リカのいない、リカの部屋にいることにもだいぶ慣れてきた。
リカが仕事の間にまだ片付かない部屋の中をうーん、と唸りながらあちらに置いたりこちらに置いたりと悩んでいる。
二人で住むための新居を探す間のことではあっても、しばらくは二人で住む部屋になる。
リカが場所をあけた棚とクローゼットの中を順番に片付けてから、雑誌なんかを片付けていた間に、スタンドが倒れて、ばさっとリカの雑誌が下に落ちた。
「あっ……。あー……、ごめん。リカ」
そこにはいないのに、リカに詫びた大祐は、足元に落ちた雑誌を拾い上げたところでひらりとその間から一枚の写真が落ちた。
手を伸ばした手がぴくっと止まる。
大祐の知らない誰かと笑っているリカがうつっていた。
写真に入った日付を見ると、大祐と再会する1年くらい前である。
二人でうつったその姿に小さく、ごめん、と呟いてもともと挟んでいたらしい雑誌の間に戻して元のように並べなおした。
小さくついたため息は、どこかで諦めにも似た大祐の想いを少しだけ吐き出してくれる。
寄り添って、笑みを浮かべて写るリカの隣は大祐の知らない男でそれがどういう間柄だったのか、わからなくても寄り添って写真に納まっているのを見つけた時は、胸の内が焼き尽くされるような気がした。
それが誰で、どういうことがあったのかと本当は聞きたくて、聞きたくなくて。
2年の間のことはお互い話せるだけ話しているつもりでも、リカにその間恋人がいたのかどうかは聞くのが怖くて、一度も聞いていなかった。
そこに収めるつもりだった雑誌を床に置いてキッチンに向かう。
リカがいればコーヒーを入れるところだが、一人の時はティーバックでお茶を入れた。
部屋に背を向けるようにカウンターに寄り掛かった大祐は仕方がないよな、と胸の中を鎮めようとする。
そこにあることはわかっていて、いつまでも聞けずにいる写真。
今、自分が隣にいるのだとわかっていても、この胸を焦がす思いだけはきっと本当を聞くまではどうにもならなくて、聞いてしまったらそれはそれで胸を焦がすとわかっているから、どうしようもない。
半分ほど飲み終えてからカップをカウンターに置いた。
「さて、続けるか。リカが帰ってくるまでに終わらせたいし」
積み上げていた雑誌の山に戻ると、リカの雑誌の隣に航空雑誌を並べる。写真を挟んだ雑誌を手に取ると、写真を取り出して雑誌と雑誌の間に少しだけ見えるように挟みなおした。
夜になって、リカが息を切らせて帰ってきた。
ピンポンもなく、慌ただしく玄関の鍵を開ける音がして駆け込んでくる。
「た……、ただいまっ」
「そんなに急いで帰ってこなくても大丈夫なのに」
笑いながらリカを出迎えた大祐は、バックをまだ掴んだまま膝に手をあてて、ぜいぜいと息をついているリカに両腕を開いて見せた。
おいで、という大祐に、走ってきて汗臭いからと手を上げたリカを強引に抱きしめる。
「おかえりーっ」
「は……、ただいま。急いで帰って……」
「うん。わかってる」
ぎゅっと抱きしめあった後、ぱっと離れたリカがコートを脱いだ。
「ゆっくりでいいよ。汗かいたならシャワーしてきて。夕飯はもうできてるから」
「えぇーっ!もう、夕飯作ろうと思って急いで帰ってきたのに」
「ごめん、ごめん。片づけがひと段落したらちょっと飽きちゃって、気分転換にね」
がくっと肩を落としたものの、リカは着替えを用意して、急ぐからね、と言ってバスルームに消えた。大急ぎでシャワーを済ませたリカが着替えて戻ってきたときにはテーブルに夕食が並んでいる。
急いで髪をざっと乾かしたリカを待って、テーブルに向かう。
「どう?片付きました?」
「うん。大体ね。どこにしまったか時々悩みそうだけど」
「それわかる。大体覚えてるんだけど、あれどこだっけってなるんだよね」
笑いながらリカは部屋の中に視線を走らせる。今まで自分の物だけで、大祐の荷物は東京に来た時だけの着替えだけがメインだったが、今はあちこちに小さなものが増えていて、自分の部屋なのになんだかおかしくなってくる。
「邪魔だったらどかしていいからね」
「そんなことないでしょ。どうしてもっていう時はもっと違うレイアウト考えよ」
「そうだね」
そういいながらリカの視線が一か所で止まる。
ふい、とテーブルに視線を戻したリカは、箸を動かしながら大祐が荷物を運んできたときのことを思いだしていた。
段ボールに入った荷物を解く手伝いをしていた時、小物の入った段ボールの中からひらりと何かが落ちた。足元に落ちた白いものは可愛らしいメッセージカードで、女の子らしい文字が書かれている。
『結婚おめでとう。今度こそ幸せになってくださいね』
今度こそ、という言葉に頭から冷水を被った気がして、慌てて小物の山に紛れ込ませた。
―― 今度こそ、ってことは前があったって……こと?
聞いたつもりでも2年間の一日、一日のすべてを聞くことができるはずはない。
当然、そんな出会いや思いを向けられることもあったはずなのに、すっかり頭から抜けていたことに指先が震えた。
それから聞きたいのにいまだに聞けないでいる。
2年の間の大祐を支えた誰かがいたのではないか。
誰かに想いを向けられた日々があったのではないか。
決して責めるわけではなく、ただ、聞いたからといって何が変わるわけではないのに胸の中に重い石ころが一つ。
本当は、見かけたときに聞いてしまえばよかったのに、片付いてしまった今ではもう聞くに聞けない。
―― 本当は聞きたいのに。
―― 本当は知りたいのに。