大祐の部屋にあって、ふわふわで気持ちがよかったからリカも買った、ふわふわのフリースのブランケットでリカをくるんでいる。
壁に寄り掛かって、腕の中にリカを抱えて、一緒にテレビを眺めていた。
「寒くない?」
「……ん。もう着替えなきゃ」
「寒くないならもうちょっと」
素肌の上にブランケットだけのリカは、恥ずかしいからと言ったが、ブランケットで見えないんだからと押し切られて、今に至る。
「すごいな。雪じゃなくて、こんなになっちゃうんだよねぇ」
先週もすごいと思っていたが、今週も都内はあちこちで交通の乱れが続いているらしい。
東北新幹線も大祐が乗った新幹線の少し後、長野新幹線との関係で何本か運休になっていたようだ。
「このくらい雪が降る方だったら普通だけどなあ」
「関東じゃそうもいかないわよ」
ベッドの中に埋もれている服や下着はとっくに一塊にしてあって、いい加減起き出さなければと大祐の腕から離れかけたリカを大祐が引き戻した。
自分だけ先に部屋着を身に着けたくせに、薄暗い部屋の中でテレビだけを付けてニュースを見ていた大祐に、目を覚ましてぺたっと寄り添ったらそのまま抱きかかえられた。
「眠くないの?」
「……眠い……」
そろそろ朝方のニュースが始まって、昨日の混乱ぶりと、一夜明けた各地の状況が映る。リカの首筋からうなじにかけて口づけると、抱きしめた掌に伝わってくる。
いつも戦ってる鎧の内側に触れて、掌だけでなく唇からも伝わる。
「少し眠ったら?」
「眠ったよ?でも眠いだけ」
少しだけ我儘で、それもリカらしくて。
本当は、ベッドに縛り付けておきたいくらいだったけど、仕方ないなぁと腕を緩めた。ブランケットごと、着ぐるみみたいなリカが着替えを抱えてバスルームに逃げて行った。
ベッドに残る温もりがもったいなくて、離れがたかったが、起き出してキッチンに立つ。喉が渇いたな、と思って水を飲んだ後、昨日のチョコを食べようとコーヒーを入れる。チョコが甘いから砂糖なしのミルクだけと思って冷蔵庫を開けた大祐は、反射的に上から落ちてきたものを受け止めた。
「?」
冷蔵庫の上に隠されていたらしくて、ドアの開け閉めで滑り落ちてきたそれが何だかわからなくて、どこかの洋服でも買った時のビニール袋を覗くと、丁寧に包まれた何かが入っている。
リカの部屋にあるものを勝手にあさるような真似はしないが、今まではなかったものだけに気になってリカに聞こうと思ってカウンターの上にそれを置いた。リカの分もコーヒーを用意して、カーテンを開ける。
表は、白い世界で、たまにまだヘッドライトのついた車が走り去っていく。そのスピードはとてもゆっくりしていて大祐は苦笑いしてしまう。
しばらくして、バスルームから出てきたリカが髪を拭いてキッチンに立っていた大祐を見てから、悲鳴を上げた。
「それっ!駄目ーっ!」
「え?何、何?」
ばっと冷蔵庫の上から落ちてきた包みを掴んだリカに驚いた大祐は、仰け反る様にして場所をあける。
後ろ手に隠して、困った顔で大祐を見上げるリカに、諸手を上げた。
「何も見てないから。ただ冷蔵庫開けたら上から落ちてきたからなんだろうっておもって、壊れ物とかだったら悪いから聞こうと思ってて……。リカ?」
「……なんでもない」
「なんでもないって、それ」
「い、いいのっ」
冷蔵庫の上に放り投げようとしていたリカを止めた大祐は、よしよし、とリカの頭を撫でてからその顔を覗き込んだ。
「それ、なに?」
「……っ」
ぐっと言葉に詰まったリカは、ぎゅっと目を閉じてからしぶしぶ上げていた手を下ろした。
「……何度も作ってみたんだけど」
「何を?」
「……時間なくて、うまくいかなくて、やっぱりやめようと思って、買ってきたのをあげたからこれは隠しておいたの」
そっとリカの手から包みを取り上げて、袋から取り出す。
「……開けていい?」
手をかけておいて、念のために確かめた大祐の手をリカが掴んだ。俯いて、正面から顔を見られないリカが小さく小さく呟く。
「……ほんっとに駄目」
「なんで?俺は見たいし、欲しいけど。これ、リカが作ってくれたんでしょ?」
「……う……、はい」
リカの手をどけてゆっくりと開けた。
包装をといて箱を開けると、キューブ型に並んだ菓子が並んでいた。
「あ。おいしそう。え?なんでうまくいってないっていうの?」
「……たくさん、買ったって言ったでしょ?」
