っくしゅ。
『リカ?』
「ん、なんか、ここんとこ……っくしゅ」
ちょっとごめんね、と言って、携帯を置くとティッシュで鼻を押さえた。
ぐすぐすと鼻で少し息を吸い込んでみて、再び携帯を手にする。
「ごめんなさい」
『風邪かな。薬飲んだ?』
「んん。まだ、風邪っぽいような風邪っぽくないような。まだ熱が出そうな気配もないし、くしゃみだけだから」
『早目がいいと思うんだけど……。くしゃみだけっていうなら。でも、ほかの症状も出てるならすぐに薬飲んで。医者に行くんでもいいし』
恒例の夜の電話タイムが危うく説教になりかけてしまう。慌ててリカが大丈夫、と繰り返した。
「そんなにひどくないし、きっとすぐなおるから」
『わかった。約束だからね』
そんな会話をしたのは今週の初めのことで、週末にかけてどんどん天気は悪くなっていた。
週の後半は宮城に降雪マークが出て、積もったら雪かきが大変そうだなぁと思いながら天気予報を眺めている。
「やだ……。今日も雪マークじゃない」
しかも午後から雪となれば、寒くなる時間だから余計に積もるだろう。
ちらりと時計を見ると、まだリカの出勤には時間があって、大祐もまだ大丈夫かな、と思って携帯を手にした。
「あ。おはよう」
『おはよう。どうしたの?朝は珍しいね』
「うん。天気予報をね。今見てたの。今日も午後から雪だってみたから」
『ああ。そうなんだよね。今朝もすっごく寒いよ。さっき、少し早目に暖気しようと思ってエンジンかけてきたところ』
運転免許は一応あるものの、運転する機会なんてなくて、立派なペーパードライバーであるリカは、大祐と一緒にいるようになって初めて寒冷地仕様というのを知ったくらいだ。車が走る前は温めた方がいいだなんて知らなかった頃はものすごく驚いた。
「こっちもすごく寒いよ。エアコンつけてるけど、窓際に近づいたらもう寒くて」
『今日は、リカも温かくして行ってね。俺が見るわけじゃないから可愛くなくていいから』
「大祐さんっ!!」
『あはは。じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい』
「大祐さんも」
またね、と言って通話を切ると、リカもカップを流しに戻して、保湿クリームをもう一度顔に塗って、首元にショールを巻いた。コートを羽織ると、テレビを消してリカも仕事に向かった。
職場では、今年、インフルエンザが猛威を振るっている。
あちこちで合言葉は気を付けよう、という状態で、誰か発症者が出ると、パンデミックさながらにその島の人間は次々かかるという状況に陥っていた。
「おはようございます。稲葉さん」
「おはよー。すごいマスクね、珠輝」
「だって、大津君、インフルなんですよー」
朝一番に厳重装備で現れた珠輝に声をかけたリカは、最後の一言にぎょっとして顔を上げた。周りも一斉に珠輝から距離を置く。
「ひっどーい!私じゃないです!」
「わかってるけど!だって身近な人間はうつってるかもしれないし……」
「……わかってますよう。私だって。インフルだって、大津君、A型らしいんですけど……」
地団太を踏んだ珠輝にごめん、ごめん、と言いながらも誰もあまり近寄る気配がない。自分がうつっていたら周りへの影響も考えて、珠輝も大きなマスクをしてきたようだが、確かに今年は異常だった。
A型だけではなく、B型も新型も罹患者がいるらしい。局の近くの内科は大繁盛である。
そんな具合で、局の中も誰かがひいた、という話があっという間に広がるのは、その代打を探しに駆け巡るからだった。
途中でリカは、大祐にメールを打つ。
『大祐さんもインフルエンザに気を付けてね』
まだ午前中だからだろうか。すぐに返信が返ってきて、怯えた顔文字が並んだ。
『リカこそ、一人で倒れたら大変だよ!うがいも手洗いもして!マスクも!』
そのメールをみて、くすくすと笑いながらリカは携帯を置く。
今週も松島は寒いからだめ、と言われて大祐が東京に来ることになっていた。