ここは狭いゲレンデでコースも少ない。スノーモービルも一台用意されてはいたが、それよりもリフトで上がって、救助用そりに乗せて下ろした方が早いと判断したのだろう。
リフト上から見下ろすと、男性の方は起き上がって座り込んでいるようだったが女性の方はまだ横になっているように見える。
誰かのスキー板がバツの状態で雪に突き立てられているのが見えた。
「ところで、あちらもお連れの方だそうですが。ご協力感謝します」
「いえ。自分は膝があまり良くないので、怪我人連れはできないかもしませんが、できる限りはお手伝いしますので」
「助かります」
リフトが到着すると、リフトの管理小屋の中から大きなそりが出てくる。パトロール隊員はそれを後ろにしてポイントまで降りはじめた。
滑り降りていくと、少し離れたところから怒鳴りあう声が聞こえてくる。
何事かと思っていると、どうやら女性たちの連れの男達と、ぶつかった男性が言い合いをしているらしい。
「普通どう見たって初心者が滑ってたら少し離れたところを抜くだろ!」
「へたくそは下を滑ってればいいものを調子に乗って上に上がってくるからこういう迷惑になるんだろ!」
一対三で怒鳴りあいが続いていて、倒れている女性の方は、市川たちが即席で手袋を繋いで、板に差して作った上に座っていた。滑り落ちないように、ストックを突き立ててストッパー代わりにしている。マユミと呼ばれていた女性はもう一人の彼女に付き添って、不安そうに見上げていた。
「どちらも、その辺で一度やめませんか。もう彼女たちだって痛い思いして不安になってるし。彼氏たちも落ち着いて」
市川が仲裁に入っていたが、初見の様子とは全く逆の展開を見せていた。
「えっと、皆さん、お知り合いなんですか?すごく手際いいですけど」
「ああ。ちょっとこういうのには慣れてるんですよ。さっき先にパトロールを呼びに行った夫婦と一緒に来てたんです。彼氏たちは大学生かな」
「そうです。あ、俺達あいつらの彼氏じゃなくて、全員同じクラスの友人同士なんです。友人が大変ご迷惑をかけました。助けていただいてありがとうございます」
驚くほどきちんと三人は揃って頭を下げた。それも三井や成田にまで一人一人頭を下げて詫びを礼を言う。
転んだ女性たちもきちんとお礼を言っており、レストルームでの態度とは全く違っていて、皆、若者たちに好感を持ったのとは逆に、長身の男性の方がひどく態度が悪い。
手を貸した江口と市川に触るなと振り払った上に、ずっと文句を言い続けていた。
「そんな女ども放っておけばいいだろ。ったく、ちょろちょろいい気になりやがって、親の脛かじってるガキどもは大人しくしておけってんだ。おい、あんたら。俺を連れて下に降りてくれよ。いつまでもここにいたらさみぃだろ!少しは可哀そうだと思え!」
「落ち着いてください。事故は事故ですし、今、自分たちの仲間がパトロールに連絡に行きましたから、すぐに上がってきますよ」
「ふざけんな。そんなの待ってられるかよ」
ゴーグルを外した男性は、30代半ばのサラリーマン風で、いくら市川たちが宥めても文句を言い続けている。江口たちは、こういう場面に出くわすことに慣れていた。そして、感情に任せた文句にも慣れているから、全く表情を変えることなく受け流している。
「ったく、ちゃらちゃらした男連れで……」
だが、若者たちは違った。
初めは男のことを相手にしていなかった三人組も、延々と文句を言い続けている男に我慢しきれなくなったのだろう。大祐とパトロールが到着する少し前あたりから派手に言い合いを始めていた。
「だいたい、こいつらがいくら下手くそだって少しでも腕があるならよけるくらいしてみろよ!いきがってすぐそばを抜けようとするからこういうことになるんだろ!」
「なにぃ!?」
「いい年した男がみっともないんだよ!ぐちぐち、言いやがって!!」
すぐ真横から状況を見ていた大祐と、上から全体を見ていた市川たちにとってはどちらにも非があるとはいえ、より危険だったのはどちらか、わからないはずがない。
それでも、市川たちは何も余計なことを言わなかった。
代わりにパトロールスタッフが女性の様子を見て、ソリに乗せるために下と連絡を取っているのを聞いていた成田が、パトロールに声をかける。
