FLEX75*~女心とくしゃみの行方 2

金曜日の夜、寒いから先に家に帰ってて、とメールしてきた大祐に、どうしてもピザが食べたいから迎えに行く、と送ったリカは東京駅にいた。

「マスクしてない!」

離れたところから新幹線用の改札前にいたリカを見つけた大祐が駆け寄ってきて一言目にそう言われる。
少しばかり、がっかり感を漂わせたリカが、しみじみと呟いた。

「大祐さん……。やっとあえて一言目がそれってひどい」
「え、え、だって、リカのくしゃみがひどくなってないか、インフルエンザにかかってないかめちゃくちゃ心配してきたのに!」
「毎日電話してるじゃない!」

むぅ、と向き合ってから互いに、ぷっと笑い出す。
すぐに手を繋いで歩き出した。

「それで?リカが食べたいピザってどんなの?お店とか決まってるの?」
「んーっとね、オリーブがいっぱいなのがいいかな。肉っぽいのよりはアンチョビとかバジルだけとかの方が好きだし。大祐さんは?」
「俺?うーん……。あ、耳のところにチーズとかウインナーが入ってる奴あるよね。あれ、端っこまで食べられていいよね」

それは宅配でしょ?と呟いてからあれ、とリカが隣を歩く大祐を見上げた。

「あれ?大祐さん、もしかして宅配ピザにしようと思ってた?」
「ん?俺はどっちでも。お店なんてリカの方が詳しいし、食べたことあるので思いついたのがそれだっただけで……」

そういわれると、それもそうだ。大祐が詳しくなったのは石巻駅前近辺の店だし、リカのように都内にいた時も女性が行くような店にはほとんど行っていない。

「そっか……。私もあんまり考えてなかったな。なんか、こう、ぱりぱりでとろぉーっとした奴が食べたい」
「リカ……、それだけじゃどこに行けばいいかわかんないよ」

苦笑いを浮かべた大祐を見上げて、うーんと唸っていたリカが、広い駅の構内で立ち止った。

「どうするの?」

どこかにいくならその路線に乗らなければならない。ちらりと大祐を見上げたリカは、大祐の手を引いて歩き出した。

「ん?」
「ひとまず家の方に向かって行って、いつものお店に行って、入れたらそこで。駄目だったら宅配。どうかな?」
「いいよ。俺はなんでもね」

真剣に迷っていた横顔も嬉しそうに手を引く顔も、よほど食べたいのかなぁと思いながら歩いていく。

「そんな風に、これが食べたいっていうのないなぁ」
「そうなの?私だけなのかなぁ?なんかね、あのお店のこれ、とか頭に浮かんだらそれが食べたくなっちゃうの。もちろん、全部食べてたら大変だけど、今日は大祐さんが一緒だから、全部食べられなかったら手伝ってもらえるでしょ?」
「俺、そういう要員?」

ぺろっと舌を出して見せたリカに、苦笑いを浮かべて大股になった大祐がリカと並ぶ。

「じゃあ、早く行こう」

ホームに並んで絡めた手を軽く引き合っていると、大祐がふとその手を持ち上げた。

「そういえば、職場のインフルエンザ、どう?」
「まだまだ。上は予防接種しろ、とか、マスクしろ、とかいろいろうるさいけど、こればっかりはねぇ。皆できる限りのことやってるし。大祐さんの方は?」
「んー、お子さんとか家族からもらってっていうやつが何人かいるかなぁ。熱が下がって4日?だっけ、出てこれないから困ることもあるけど、リカのところみたいに悲鳴が上がるのは少ないかな」
「そっか。そうだ……、っくしゅ」

繋いでいない方の手で口元を押さえたリカがちらりと顔を上げると、大祐の眉がハの字に上がっている。
うう、と思いながら視線を逸らしたリカに小さく笑った。

「そんな顔をしなくても、うるさいこと言わないよ。嫌われたらいやだからね」
「……うう、そんなこと言ってない」
「顔に書いてある」
「文字が書けるほどそんなにのっぺり……っくしゅ!」

最初は堪えていたらしいが、堪えきれなくなったのか、大祐の肩が震えている。
繋いでいた手を解いてバックからハンカチを取り出す。口元を押さえたリカの肩を抱きながら、ひたすら笑っている大祐が憎らしくて軽く、肘で小突いた。

「笑いすぎ!」
「ごめ……。だって、リカ、自分が思ってるよりももっと顔に出てるんだよ?知ってる?」

ぱっと手を上げて口元を覆ったリカに、くくく、と笑いながら電車を降りる。
今度は大祐の方がリカの手を引いて先に歩き出した。

「いつもの店に入れるように急ごう。それで、早く家に帰ろう」

くすくすといつまでたっても笑いが止まらない。
大事な、大事な人をおいしいものでいっぱいにして、それから部屋に一緒に帰って、温かくしてあげる。

―― それで怒るわけなんかあるはずもないのに、リカはいつも怒られるっていうんだよな

可愛くて、少しだけ寂しい。

トリコローレの旗を目印に、リカのおすすめのイタリアンに向かった。

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です