FLEX65*~My Funny Valentine 3

山本の好意で、定時よりも1時間ほど早く上がった大祐は仙台駅まで送ってもらって、お礼もそこそこに三階へと駆け上がった。
緑の窓口は乗車変更の客で長蛇の列になっている。これから新幹線に乗ろうとする客は、上りも下りも雪の影響を受けてどうなるかわからないから、変更を申し出ている者ばかりだった。

電光掲示板の状況を確認した空井は、自動券売機の方に移動して、慣れた操作で行き先と時間帯を叩いた。直後の列車はかなり混んでいたが、一人なら何とかなる。
三角のマークを見つけると、到着時間をざっと計算して一時間半程度の列車があれば迷わず画面をすすめた。

端末の座席はすべてんぼ端末と連動しているから、三角のマークで席を押さえていても、カードを突っ込んで確定するまでは確保されない。2度ほど空振りを繰り返した、20分後の新幹線のチケットがようやく吐き出されてくる。

それを手にした大祐はすぐに改札へと向かった。

改札を抜けた待合スペースに腰を下ろす場所を見つけて、座ってからリカへとメールを打ち始めた。

『お疲れ様。そっちは大変な状況みたいですね。自分も予定よりは早く出られましたが、この雪なので何時につくかはまだわかりません。ついたらまた連絡します』

「よしっと」

この雪だ。途中で徐行したり止まることもないとは言えない。到着時間を教えても、リカを待たせることになりかねないと思ったから、宇都宮か大宮あたりになったら連絡するつもりだった。

不安そうに電光掲示板を見上げる客たちが多い。
大祐も、運行状況を見ながら、携帯で都内の状況を確認する。とりあえず、リカのいる帝都テレビの近くまでは行けるだろう。その後は、一緒になってしまえば、タクシーでもいいし、どうとでもなる。

東海道新幹線はすでに遅れているが、東北新幹線はもともと雪の降る東北仕様である。順調に走っているようだった。

10分前にホームに上がった大祐は、寒いなと思いながら滑り込んでくる新幹線を待った。
結局、新幹線は定刻通りの運行になったが、都内の特急などは、東海道新幹線の遅延の影響もあって次々と遅れがでているらしい。車内の電光掲示板に次々とニュースが流れていて、大変だなと思う。

宇都宮に到着したところでリカにメールを打った大祐は、東京駅についてからごったがえする駅の中を移動して帝都テレビに向かうつもりだった。
人の流れの間を泳ぐように移動していたから着信に気づくのに遅れた大祐は、邪魔にならないように端によってから携帯に出る。

「もしもし」
「大祐さん?もう着きました?」
「リカ。うん、今着いて、そっちに向かおうと思ってたところ」

帝都イブニングの放送が終わってもすぐには帰れないことを知っていたからだが、リカの声がそれを遮った。

「待って待って。この状況なので、影響がないスタッフは帰宅命令が出たんです。だから、もう私、移動できるからそのまま東京駅にいてください」
「そうなの?わかりました。じゃあ、このまま待ってるね」
「そんなにかからずに行けると思うの。ごめんね。待ってて」

急いでいたのか、そう言うとリカの電話はぷつんと切れた。

―― 焦らなくていいからっていうの忘れた……

危ないからゆっくり来てと言えばよかったが、もうリカは走り出しているところだろう。
代わりに、家に帰ってリカが忙しくなく食べられるようにと駅弁の店に足を向けた。あちこちの名物弁当はどれもおいしそうだったが、さすがにバレンタインの日に駅弁は色気がなさすぎる。

代わりに、駅の構内を歩き始めた大祐はバレンタインのチョコがあちこちに並んでいるのを見て、美味しそうなものを選び始めた。
ラッピングされているから香りがするはずはないのだが、特設コーナーのあたりは甘い香りが漂っている。

女性ばかりのフロアで気恥ずかしさが先に立った大祐は、少し歩いて土産用の菓子を打っているあたりに向かう。迷いに迷ったころに、東京駅に着いたリカから連絡が入った。

「大祐さん。お待たせしました。今どこ?」
「あわてなくていいよ。今、真ん中のお土産物屋さんが多いあたり」

目印になる場所を告げると待ってて!と勢いのいい声がして、電話が切れる。その場できょろきょろとしていると、離れていてもすぐにわかるリカの姿が遠くから駆けてきた。

「リカ!」

手を上げた大祐にリカが駆け寄る。ばふっと、大祐に抱きつくようにして止まったリカは大きく息を吐いて、呼吸を整えた。

「ごめん、待たせて……。今日は、早く上がっていいってなって、迎えにこれるとおもったんだけど」
「いいから落ち着いて。急がなくていいから。リカの方は今日の天気で大変だったんじゃないの?」

少しずつ息を吐いて、ふう、と落ち着いたところでリカが顔を上げた。

「ん、話はゆっくりするとして、夕ご飯、家に用意してるので帰りましょうか」
「え、そうなの?」
「うん。雪だってわかってたから、家から出なくてもいいように買い物しておいたの。電車も怪しいから今のうちに帰りましょう」

ぱっと掌を差し出したリカの手を片手で掴んで、しっかりと指を一本一本絡めた恋人繋ぎをしてから大祐は歩き出した。

「約束だもんね」
「……はい」

リカが視線を逸らしているから、ああ、照れてるんだな、と大祐にもわかる。

―― 可愛いなぁ。自分から言い出したくせに照れるなんて。

繋いだ手は冷たくて、本当は両手で包み込んであげたいくらいだが、ここでそんなことをしたら怒られるだろう。

「リカの手、冷たい」
「大祐さんの手が温かいんです」
「じゃあ、ちょうどいいね。あっためてあげられる」

にこっと笑った大祐が先に立って電車のホームに向かう。
リカの手が何とも大祐の手を握りなおすから、ひどく緊張しているのが伝わってくる。

「リカ?あのさ。聞いていい?」
「はい?」
「なんで握手苦手なの?こうやって手を繋ぐのも駄目なの?」

どきっとリカの手が離れようとしたのは感じたが、大祐の手がしっかりと握っているから少しも動くことはない。代わりに、もっと引き寄せられて、寄り添ったまま電車に乗り込んだリカは、気まずそうに目の前の大祐の喉のあたりを見つめた。

投稿者 kogetsu

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