「ん!今日もいい天気」
カーテンを開けた途端、目の前に広がった青空にリカは大きく背伸びをした。
きっと今日みたいな日はきれいに曲線を描いているに違いない。
チェストの上にあるフォトスタンドにはVTRから抜き出したバーティカルキューピッドが入っていた。
―― おはようございます。空井さん。今日はそちらも晴れているみたいですね
寝起きでつけたテレビの天気予報では宮城も今日は快晴になっていた。
鼻歌を歌いながら顔を洗って、簡単な朝食を済ませる。
一方的なメールの後、随分長い間、リカは苦しんだ。
泣いて、苦しんで、自暴自棄になりかけたリカだったが、時間と、周りの人々の協力で少しずつ歩み始めている。
忘れようとしても忘れられないなら、胸の内で想い続けていくこと。
―― 空井さんは、朝食食べる派だったかな。聞いたことなかったな
空を見上げれば胸は痛み、関わりのあるニュースを見れば胸がざわめくことに変わりはないけど、同じ道を歩むことはもう二度とないとわかっていても、誰かを想うだけで幸せになれるときもある。
そろそろ、秋空は高くなり始めているが、まだまだ陽射しは強い。アクアマリンのピアスを先に着けてから化粧を始めた。
カットソーとパンツと、軽く羽織れるジャケットにショールを手にする。
「よしっ。今日も頑張るか。恋人がまってるもんね」
『仕事は恋人です』
もう言いなれたフレーズだったが、結構気に入っていた。
胸の中に想い人はいる。
今日も、空は青いから。
「う……あ」
大きく伸びをした空井は、窓の外の青空を見て、わずかに口角が上がる。
―― いい天気だ。ロケとかあったら、稲葉さん、暑くて大変だけど撮影はいいだろうな
首を大きく回してもう一度、伸びをすると、起き上がってシャワーに向かう。男一人の暮らしだ。歩いていく途中でどんどん、服を抜いて行き、バスルームの前ですべてを脱いで洗濯機に放り込むと、シャワーを頭から浴びた。
ついこの前も伸びかけてきた髪を短めに切りそろえてきたばかりだ。
がしがしとシャンプーのついでに顔を洗って、体を流す。
バスタオルで頭からざっと拭って、下着を身に着けるとそのまま制服を手にする。用意だけしておいて、朝飯代わりのバナナを皮をむいてほんの3口で食べ終えた。
―― 稲葉さん、ちゃんと朝食とってるかな。あの人は忙しいと食事なんか気にも留めなくなる人だから……
忙しいと面倒だからといって、昼はカレーが多いと言っていた。ついで、朝食は席朝派で、せいぜい食べてもおにぎり一個かヨーグルト1個だと言っていた、懐かしい記憶が思い出される。
ふと思い出して、ようやく使い慣れてきたEPGで番組を探す。帝都テレビの番組は決まったものしか放送されていない。
その数少ない番組を予約し忘れないように確認しながら、予約が漏れていたものを片っ端から予約する。
「よし!……って、ああっ、HDDもうすぐいっぱいじゃないか!」
焦ってももうすぐ出勤しなければならない。
残量をみて、今日、家に戻るまでは何とか大丈夫だろうと判断した空井は、予約画面を完了させると、もうだいぶガタが来た携帯を充電器から外した。
バッテリーの交換も2度目になっていて、いくら充電してもなかなか持ちが悪くなってきている。
ばたばたと支度をしている間に、あっという間に時間は過ぎてしまう。慌ただしく車の鍵を手にして、急いで部屋を出た。
高くなった空と、さわやかに頬を撫でる風に思わず空を見上げる。
―― 稲葉さん。今日はこっちもいい天気ですよ
仕事を理由に、離れたならいつか、リカに胸を張って会えるように。
「よし、いくか」
車をあけてドアを開けるとむわっとした熱気が車の中から吐き出される。
乗り込んでエンジンをかけると同時に窓を全開にした。
軽いエンジン音を聞きながら、ゆっくりと空井はアクセルを踏んでステアリングを回す。
ふわりと舞い込んだ風がなぜか、助手席に彼女を乗せていた日を思い出させた。
いつも傍に。
今も傍に。
— end