部屋に戻って、リカが着替えている間に、バスルームに湯を張る。
「お湯、溜めてるから先に入ってあったまっておいでよ」
「寝る前でいいのに」
「だから寝る前でしょ?」
にっこり。
ネクタイを緩めながらコートとジャケットを脱いだ大祐に、ああそうですか、と小さくリカが呟きを返す。
アクセサリーをすべて外して、着替えを一塊にして抱えると、お先にいただきます、とバスルームに向かった。
まだ溜まりきっていないバスタブから湯をくみ上げて、体にかけるとクレンジングを泡立てる。
丁寧に化粧を落として、それから体を洗ったころにはバスタブのお湯も溜まっていた。
ゆっくりと温まって出る頃には部屋の中も温められていて、キッチンに立っていた大祐は鍋をいじっている。
「大祐さん?」
「あ。出てきた。髪、乾かしておいでよ」
「うん。何してるの?」
ぺたぺたと大祐の傍に行くと、甘い香りがして鍋の中に推測がついた。
「甘酒だ」
「そ。リカ、大丈夫?」
「平気だけど」
「よかった。なんか飲みたくなってさ」
ふうん、と頷いてソファの脇に座ってドライヤーをかけている間に、あっと思った。
急に何かを食べたくなったりしないって話していたばかりなのに、飲みたくなったなんて、大祐らしい。
リカが髪を乾かし終わる頃を見計らって大ぶりのマグカップを二つ、大祐が運んでくる。
「はい」
「ありがとう」
「さっき食べ物じゃ思いつかないって言ってたけど、俺、これ買って来たんだっけって思い出して自分で笑っちゃったよ」
ふう、と吹きかけながら甘酒をすする大祐がおかしくて、リカもつられて笑ってしまう。
「大祐さんらしい」
「でも、本当に時々飲みたくならない?」
「飲む、は少ないかなぁ。ほら、コーヒーショップとかあるからそこの飲んじゃうしね」
そうかあ、と呟いた大祐は、わざわざ仙台から買って来たという甘酒はパックの物だという。
「ちょうど、新幹線に乗るのに早めに駅に着いたんだけど、いつも俺、お土産らしいもの買ってきたこと少ないよね。それで、ちょっと目について、見てたら甘酒の見たくなっちゃったんだよね」
「あれ?大祐さんの温いの?」
湯気の上がってないカップに気づいたリカが覗き込むと、カップを差し出してくる。香りは変わらないが手を差し出して驚いた。
「冷たい」
「うん。そう。あっためてもいいんだけど、冷たくてもいいみたいでさ。これは同じところの日本酒ちょっと足して、冷やしておいた奴に氷入れて」
「おいし」
「温かいのだっておいしいでしょ」
リカの分は温めて、少しだけ柚子の皮を入れた。
ほんのりとした香りが温まってうまいはずだ。
味見だけはしていたからわかっている。大祐はリカからカップを取り上げて、温かい方のカップを押し出した。
「うん、美味しいけど。冷たい方が……」
「駄目。残ってるから明日ならね。今はこっちの温かい方飲んで、さっさと寝ること」
「……もうちょっと」
「リカ」
ずるい。それが顔に出たのだろう。残ったカップの半分を一息にのんで残りをリカの目の前に置く。
「やたっ」
「その代り」
「わかってます!」
ふふ、と嬉しそうに、冷たいカップを手にすると、こく、と飲んだ。
「あ。これ、CMみたいね」
「CM?」
「間接キス?」
ぶっ、と吹き出した大祐にけらけらと明るく笑いながらリカは冷たい甘酒を飲み干した。その後に温かい方を口にすると、甘さと柚子の香りが強く広がる。
灯りを押さえた部屋の中で、二人にしては早い時間にベッドに入っている。
肘をついて頭を支えながら隣で横になっているリカの肩に手を置いて、ゆっくりと優しく叩いていた。
「それでね。今年はその内科の先生がいうには、どの型も平均的にかかってるんだって。Aにかかったからもう大丈夫っておもってたら、今度はBにかかったって人もたくさんいるって」
「すごいなぁ。でもウィルスだからね」
真っ暗にはせずに、珍しく小さな灯りをつけて、いつもなら電話でするような話を延々していた。
時々、リカの足を大祐が足の間に挟み込む。フローリングのせいもあって、風呂上りでもあっという間に足先が冷えてしまう。
「こんなに冷たくなるんだね。部屋用の靴下とか、そういうのあった方がよさそう」
「ん、お酒飲んだりした日はなるべく引き締める奴とか履くんだけど」
「俺、見たことない」
鼻の頭に皺を寄せたリカが大祐の鼻の頭をぴっと指ではじいた。