「そちらの女性は痛むのが手だというので我々が一緒に下まで歩いておりましょうか」
「お連れの方ですか」
「いえ、救助の手伝いをしたものです。それと、そちらの女性と、こちらの男性のお二人をソリで下すなら、ご協力することは可能です」
救助と共に身分を明かすことも通常、どこのスキー場でも定められている。その場にいた大祐らが自衛隊員であることと、訓練を受けていて、滑走可能であることを伝えると、ぜひ、協力してほしいということになった。
それであれば全員を速やかに連れて下りることが可能になるからだ。
「じゃあ、そちらの男性の方をお願いします。自分らはこちらの女性を。あなたは申し訳ありませんが、こちらの女性をお願いします」
大祐は歩いて降りられるといった女性を連れて、歩いて降りることにして、パトロール2名と市川たちの6人で下に降りることにした。
幸いなのは、もうだいぶ下の方に降りてきていて、ペアリフトでも降り口より下のあたりだったということだ。下のレストハウスのあたりからもすぐに状況が見えるあたりである。
下の方ではばらばらと客たちが集まって上を見上げており、それをかき分けて、パトロールやスタッフたちは受け入れの準備をしているようだった。
救急車も呼んだようで、山道ではあるが30分もあれば昇ってくるらしい。
下にいて、リカは目撃していた状況を的確にパトロールに伝えていた。簡単な絵をかいて、どのタイミングで、どういう風にぶつかったのか、説明している。
「助かります。またあとで事情を伺ってもいいですか?」
「もちろんです。夫と友人たちも下りてきたらお話しできると思いますので」
前に一人、後ろに二人、それぞれソリをけん引して滑り降りてきたあと、怪我をした二人はそのまま運ばれていき、市川たちは、大祐と連れの女性、そして、先一緒に降りてきた男三人組を待った。
ようやく下まで降りたところで女性も手当をするからとパトロールに言われて、連れて行かれることになった。
「ご面倒ですが、皆さんにもお名前やご連絡先、状況などを伺いたいので、こちらによろしいですか?」
「わかりました」
人数も多いので、事務所ではなく、スキースクールを受け付けしている建物の方へと案内される。ストーブがついていてあったかい部屋の中で、それぞれベンチに座って、スタッフが持ってきた書類に必要事項を書き始めた。
「皆さん、自衛隊の方々だったんですね。改めてありがとうございました」
男三人組の一人が先に書類を書き終わったらしく、立ち上がってきちんと頭を下げる。
若くて、今どきの若者だと思っていたが、先ほどから若い彼らの方がよほど礼儀正しいと思う。
「レストハウスで見かけたときは、女の方、一人だし、会社員かなくらいだったんですけど、道理で皆さんうまいはずですよね」
「はは、みてましたか」
「ええ、皆さん、スキーもめっちゃうまかったんで、シーズン券で通ってる皆さんが彼女でも連れてきたのかなって……。失礼なことを。申し訳ないです」
レストハウスで揶揄していたことまで詫びた彼らに、江口がひらひらっと手を上げた。
「俺達の仲間が最近結婚したばっかりでね。奥さんがスキーほとんどしたことないっていうんで連れてきたんだよ。ここなら近いし、そんなに広くないけどいいコースですからね。ただ、慣れてないってわかってるなら君らにも責任はあるだろ?」
二十歳を過ぎていれば、自己責任だということもあるが、明らかに不慣れな彼女たちを連れてきたのなら、やはりちゃんと面倒をみるべきだ、と諭した江口に、彼らは素直に頷いた。
そこに、ふわっと表の冷気と共に雪が舞い込んできて、一足先に着替えてくると言ったリカが、身軽になって戻ってきた。明るいグレーのカシミヤニットに真っ白なジャケットを身に着けたリカは、皆に声をかけながら大祐の傍に近づいた。
「大祐さん」
「ちょうどよかった、こっちも終わったから俺達も着替えて帰る支度しよう。リカはレストハウスで待ってて」
「ん。わかりました」
怪我をした二人と、腕を痛めた女性はすでに病院へ向かったらしく、残りの荷物や手続きなどを済ませに向かった後、大祐たちも支度をしてくるから、と立ち上がる。スタッフに声をかけたリカは、一番最後に建物を出てレストハウスに向かった。