「うん」
「たっくさん買って、食べきれないし、チョコ作れたらいいなって思ってたから、それでこういう風に薄い奴とか、スライスできる奴でクッキーと挟んでみたらおいしいかなって、クッキーだけ作って、こうやって挟んだんだけど、もっときれいにカットできなくて……」
結局、いろんな種類のチョコがあったので、サイズをそろえることにして、薄いラングドシャクッキーを焼いた。その上にチョコを並べて、クッキーで挟み、キューブ型にカットしたのだが、クッキーをきれいにカットするのはさすがにうまくできるはずもない。
家庭用の包丁では、ぎざぎざになってしまって、ちゃんと同じサイズになる様に、台紙までよういしたのに、欠けているものまである。
「クッキーって、これ?この薄い奴?」
うん、というリカに、表情を変えずに大祐がキューブの一つを指でつまんで口に入れた。
「うまっ」
「えっ、嘘!」
「ほんとだよ」
ぱく、と次を口に入れると、また違うチョコレートなのか味が違う。
「あ、コレ、すごいフルーツ」
立ったまま食べているのがもったいないくらいで、うん、と頷いた大祐はリカを連れてテーブルに移動した。
昨夜リカからもらった分と、リカに上げたチョコと、このチョコを並べて座る。
「勝手にもらっちゃったけど、よかった?」
「う……いや、あの、かえって申し訳なくて」
「なんで?!俺、今めちゃくちゃ嬉しいんだけど?ていうか……。キスしていい?」
向かい合って、えっ、と驚いているリカの頭を引き寄せて、舌を絡めて、時折息を吐く隙間をくちゅ、と音がする。
離れがたかったが、チョコも捨てがたくて、そんな自分に笑い出してしまう。
「はは、俺、すごい贅沢かも。リカも欲しいし、チョコも欲しいよ」
「欲しいって……」
「うん。あー、でも今だけだからチョコ食べよう!リカは?食べたの?これ」
もちろん、作っている最中にカットした破片は口にした。味は悪くないと思ったが、どのくらい喜んでもらえるかはわからなかった。
不安そうな顔で、大祐を見ると、きょとん、とした顔で大祐がリカを見返す。
「なんで?すっごくおいしいけど。チョコだけだったらまた違っただろうし、これもすっごいおいしい。あー、幸せ」
「大げさ、ですよ。もう」
「そんなことない。うわー、リカすごいよ」
こんな手抜きでいいのかと思っていたのに、そんなことを言われると恥ずかしくなる。女子力が低いなと我ながら思っているのに、目の前で極上の笑みを浮かべている大祐を見ていると、まあ仕方がないけどいいのかなと思えてくる。
「……ごめんね。もっとうまく作れたらよかったんだけど」
「ううん。十分だよ。きっとリカのことだから一杯作ったんでしょ?」
ぎく。たくさん作って、練習して、しばらくチョコは見たくないくらいだ。
コーヒーに手を伸ばしたリカはそれでも猫のパッケージが目に入ると、それには手を伸ばしてしまう。
「いっぱい作ったけど、これだけは別」
「えぇ?そういうもの?」
「そういうものですよ」
くすくすと笑いながら、リカがそうっと大事そうに一枚をとりだして口に運ぶのをじっと見つめる。
―― ああ、今口の中で溶けてる……
自分だけがわかる、リカの中で蕩ける瞬間を想像して、恥ずかしくなった大祐が口元を押さえる。
―― そっか、食べるとこって、ものすごくエロいかも……
「はぁ。おいし。でも、私達、朝から起き抜けにチョコって何やってるんでしょうね」
「まあね。でも俺としては今日は家から出ないって決めてるから全然平気」
「それ、わけわかんないし。あ、朝ごはん、何食べたい?チョコの後だから、マフィンとかにしましょうか」
何でもいいよ、と言いながら、あっという間にチョコを食べてしまった大祐は、市販のチョコにも手を伸ばしている。
外は雪で、家から一歩も出ない一日がこんな朝早くから始まってるなんて、なんだか変な感じだ。
「ねぇ、リカ?」
「ん?なあに?」
キッチンに立って、お湯を沸かし始めたリカに向かって声をかける。
一か月ぶりだから、全然リカが足りないとか、寒いからベッドに入って過ごそうとか、色々言いかけたが、結局立ち上がってリカの隣に立つ。
「一緒に作るよ。それで一緒に食べて、一緒にテレビ見て、また一緒にベッドに入ろう」
朝からその発言、おかしいから!と真っ赤になって突っ込むリカを受け止めながら大祐はリカを抱きしめた。
―― END