FLEX78*~愛しの女神 1

ばたばたして新幹線に飛び乗った大祐は、東京駅についてから今日が何の日かようやく思い出した。

「あっ……ぶな。忘れるところだった……」

ホワイトディはバレンタインディより、世間でもあまり賑やかしくされていない。もちろんショップの店先にはクッキーやキャンディなど、小さなワゴンがでていた。
ぱっと目についた店に近づいたが、並んでいたものを見てなんだか違うな、と大祐はその場から離れる。

このところ、異動を前に荷物を少しずつ移動させていて、東京と松島の往復を繰り返していた。

バレンタインに、リカには彼女の好きなチョコを贈って、彼女からも手作りと、市販のチョコの両方をもらっているから、やはり何か買っていきたい。
どうしようか迷って駅の構内を歩いていると、同じように限定出店していた店の一つでいかにもフルーツを使ったスイーツを見つけた。

カラフルでキューブ型のそれに決めた大祐は、即決して一つ買うと、鞄にいれて急いでリカの部屋へ向かった。

明日からは温かくなる、と毎日のように言われながら、今日までは真冬の寒さです、と天気予報が繰り返している。
今夜もかなり冷えていて、リカは早めに家に帰ってエアコンをつけた部屋の中で、大祐が帰ってくるのを待っていた。

テーブルの上にはサラダと、あとは仕上げるだけのパスタを用意して、流しっぱなしのテレビを眺めている。

―― はぁ。緊張する……

何も大祐が帰ってくることが緊張するわけではない。
ホワイトディだから、一般的ならリカがもらう方なのだが、バレンタインの時は、大祐からももらってしまった。もらってしまったら、同じようにやはりお返しをするのがホワイトデイ。

「うううっ!もう考えない。決めたんだからっ」

ぶんぶんと頭を振って、緊張と迷いを振り払っていると、ぴんぽん、とチャイムの音がしてリカが立ち上がった。すぐに玄関の鍵が開く音がして、リカが玄関の前に立つのと同時にドアが開く。

「ただいまっ」
「おかえりなさい」

へへっと笑いあってから、両腕を広げかけた大祐が、冷え切った自分に、腕をひっこめそうになる。そのコートと背広のジャケットのボタンを外したリカがスーツの内側に抱きついた。

「んー、寒かったでしょう?」
「わっ、駄目だよ。すっごい寒かったから冷えちゃうよ?」
「だからですよ。あっためてるの」

ははっと笑った大祐はリカを両腕で抱きかかえると、ふわっと抱き上げてそのまま靴を脱いで部屋に入る。

「うわー。温かい」
「ふふ。早く着替えて温まってください。その間にご飯、支度するから」
「うん。ありがとう」

部屋の真ん中にとん、とリカを下ろしてからぎゅっと抱きしめて離す。
着替えに向かった大祐とキッチンに向かったリカと、それぞれに動いていても、同じ部屋の中にいるだけで空気が違う。

フライパンを火にかけて、フレッシュトマトと、チーズでシンプルに作ったパスタはあっという間に出来上がる。最後にバジルをちぎって混ぜてから、さらに盛り付ける。

「うわ、すっごいいい匂い。お腹なっちゃうよ」
「あはは、じゃあ、おかわり作らなきゃいけないかな」
「絶対いる!」

カウンターのキッチン越しにそんな話をしながら、着替えを済ませた大祐は鞄から買ってきたものを取り出した。

「はい。ホワイトデイ」

カウンター越しにリカに差し出すと、えぇ?っとリカが驚いた。

「本当は後で渡したかったんだけど、それ、要冷蔵だっていわれたからさ。外は平気でも部屋の中は温かいし」
「嬉しい。じゃあ、冷蔵庫に入れておいて、あとで開けてみていい?」
「うん。まずはご飯食べよう。お腹すいた」

受け取った包みをそのまま冷蔵庫にいれて、代わりに大祐にパスタの皿を二つ差し出す。手を伸ばして受け取った大祐がそれをテーブルに置いている間に、冷蔵庫からビールを取り出したリカがグラスと一緒に運ぶ。

「めちゃくちゃおいしそう」

目を輝かせた大祐の前にグラスを置いて、ビールを注ぐと、大祐がリカのグラスに残りを注ぐ。

「本当はワインのほうがいいかもしれないけど、最初の一杯はね」
「全然。温かい部屋で飲むビールって最高だよね」

サラダからラップを外して、取り皿を並べて。どうぞ、というと、いただきます、ときれいに手を合わせてフォークを手にした大祐が大きな一口でパスタを口にした。

「んーー!んんっ」

美味しい、といいたいのだろうが、口いっぱいで頷きと、ぐーっと突き出した親指で喜んでいる。

「よかったー。サラダも食べて」

大祐のさらに取り分けて、自分の皿にも取り分けると食べ始めた。
一週間の出来事は、毎日話していてもまだ足りなくて、食べながらも次から次へと話がうつる。

あっという間に一皿食べてしまった大祐に、喜んでリカはもう一度、パスタを作った。今度は、トマトを使わずに、アンチョビで少し塩気を強くして見る。

「あれっ、さっきと違う」
「うん。さっきのがよかったら、私のまだ残ってるのでこっちを食べていいから一口どうぞ」

言われるままに、一口食べた大祐は、うー、っと座っていた足をばたばたさせる。

「だめ?」

不安そうに見たリカに思いきり首を振った大祐が満面の笑みを浮かべた。

「めちゃくちゃおいしい!すごいな。そうだよね。トマトパスタのあとにちょっと塩気強くてすごいおいしいよ」

どちらかと言えば甘めの味になっていた一皿目の味をさっぱりさせてくれる味に満足した大祐と、一皿で十分だったが、最後に一口、分けてもらったリカが食事を終えると、後片付けを済ませてから、大祐が買ってきた包みをあけた。

投稿者 kogetsu

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