FLEX36*~独占欲が変わるとき 11

三井という別な隊員が大祐に近づくと、手をだして車は自分が、という。

「暖気しときます。時間かかるようなら一度エンジン切っておきますし」
「悪いな。ありがとう」
「いえ。自分も空井一尉とリカぴょんさんのファンなんで!」

がく、と膝からくだけそうになったが、そうか、と呟いて鍵を渡す。雪を払うところからしなければならない状態だったが、それも任せておいてくれ、と言われた。

「それより、空井。お前も支度して来いよ。テーピング、忘れんなよ」
「わかった。じゃあ、後で」

冷えるので、サポーターだけではなくて、テーピングもした方がいいというアドバイスを素直に聞き入れる。松島は本当ならブルーのパイロットとして着任するはずだった大祐の膝の事を知っている者が多い。
確かに、ダウンを着ている上半身は平気だが、足は少し痛む気がする。

二段抜かしで階段を上がると、部屋に戻る。
玄関を開けた瞬間に、ふわぁっと温かい空気に包まれた。

結局、大祐とリカが支度を済ませて下に降りる頃には、スイフトはすっかり雪を払われて車内も温かくなっていた。
大祐に言われて日焼け止めを厚く塗って、着替えを入れたバックと、借りたウェアを身に着けたリカは、皆に礼を言いながら急かされて助手席の人となった。

大祐もあまりよくは知らないという山の中の裏道を延々走っているように思ったが、かかった時間は予定よりもだいぶ早い。
さすが、と思いながら着いたスキー場の駐車場はそれでも第二の一つ下にしか止められなかった。

「私が遅かったからですね。皆さんもすみません」

車から降りて、皆、支度を整えて揃ったところで、リカが申し訳なさそうに言うと、男四人は一斉にいやいや、と手を振った。

「いやいや、リカぴょんのせいじゃないですから!」
「そうそう!俺らも所詮、そんなに気合い入れて滑るわけじゃないし」
「そうです!自分、リカぴょんと空井一尉の」

三井が大祐をそう呼ぶと周りから一斉に頭を叩かれた。まるでコントのような気の合いようについ、リカがぷっと吹き出しそうになる。

「馬鹿っ!お前こんなところで身分がわかるような言い方すんな!」
「肩書禁止、つったろ?!」
「可愛い女子がいてもお前だけハブにすんぞ!」

まるでいつかの合コンの時の片山達のようで、口元に拳を当てて堪えていたリカがちらっと大祐を見て、耐え切れずに笑い出した。
呆れかえった顔をしていた大祐が、しょうもない、と肩を竦める。

「呆れるでしょ?こいつら。片山さんが特殊じゃないっていうのもわかると思うけど」
「あ、あはっ、ごめんなさい。笑うなんて失礼ですよね。でも……、ほんとに、コントみたいで……」

肩を震わせて笑っているリカを見て、男四人が互いに顔を見合わせた。その目の前で、今度は大祐が次々と頭を叩く。

「お前ら、昨日から何気にリカぴょん、リカぴょんって呼ぶな!」
「なんだよ、空井が初めに『はぁ~。可愛いですよねぇ~、俺のリカぴょん』つったんだろうが!」

江口、三井、そのほかに成田、市川の四人を前にくるっとリカが振り返った。

「そんなこと言ったの?!」
「あ、いや、それはものすごく前のことで」
「前でもなんでもっ」

すわ、夫婦喧嘩か?と目を輝かせた四人に向かってなぜかリカが顔を向けた。怒ったリカはその分だけ目がきらきらと強い光を放っていて、その綺麗さが増す。

「改めて、お目にかかったことがある方もいらっしゃいますが、空井リカです。以後!リカぴょん、厳禁でお願いします。当然、職場の方でもそのようにお願いします!」
「「「「りょ、了解!!」」」」

ぴしっと叱りつけるような口調で言ったリカの勢いに負けて、四人全員がびしっと構えの姿勢をとりそうになって、周囲の視線にあわあわとぎこちなく皆、不自然なポーズで誤魔化した。
むぅっとした顔のリカが先頭に立つことになって、行きますよっと言うとその後ろを男達がついていく。

―― この光景って、傍から見たらちょっとだよなぁ……

慌ててリカの隣に並んだ大祐は、後ろの四人に複雑な思いを持ちながらゲレンデに向かう階段を上った。

そのあたりまでは、まだ駐車場でもあり、バスも発着するために、雪が固められていたが、レンタルハウスに向かうあたりからリカの松島にある中で一番、しっかりしたブーツでも足元が危うくなる。
降ったばかりの雪は、思いのほか柔らかで、踏み固めようとしても砂の上のように足が滑ってしまう。

「気を付けて。リカ」
「す、ごい、歩きにくいっ」

よろ、とふらつきながら歩くリカを連れて、レンタルハウスへ入る。足元に敷かれた黒いゴムのようなシートの上に立って、ようやくほっとする。受付伝票を書くための台へと移動すると、揃って名前と住所、そして身長を記入した。
靴のサイズを記入してカウンターへ申し込みに行くと大祐がまとめてレンタル代を支払う。

「俺が誘ったからね」
「ありがとう。どのくらいするのか知らなくて……。昔は友達のを借りたからよく覚えてないの」

時間制でいくらと決まっているなんていうことも知らなかった。大祐には事前に、カード類は使えないと思って、と言われてきたから現金は持ってきたがそれでもいい値段なのね、と思う。

遅いと言っても9時過ぎについたので、6時間でレンタルすることにした。
こちらへ、と案内された先で、先に彼女の方を、と大祐が言うと、係員が心得顔で先にブーツを持ってくる。

「はい、じゃあ、これ履いてみてください」
「あ、はい」

入り口の狭いブーツに足を入れると、久しぶりの圧迫感のある感覚にリカは、うわ、と言いながら両足でとりあえず履き替えてみる。あの頃のブーツとは形が少し違って見えたが、止めようとすると、スタッフに止められた。

「どうですか?つま先とか足首とか、苦しかったり痛くないですか?」
「あ……、ちょっとつま先が当たるかも」
「この辺ですか?」

ブーツの上からとんとん、と叩かれると振動が伝わる。すぐ頷いたスタッフはブーツを脱いでください、と言ってリカが脱いだブーツを持っていって、代わりのブーツを持ってくる。

「あ、こっちなら気持ち、余裕があります」
「そうですか!じゃあ、止めますね」

ばちん、とストラップを止めてもらうと、リカは傍に立っていた大祐を見上げて照れくさそうな顔をする。へへっと笑ったリカのところに、今度は別なスタッフが板とストックを持ってきた。

「これでいいですかね」
「あ、はい」

リカにいいも悪いもない。板とストックを渡された後、これが控えですから返却まで無くさないでください、と言われる。頷いたリカが椅子から立ち上がると、今度は大祐が腰を下ろした。

投稿者 kogetsu

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