「大丈夫ですか?!」
雪の真ん中で派手に転がったところはコースにいた全員が注目していた。慌てて立ち上がる者たちがあちこちで見られる中、リカと大祐の様子を上から見守っていた市川たちがすぐに見事な滑走で滑り降りてきた。
三井と成田が、スキーヤーの女性の傍に駆け寄って、助け起こし怪我の具合を見ている。
「大丈夫ですか」
「落ち着いて。無理に立たなくて大丈夫ですよ。まずは板を外しますね」
突然の出来事に驚いて震えている女性から残っていた片方の板を外して、その手からストックを外してやる。ウェアだけでなくあちこち、雪まみれになったところを払ってやると、少しずつ我に返ったのか、じわっと涙を浮かべてすみません、と言った。
「ありがとうございます。びっくりして……」
「わかりますよ。痛むところないですか?手足、ちょっと動かしてみてください」
「はい。……いたっ!!」
足は問題なかったが、手首を回した瞬間、激痛にもう片方の手で二の腕あたりを押さえこんだ。
三井が彼女の板とストックを脇に寄せると、成田が、失礼しますね、と言って腕に触れた。
そっと押さえていくと、骨に異常はなさそうだが、筋を痛めたか打ったかしたのだろう。親指でくっと抑えた瞬間、悲鳴が上がる。
「骨は折れていないから大丈夫ですよ。筋を痛めたんだと思います。ちょっと腫れるかもしれませんが、しばらく湿布をすれば大丈夫でしょう。お医者さんには一応行ってみてくださいね」
「はい……。すみません」
「謝ることはありませんよ。あっちはお友達?」
涙を拭いながら頷いた女性が、よろけながら立ち上がる。そちらには江口と市川、そして大祐がついていた。
大祐が男性に転がされた女性の方が、さらに滑り落ちそうなところにストックを突き刺して滑り落ちるのを止めた。
「大丈夫ですか!」
「いた……ぁい……」
目をつぶったままで弱々しく呟いた女性は、衝撃で自分がどうなったのかわかっていないらしい。もう片方のストックを使って板を外した大祐は、屈みこむと女性の足からボードを外した。
「ってて……。くっそ……」
「そちらの方も、大丈夫ですか!」
ボードを外しながら大祐が声をかけると、男の方は自力で頭に手を当てて上半身を起こしていた。
「なんだよ、ちくしょう……」
「無理に起き上がらないでください。ゆっくり、手足を動かしてみて、怪我がないか確認してください」
大祐がそう言いながら倒れている女性の向きを山側に向けて変えてやると、そこに江口と市川が滑り降りてきた。
「空井!あっちは三井と成田が!」
「そちらの男性を!」
男性の傍に止まった江口と市川は、大祐と同じように板を外してストックを突き立てると、男性の足から一度板を外す。
「わかりますか?痛むところはありませんか?」
上の方で三井たちが女性にしたように、怪我の有り無しを確認する。長身な男性だけに、江口と市川の二人がかりで抱き起して座らせようとすると、その手を振り払われた。
「何すんだよ!あんたら何者だよ!……ってぇ」
「何者でもないですよ。あれだけ派手に吹っ飛んだら助けに来ますって」
「余計なお世話なんだよ。ってぇ……。ちくしょう。腰打ったぜ」
腰のあたりに手を当てた男性が雪の上でまだ半分倒れこんだままで、江口は、慣れているのか、振り払われたというのに、男性に声をかけて体に触れる。
「失礼しますね。骨が折れてないかだけ様子を見ますから」
「うわぁっ!さわんな!!いってぇ!!」
こちらは女性のボードで腰から背中のあたりを打ったようで、骨折はしてないようだが、悪ければヒビくらいはいってるかもしれない。触れた時の男性の様子に密かに眉を顰める。
「空井。そっちはどうだ」
軽く首を振った大祐は、まだ倒れこんだまま、呻いているばかりでまともに答えを返していない女性の様子に難しい顔をして見せる。
大祐たちが助けに向かったのはコースのあちこちからも見えている。しばらくして、連れらしい男達が三人ほど滑り降りてきた。
「おいおい。何やってんだよ。マユミ、あかね!」
「池田君~……。急にその人がぶつかってきたの~」
知り合いがやってきたことでほっとしたのか、三井たちに助け起こされたマユミと呼ばれた女性が、泣きべそをかきながら告げる。両脇を支えられて、ゆっくりと降りてきたのだ。
あかね、と呼ばれた女性の方は名前を呼ばれたからか、薄らと目を瞬いた。
「なに……」
「大丈夫ですか?転んだんです。ぶつかって」
「っ!あっ」
起き上がりかけた女性は、足に走った激痛に左足を押さえてうずくまる。駆け付けてきた男たちはさすがにその様子を見てあかねと呼ばれた女性の傍に近づいた。
「お前、下手なのに無理するからだろ。大丈夫かよ」
「足……いたい……」
その様子を見て、大祐が屈みこんだまま女性の足に触れる。
―― 折れてる
「無理に動かさないで。少しだけ我慢して足を伸ばせますか?」
「無理です、無理!痛い~っ」
その様子を見て、すぐに江口と市川もおそらく折れている、と思ったのだろう。頷いて、どちらかが下に降りてスタッフを呼びに行こうとしたところに、ゆっくり近づいてきたリカが声をかけた。
「大祐さん。私、下に降りてスタッフの人を呼んでくるわ」
「リカ。いける?一人で」
大丈夫、と言いかけたところに市川が大祐の傍に近づいた。
「空井。ここは俺達がいるからお前もリカさんと一緒に下に行って来い。お前は、怪我人連れじゃ降りられないだろ」
その膝では。
躊躇なく告げられた言葉に、大祐も何の動揺もなく頷いた。リカが様子を的確に伝えられないと思ったわけではないが、確かにこの膝では、もし男性と女性の二人を連れて下りなければならなくなっても役には立たない。
「わかった。後を頼む」
「了解」
すぐに脇に退けていた板を履いて、ストックを片方だけ掴む。
「リカ、先に降りて」
「はいっ」
大祐が板を履いたのをみて、ずっと様子を見ていたリカは先に踏み出した。迷うことなくきれいな滑走で下まで降りていく。振り返らなくても大祐がすぐ後ろから来ているのはわかった。
下に降りても、客たちが上を見上げて様子を見ている間をぬけて初めにスキーをレンタルした建物の方まで向かう。平らになってしまえばリカは板を脱いだ方が早い。
ストックで板を外すと、大祐には先に行って、といって、板とストックをレンタルハウス脇に立てかける。先にレンタルハウスについた大祐はスタッフを捕まえると状況を説明してすぐに表に出ていく。
「リカはここで待ってて」
「わかりました」
スタッフがパトロールへ大祐を連れて行き、リフト乗り場に向かうと列を止めてパトロール二名と大祐が乗り込んだ。