じゅわっと派手な音をさせて、氷の粒をつけたままのポテトを一気に投入したせいで、思い切り油が跳ねる。
「あっ……つ」
「リカ?!」
慌てて駆け寄った大祐に、なんでもないという顔で鍋に蓋をしたリカを無視して、その手を掴んだ。
「痛っ」
かなり派手に跳ねたのだろう。手の甲と指先がぽつぽつと赤くなっている。
むっとして、手の主が動く前に手を引っ張って強引に水道の下へと持っていく。
「だから駄目だって言っただろ?」
案じていたからこそ、大祐の声が低く怒りを含む。
舌打ちさえしそうな勢いの大祐に、こちらも向きになったリカが言い返した。
「大丈夫って言ったでしょ!?一人分じゃあんまりしないけど、揚げ物なんて油が跳ねて当たり前なんだから。こんなちょっとくらいで大げさよ」
「リカ」
じっと見つめてくる大祐の眉間に皺が寄っていて、目つきが厳しい。
それを見た瞬間、リカは内心ではまずいと思ったが、もう振り上げた拳は下ろしようがない。
「離して。こんなの平気だから……っ!」
「痛いよね?赤みが引くまでこうしてて」
ぎゅっとリカの手を掴んでいた指の何をどうしたのかわからないが、鋭く手が痛む。思わず声をあげそうになったリカは、かろうじてそれを飲み込んだ。
声を上げなくても、わかりきったことだと言わんばかりに、リカの手から菜箸を取り上げた大祐が、コンロの傍からリカを押しやる。
「あとは俺がやるから」
「いいの!私が作るんだから!」
「いいって!」
苛立った大祐のが思わず声を荒げると、びくっとリカの顔に怯えが走った。
報道時代なら恫喝されることもあったが、立場が鎧になって怖いと思ったことがない。だが、今はプライベートで何の鎧もないところに怒鳴られたことがひどく堪えた。
俯いてしまったリカに、内心、自分自身で舌打ちをした大祐は、小さくごめん、と呟く。
「……じゃあ、そっちのパンをトーストして」
うん、と頷いたリカがバーガー用のパンを二つに裂いた。スライド式のトースターに並べてちらりと振り返る。せめてハンバーグだけでもと大祐の後ろでそっと動きかけたリカの先手を打って、大祐が手を出す。
肉汁が浮いてきていたハンバーグを裏返してから油の中のポテトを泳がせた。
―― たかがランチだったはずなのに、なんでこんな小さなことで諍いをしてるんだろう
朝から一緒に出掛けて、リカも楽しみにしていて。
「あっ!!」
唐突に大きな声を上げた大祐に目を丸くしてリカが顔を上げた。くるっと振り返った大祐が何度も目を瞬く。
「もしかして、これ、ランチにこだわったのって……」
「こ、こだわってない!」
「でも、いつもだったらすぐに手伝わせてくれるのに、意地張ったよね?」
リカの顔を覗き込んで本音を引き出そうと畳みかける。正直にやきもちを焼いたとは言えずにリカが視線を逸らした。
「意地なんて、そんなんじゃないもの……。ただ……、ちょっと……」
―― 大祐さんがこういうの好きなのかなって思っただけで……
もぐもぐと、最後の方は口のなかでだけ呟く。
チン、と鳴ったトースターの音にはっと、振り返った大祐が慌てて狐色になりかけたポテトを揚げてから火を止めた。
トースターからリカがパンを皿に乗せてもう一個分トースターに入れる。
「ハンバーグもいいみたいだよ」
「あ、うん」
一つ分のパンに大祐がハンバーグを乗せると、リカがケチャップとマスタードをつけた。
その間に大祐がポテトに塩を振ってから、二つの皿にそれぞれポテトを分ける。遅れてもう一つパンが焼けて、それを皿に置けばタイミングを計って大祐がハンバーグをのせた。
「チーズものせようか」
嬉しそうに大祐がそれぞれのパンの間にチーズを挟み込んで完成である。
ほっと息をついたリカがコーヒーを入れた。テーブルに運んで互いに向かい合う。
「できたね。食べようか」
「ん」
妙に嬉しそうな顔で大祐がかぶりつく。
「うま!」
「そんな……、お店のに比べたら普通でしょ?」
まさか、と大祐はついつい口元が緩んでしまう。
さっきの思いつきは間違いではないはずだ。リカがこのランチにこだわったのは、きっと昔大祐が行っていたというバーガーの店で店員につかまったことが原因かもしれない。
「普通じゃないよ。絶対。あの店のよりもリカが作ってくれた方がおいしいんだって」
「……作ったって言っても、ハンバーグ焼いただけだし、結局大祐さんが作ってくれたようなもんだし」
―― リカのやきもちってスパイスがかかってるからね
絶対に、それを言ったら今は食べることも拒否すると思って、ぐっと我慢して食べることに専念する。大祐がばくばくと食べているのをみて、少し安心したのか、リカもポテトから口に運ぶ。
少し上げすぎたポテトはカリカリで、それはそれでおいしい。
「ポテト、おいしい」
「しょっぱくない?」
「うん。平気」
言ってるうちにぱくっとバーガーにかじりついたリカが、マスタードが固まっていたところに、う、と眉を顰めた。
口の端についたケチャップを、くすっと笑った大祐が指先で拭う。
「辛いとこだった?」
への字になったリカが可愛くてつい笑い出してしまう。
「もう!なんで笑うの!」
「いや、だってリカが可愛すぎるから」
「……可愛くないから」
ぼそりと拗ねた顔で呟いたリカの無自覚さがおかしくて、可愛くて仕方がない。
ばれてるよっていえばいいんだろうが、今日はそれをしなくてもいいかなと思って、そのまま食べることに集中した。