだろう。

有料を使わずに走ったとして約一時間半。
時計を見れば、支度をする時間も考えてそろそろ起こさなければならない。先に起きて部屋を暖めておいた大祐は、ベッドに沈んでいるリカの頭を撫でた。

「リカ。起きて」
「……」
「リーカーぴょん。雪、積もってるよ?」

その一言で、がばっと起き上がったリカは、大祐と目が合うと慌ててぼさぼさの髪を手櫛で押さえた。

「お、おはようございます」
「おはよ。外、なかなかきれいだと思うけど、見てみる?」
「うん」

差し伸べられた手をとって、窓際に行くとカーテンの隙間から表を覗いた。

「わっ!!」

このあたりで言えば、積もったと言ってもせいぜい数センチがいいところで、スニーカーなら靴が埋まらない程度ではあるが、まだ朝も早い上に、一面、雪という状態をリアルに見たことのないリカには十分、感動だった。

「すごーい……。結構、降ったのね」

都内であれば間違いなく大渋滞の上に、あちこちの交通機関が止まっているレベルだ。
リカの背後に立った大祐がくすっと笑った。

「全然。降ったなっていってもこのくらいなら、下はすぐお昼くらいには溶けちゃうんじゃないかな。今日は晴れてるし。日陰じゃなかったらほとんど残らないかもよ?」

それよりも数日前に降った雪の方がまだ解け残っていて、あちこち集められたところに塊として残っている。その上に降ったところだけは、また溶け残るかもしれない。

「えっ、これで溶けちゃうの?こんなに積もってるのに?」
「そんなもんだよ。それより、今日、晴れるから日焼け止め、たくさんした方がいいよ?」
「本当?」

ぱたぱたと洗面所に駆け込んだリカに本当ー、と答えながら、キッチンに立つ。今から朝食と言ってもリカはほとんど食べられないだろうな、と思っていると、こんな休みの日の朝早くから携帯の振動音が聞こえた。

どこかの広告メールか何かかと携帯を開くと、ウェアを持ってきてくれた仲間の内の一人だった。

『雪、よさそうだし、俺達も行くわ。お前、裏道知らないだろ?先導してやるよ。支度、あとどのくらいかかる?』

面倒見がいいというのか、単にリカと近づきになりたいだけなのか、苦笑いが浮かぶが、一晩たって今は、だいぶ落ち着いていた。
素直に、ありがとう、と書いて、リカの支度ができそうな時間を計算して伝えると、すぐに返信が来る。

『了解。暖気しとくからお前の鍵も寄越せよ。下にいるから』

至れり尽くせりではないか。

—— まいったな……

女の人にしてみればリカは支度が早い方ではあったが、それでも30分はかかるだろう。ちらっと時計を見た大祐は、手近にあったダウンに手を伸ばすと、リカに車に行ってくる、と言って部屋を出た。

下まで降りると、一台のパジェロの前にワイワイとすでに集まっていた。片手をあげて彼らに近づくと、おはよう、という声が重なる。

「おう。おはよう。スキーに行こうってのにのんびりだな」
「んなことねぇよ。初心者連れて行くのに、そんなに朝早くからいかないし」
「またまた。そんなこと言っちゃって、どうせ昨夜は……うがっ!!」

からかいを言いかけた江口という同僚の足を勢いよく大祐が踏んづけた。
顔は笑顔なのだからなかなか始末に悪い。

「お前、それ以上言ったらどうなるかわかってるよな?その手の発言禁止!もちろん、想像も禁止!」

おはようの挨拶もそこそこに、真顔でキレた大祐に、皆目を丸くしてからこく、こくと頷いた。
ここで余計なことを言ったらスキーにもいかないと言いかねない。
じろっと睨みつける大祐には逆らわない方が得策、と判断した彼らは互いに目くばせをすると、素直に従った。

投稿者 kogetsu

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