「えーと。空井一尉。……空井一尉」
ぴーぴーとなるエラー音を出し続けている空井のことを傍にいた隊士が声をかける。
ぼうっとしていた大祐が我に返って顔を上げた。
「はい?」
「あのう……。エラーになってますけど」
「えっ……!わぁっ!!」
がたがたっと倒れそうになった大祐はひっくり帰りそうになって、なんとか転ばずに立ち上がった。
隣りの席の比嘉が、滑った椅子を片手で掴んだ。
「大丈夫ですよ。藤井二曹」
片手を上げた比嘉に声をかけた藤井が諸手を上げて後ずさっていく。代わりに、比嘉が押し出した椅子に空井が腰を下ろす。
「どーしたんですか?空井一尉」
「……すみません。ちょっと……。あの、比嘉さん」
「はい」
戸惑った大祐が腕時計をちらりと見た。
「相談、してもいいでしょうか」
「もちろんいいですよ。じゃあ、今日は早めに上がりましょうか」
広報室の二人が揃って立ち上がる。ビジネスバックとリュックを手にするところも変わらない。
「行きましょうか」
肩を落とした空井を囚人のようにひきつれて比嘉は定番のりん串に向かった。
カウンターで焼酎の水割りを手に並んだ比嘉と大祐は、お通しで出てきた空豆をつまんだ。
「ききましょうか?空井一尉」
「はい。……あの、今朝、今日も遅いっていうり、……その、稲葉さんに何かうっかり言ったらしくて機嫌損ねちゃって」
「そういうことですか」
生暖かい笑みを浮かべた比嘉にどんよりと大祐は項垂れた。
今にもテーブルに顔をのめり込ませそうなくらいの大祐に比嘉は一口、水割りを飲んだ。
「何を話していたんですか?」
「朝……、自分が夕食の支度をするっていう話をしていて、食べたいものをリクエストしてって言ってたんです」
「それは……、なかなかの……」
愛妻家ぶりだといいかけた比嘉は、言葉を飲み込んで続きを促す。
大祐はそんな比嘉の様子には気付くことなくテーブルの木目だけを見つめている。
「それから、ふざけたんです。自分がいないと困るだろうって。きっとそれが気に入らなかったんだと思うんですけど」
「なるほど。ちょっとした……、なんていうか。稲葉さんのツボを突いちゃったんですね」
「ツボですか?」
にっこりと首を傾げた比嘉は切れ目の入った空豆の皮をむく。
「ええ。稲葉さんは至極真面目な方ですからね。ふざけた物言いも、わかっていて、つい真面目に受け取ってしまったんじゃないですか?」
「でも、自分、いや、僕は稲葉さんがいなくなったら困るのでそれはふざけたとしても真実で」
「ストップ」
片手を上げた比嘉がわかっています、と頷いて見せた。
「まず一つ」
テーブルの上に比嘉は空豆の皮を一つ置く。
「女性は、例えそうであったとしても、誰かがいないと生きていけないような表現を嫌います。二つ目」
もう一つ空豆の皮が並ぶ。
「困る、という表現はきっと稲葉さんにとっては嫌だったんじゃないでしょうか。困るか、困らないかで一緒にいるわけではないのですから、ね」
大祐ののろけ話を聞いていると、リカが遅いのも常態化していて、せっかく一緒に暮らすようになったのに、夕食は半々か、三分の一は外食、三分の一が大祐、三分の一がリカ、という分担になっているらしかった。
大祐はそんなリカが精一杯作る料理も、自分が作る料理を嬉しそうに食べるリカのことも常に惚気ていたが、聞いている比嘉にはリカの困惑がちらほらと透けて見えていたのだ。
「それは何となくわかるんですけど、言葉のあやっていうか……」
「わかりますよ。空井一尉はそんなおつもりじゃなかったんですよね」
「そうなんです……。ただ、自分はリカの好みがわかる様になってそれがちょっと嬉しくて……」
ごん、とテーブルに頭をぶつけた音がしてグラスを握った大祐は木目が好きすぎてしまったようだ。
「それで?今日は稲葉さんのために早く帰らなくていいんですか?」
「……今日も、遅いって……。きっと11時くらいになるだろうし、まだ大丈夫です」
「そうですか?」
すっと内ポケットから携帯を取り出すと、親指で滑らかに操作する。
ことん、とテーブルの上に置くと残りの空豆を全部食べてしまった。動かない大祐にもう一度携帯をとんとん、と指先で叩く。
顔を上げた大祐がのっそりと頭を動かしてすぐ目の前に置かれた携帯を視界に入れた。
「……!」
がばっと頭を上げた大祐は、携帯を掴んで画面に見入る。
『比嘉さん。こんにちは。稲葉です。
今日もお仕事は順調そうでしょうか。もし遅くなりそうな場合は教えていただけないでしょうか。個人的なお願いですみません。今朝、ちょっと空井さんと喧嘩してしまって……』
「なんっ!……比嘉さん!これ、これ!なんで比嘉さんが」
「あ。言ってませんでしたっけ。僕、稲葉さんとメル友なんです」
「メメメメ、メル友って……。今言うんですか?」
今の問題点はそこじゃないだろう、と突っ込みたくなるが、ため息をついた比嘉は、グラスの残りを飲み干した。
「早く帰った方がいいんじゃないですか?一応、お話は聞きましたし、やっぱりこういうことは僕と話すより、ヒントはあげましたから直接、稲葉さんとお話された方がいいと思いますよ」
がたん、と椅子を倒す勢いで大祐が立ち上がった。
「はい。大丈夫ですよ。支払いは立て替えておきますから明日払ってくださいね」
「すみません!お先に失礼します!」
バックを手にした大祐は派手な音をさせて店から飛び出していった。