どうにもうまくいかない苛々に、思わずリカは苛立った声を上げた。
「そうじゃないってば。見る人に何を伝えたいのか、どう思ってほしいの?その情報いるの?いるならその理由は?」
「ただ……、流行ってるから」
「珠輝、流行ってる理由は何?」
「知りませんけど」
「なんで流行ってるのか、それを入れてあげないとただ流行ってるよね、だけじゃSNSの情報と変わらない」
むぅ、と黙った珠輝にもう一度、理由の調査とそれぞれのスケジュールの出しなおしを指示して、自分の席に戻る。
滅多な事では、厳しい言い方をしなくなってきたが、ちょっと苛立ってしまった。
まずいなぁと思いながら、ついつい口が勝手にしゃべる。珠輝の言い分も自分が通った道だからわかるはずなのに、と思っても勢いはなかなか止まらないのだ。
まるでその瞬間を見計らったように、携帯が何かの着信で震えた。
『今日はお昼にリカにメールできなかったから今頃メールしたよ。今日は忙しかったからカレーにした。食べながら、リカと同じメニューかなって思わずニヤッとしちゃったよ』
―― 馬鹿……
苛々していた気持ちがすうっと静まっていく。
―― カレーじゃないよ。社食の和風パスタだった。パスタが太くて、もひとつだったの
胸の内で答える。
気持ちが静まったのを感じて、返事を書くよりも先にすることがある、と自分に喝を入れる。
携帯を置いて、立ち上がったリカは、フロアではなく、廊下にある自販機のところまで行って、ミルクティを二つ買った。
「珠輝」
こん、と珠輝の机にミルクティの缶を一つ置いた。
「さっきの、スケジュール的に厳しかったら、流行を調査するコーナーにしちゃったらどうかな。街の人たちにインタビューするところで構成して、最後にその手の専門家に特長をまとめてもらうとか」
「……ありがちって言わないんですか?」
「私も、初めにちゃんとそこまで突っ込んでおかなかったし、インタビューもちょっと面白そうな特徴のあるやつを選ぶとかしたらどうかな。それか、ターゲットごとにくくるとか。そうしたら世代ごとに違う結果が出るとか、学生と主婦、サラリーマンに聞いてみた、とか」
「あ!それいいかも。これ、流行の元が横浜らしくて、東京だったらどこって言えるけど、それもなんか変わってるから面白いかも」
頂きます、とミルクティに手を伸ばした珠輝がプルタブをあけて一口飲むと、自分のPCをリカに向けた。
「じゃあ、ここはその切り口に変えちゃって、表にして、パネルを出せるようにしてみます」
「そうね。それならいける?」
「あと1時間で仕上げてスケジュール組みます!」
ぽん、と肩に手を置いてから自席に戻る。
それから携帯を手に取った。
『私は和風パスタでした。残念。今、ちょうどうまくいかなくて苛々してたんだけど、おかげでうまくいきました。大祐さん効果抜群』
ふふっと笑ってメッセージを送るとしばらくして、また携帯が震える。
アプリを開いた瞬間、ミルクティを吹き出しそうになった。
『そう?それはよかった。ちゃんと見てるよ』
メッセージは普通なのに、添付されていた画像は、大きな手の平で顔を隠していて、指の隙間から目だけが覗いていた。
―― どんな顔でこんな写真撮ってるんだろう
まさか自分の席で撮ったわけじゃないだろうが、映っている目が笑っている。
―― もう……
廊下に出て、人気がないことを確認すると、携帯のカメラを切り替える。自分が映る様にして髪を直すと、にこっと笑って一枚ぱしゃりとする。
何も書かずにそれを添付して送ってから、一人恥ずかしくなってパタパタと仕事に戻った。
「うわぁっ」
がたがたっ。
椅子からひっくり返りそうになった大祐に部屋の中の注目が集まる。
「あっ、いやっ、すみませんっ」
まだらに赤くなった大祐がわたわたと手を動かして周囲に詫びると、一気に空気が変わる。
「空井~。仕事しろよ~?」
「嫁さんからラブコールかぁ?」
「いやいやいや!!なんでもないですっ」
慌てて席を立って携帯を握りしめたまま廊下の隅まで走っていく。
「……うわぁ。なんだよ」
リカには遅い昼になったから、と送っていたが、大祐の方も仕事が立て込んで、時間を過ぎてもなかなか進まずに苛々していた。
もうちょっと融通してくれてもいいのに、と思うところを、ぐっと堪えて交渉してこその広報班だと思ってはいるが、その瞬間はむかっとしたり、苛々とすることもある。
比嘉に言わせれば、僕らも人間ですから、というところだろうか。
そんな疲れ切った気分でリカにメールを打った。きっと忙しくしてるんだろうなと思いながら、お昼に送られてきた短いメールから忙しいのは自分だけじゃないと思って。
その返事が思いの外シンクロするようにありがとう、と添えられていたから嬉しくなって、ちょっと廊下の隅で見張ってるとでもいう代わりにふざけた自撮り写真を添付してみた。
きっと馬鹿なことを、と笑っているだろうなと思いながら。
その返事が、まさか、大好きな笑顔の写真だったなんて衝撃的すぎる。
特に、メッセージも何もなかったところから、きっとお返しにととったものの、自分で恥ずかしくなったんだろうなと推測がつく。消していた画面を開くと、現れる笑顔に顔が盛大に崩れた。
「……っ!!」
じたばたと一人無言で暴れた後、はーっと大きく息を吐いた。
「よしっ!絶対早く帰って、リカとたくさん話そう!」
これで週末なら、問答無用で引けていたところだが、週の頭ではそうもいかない。
意思あるところに、と気合のポーズを決めて大祐は大股に渉外室へ戻って行った。
–end