「やだ、ちょっとまってよ!」
「待ってってあたしだって無理だってば!」
そんな会話が聞こえてきて、リカはちらりと大祐の方を見上げた。
今どきの可愛らしいウェアに身を包んで、きゃあきゃあと言いながら降りてくる女の子たちと比べると、自分が少しだけ恥ずかしくなる。あのくらい若かったらたとえ、初心者でも格好がついたかもしれない。
―― 三十路手前できゃあきゃあ言っても可愛くないし……
心配そうな顔の大祐が本気で見知らぬ女性たちに見とれているのではなくて、誰にでも優しいからこそだとわかっている。それでも、相手が女性であれば妙に張り合うつもりなどないのに、自分を卑下したくなるのは今までが今までだから仕方がない。
「大祐さん」
「ん?」
目の前を過ぎていく女性たちに目を向けたままで、生返事を返す大祐の頬に手袋をしたままの人差し指を当てた。
「お腹、すいちゃった。そろそろいきましょうか」
「あ、うん。行こうか」
頬をつつかれた意味も分からずに、大祐がようやくリカを振り返る。その時には、ストックを手にして、構えたリカがニヤッと笑った。
「このくらいだったら、私一人でも大丈夫だから。行くね」
「あ、ちょっと。リカ?!」
大祐が止める前にさっさと一人で滑り出したリカは、きれいに左右に流しながら下まで滑り降りた。さすがにその程度ではハンディにもならず、すぐに大祐が追いついてきて、レストハウスの前まで行くと、板とストックを置いて中に入る。
「うわ、あったかい」
「ほんとだ。これ、メガネしてたら確実に曇りそう」
「確かに!」
そんなことを言いながら空いている席を探す。ぱっと見ただけでも食券制の店内は、空いていると見えても、上着が置いてあったり、手袋がキープとばかりに置いてあったりして、なかなか席が見つからない。
二階に行ってみよう、ということで二階に上がると一階よりはいくらか空席があるようだった。
「下とメニューが違うみたいだけど、いい?」
「なんでも大丈夫。上にいて皆さんわかるかな?」
「連絡してみるよ」
今どきはスキー場でも携帯が普通に使える。大祐は人数分の席を確保すると、三井の携帯を鳴らした。
『もしもし』
「あ、もしもし。空井だけど、今どの辺?一足先に、俺達はレストハウスに入ったんだけど。うん」
『了解です。自分たちもこの後降りたら向かいますね。どの辺ですか?』
「二階、真ん中のあたりかな」
『りょーかいっす。じゃあ後で』
通話を終わらせると、先にオーダーだけするのも食券販売機に並ぶ列に迷ってしまう。
「リカ、先に何かあったかいものだけでも飲む?」
「ううん。大丈夫。皆さんが来るまで待ちましょう」
その間にお手洗いに、と言ってリカが席を立っている間に、昼時を迎えた店内はどんどん人で混雑し始めた。
歩くのにも慣れてきたスキーブーツだが、手洗いとなると、ウェアも着ているので時間がかかる。リカが席に戻った時には皆、戻ってきていた。
「お帰り。リカさん。どう?疲れてませんか」
「お待たせしてすみません。大丈夫です。皆さんどのくらい滑ったんですか?」
「リフト券のもとをとるくらいはまだまだかな」
江口がそういうと、ほかの三人もうんうん、と頷き合う。順番に券売機に並ぶことにして、リカと大祐、市川に成田が先に席を立った。
「すごいですね。そうだったわ。なんか、スキー場のお昼って、カレーとかラーメンだった」
壁に貼られているメニューを見てそうだった、と思い出す。無難でもあるし、一番味にまずいまずくないが少ないのもあった気がする。
この4人の中では2番目に滑りに来る方の成田が奥の壁を指さした。
「なんかそのどっちかが確実なんですよね。でもほら、ここだとパスタとか窯焼きピザとかもあるんですよ」
「ほんとだ。リカ、ピザ半分食べる?」
半分、と言う言葉には、それぞれが自分の分で何かを頼んだほかに、半分食べるか、と言うことだと解釈したリカは、首を振った。
「いくらお腹が空いてても入らないわよ。私、ラーメンにするつもりだし」
「ちぇ。じゃあ、俺はカツカレーの大盛りかな」
他にはドリンクを、と話しているうちに列が進む。大祐の言ったように、券売機は現金のみで、最近ではジュースの自販機にも増えてきたスイカやパスモなどは当然使えなかった。
レンタルとリフト代をだしてくれたからと言って、二人分の食券をリカが買うと、今度は注文の列に並んだ。
順番に、食べたいものを仕入れてきた後、皆が席に座ってから頂きます、と食べ始めた。
ビールを飲みたいのだろうが、ノンアルコールで我慢している4人と共に、あれこれと話していると、ふとリカは視線を感じて、斜め後ろのテーブルにちらりと視線を向けた。
男女の混ざったグループがリカ達の方をちらちらと見ては、何かを話しながら笑っている。
「すごいハーレム……」
「女一人ってすごくない?」
そんな声が耳に入ったリカは、若干ひきつった顔で食事に手を伸ばした。
―― そうか!はたから見たら、私、大祐さんを入れて5人の男の人をはべらせてる悪い女に見えるのか!
悪いかどうかはさておきだが、確かにあまり良くは見えないだろう。
そもそも、大祐はリカについていたから別にしても4人のスキーの腕前はかなりの上級者で、同じゲレンデを滑っていれば、ああ、あのうまい人、と大体わかる人もいる。
姿勢がよくて、雰囲気がどこか似ていて。
周りの目を集めるには十分すぎるほどだったと今更のように気づいてしまった。