―― 熱い……
ふわぁっと意識が浮かび上がってきて、大祐はぱちっと目を開けた。もう肌寒いね、と言ってリカと布団を取り換えたばかりである。それなのに、こんなに暑いと思うことに違和感を感じて目を覚ました。
部屋の中を見渡すと薄ら明るくなっている気がして、時計を求めて視線が彷徨う。
―― 5時半?
金曜の夜に来て、土曜日にデートをして早めに家に戻ってゆっくりして。
「……日曜日か」
帰る日でもある、と一瞬、頭を横切ったことは頭の片隅に追いやってから我に返る。
何かに触れた左手が熱い、と感じた。
「えっ?!」
体を起こして振り返った大祐は隣で眠っているリカの肩に一瞬触れて、眉を顰めるとすぐにその額に手を当てて驚く。
はっきりわかるほど熱い額にばっと起き上がった大祐は、キッチンに向かうと冷凍庫からアイスノンを手にしてタオルにくるんだ。リカの首元に手を差し入れて枕を外すと、代わりにアイスノンを下にしてゆっくりと頭を落とす。
自分のせいだろうか。
まずは熱を測ろうと、体温計を思い浮かべた大祐が前にリカから聞いていた薬類の入っている引き出しをあけると、いつもならきちんと整理されている引き出しの一番上に痛み止めと風邪薬、それに体温計が放り出したように入っていた。
「これ……?」
とりあえず、体温計を掴んでベッドに戻る。眠るリカの腕に挟んでじっと待つと、ぴぴっと音が鳴った。
「38.7?!……高いな」
その熱の高さに驚いて、リカの首筋に手を当てた。びっくりするほど熱い。
その手の感覚にリカが薄らと目を開けた。
「……ん?朝?」
「ううん。まだだよ。リカ、すごい熱出してる」
「……熱?あつくないよ?」
それは寒いと感じているからで、寒いと思っているうちはまだ上がる。
ばさっと、埃が立たないようにリカを包む布団を調整すると、吐く息も熱いリカの顔を覗き込んだ。
「リカ、気持ち悪いとか、どこか痛いとかない?」
「……カゼ……。うつしたらいけないから薬……飲んだよ?」
「そうじゃなくて……、って風邪ひいてたの?!」
「違うの。カゼ、ひいたら大祐さん、心配しておこるから……」
全くかみあっていない会話だが、大祐には事情が呑み込めてくる。大祐が来る前に、どうやら風邪気味か何かだったのだろう。心配させたくないからと風邪薬と解熱剤を飲んで誤魔化せると思ったらしい。
熱のせいなのか、昨日にひきつづいて舌足らずなもたもたした話し方が熱のせいで余計に辛そうに感じる。
「怒らないよ。教えて。喉が痛いとか、頭が痛いとかある?」
「うん、大祐さんが心配するから……。今は、喉が渇いた」
どうやらリカの気持ちの中には大祐に心配かけたくないというのが強いらしくて、どうにもどこがどう具合が悪いのかわからない。
ひとまず水を飲ませようと水をとってきた大祐は、一緒に薬も飲ませることにした。
「リカ、熱がすごく高いから、解熱剤だけでも飲もう。何か食べられたらいいんだけど」
「うん……」
生返事のリカを抱き起して薬と水を飲ませる。再び、横になったリカがぼんやりと目を開いているにはあけていた。
「大丈夫?」
「はぁ……。うん。起きなきゃ。大祐さん、帰っちゃう……」
「まだ大丈夫だよ。朝にもなってないからもう少し眠って。おかゆでも作るよ」
「ほんとに?……大祐さん、まだいる?」
伸ばされた手が大祐のシャツの裾をそっと掴んでいてその弱々しさにきゅん、とくる。真上からリカの額に額を合わせた大祐は、そっと囁いた。
「黙っていなくなったりしないよ。だから安心して眠って?傍にいるから」
「……ん」
本当に弱り切って目を閉じたリカをみていると、心配と不安もあるが、その姿にどうしても可愛いと思ってしまう。
だから、昨日も途中から妙に素直で可愛くていつもと違ったのかと思うと、嬉しい反面、具合が悪かったなら言ってくれたらよかったのに、と思ってしまった。
罪悪感と、心配と、優越感と焦り。
―― 全部混ぜ合わせて捏ね上げたら今の俺かな
台所に立つと、片手鍋に水と出汁を入れて火をつける。卵はあるから、卵粥かな、とあたりをつけながら、昨夜使った炊飯器に残っている白飯を小さなざるに開けた。
冷ましている間に、お釜を洗って次のご飯の支度だけ済ませる。
音を下げてテレビをつけると、日曜の朝らしい番組が始まっていた。粥を弱火で炊き始めながら自分の分にコーヒーを入れる。
薬箱を探したものの、額を冷やすものがなかったので、小さ目なタオルハンカチに保冷剤をくるんで額に乗せていた。
近づいて、ずり落ちそうになった額に戻してやると、小さな保冷材はもうだいぶゆるくなってきていた。
頬に手を当てると少しだけ薬が効いたのか、目が覚めた時の驚くような熱さではないが言うほど下がってはいない。
今日一日で下がってくれればいいが、大祐も戻らなければならない。こんな熱の高いリカを放って帰ることもどうかと思う。
ぶわっと膨れ上がった音に反応してキッチンに急いで戻る。膨れ上がった粥に、少しだけ水を差して時計を見た。ほんのり塩味をつけて、あとは卵を落とせば完成だ。
食器棚から茶碗を持ってきて、軽くよそうと、スプーンと水を用意する。
クッションと寄り掛かりやすいようにテーブルを寄せてからベッドの端に腰を下ろす。
「リカ……」
「は……。だ……祐さん。暑い……」
「うん。起きられる?起きて、少しお腹に入れられたら汗かいてるから着替えよう」
もう一度体温計で熱を測ると、39度にもうすぐというところだ。やはりこれは休日診療しているところに連れて行った方がいいだろう。
軽々とリカを抱き上げた大祐は寒くないようにタオルケットごと抱き上げてテーブルの前に座らせた。
「少し熱いかもしれないけど、頑張ってみて?」
「……ん。ありがと」
ふらついてはいても、少しだけしっかりしたように見える。よほどだるいのか、腕を上げるのも億劫そうだが机に寄り掛かる様にして水を飲んだ。
添えられたスプーンにリカが手を伸ばしているのをみて、ほっとした大祐はその間にリカが少しでも楽な着替えを用意する。それからタオルを用意すると、リカの傍に戻った。
「大祐さん……。味が……わかんない」
「あ、結構塩味つけたんだけど、きっと風邪のせいじゃないかな。なにか持ってこようか?」
「ううん。ごめんなさい。またあとでもらってもいい?」
「もちろん。じゃあさ。リカ。いつもリカがかかってる内科ってどこ?急いでこの辺調べたけど、近くに休日診療してくれるところがあるみたいだからそこ行ってみよう?」
こくん、と頷いたリカの目の前からテーブルをずらす。
てきぱきと大祐は動き始めた。