空幕に戻った大祐は、以前以上の仕事をすべく積極的に動いていた。
日々の仕事の合間に1日、一箇所でも必ず営業に回るようにしている。
好意的に受け入れてくれるところがあるかないかは、相手にもよるし、会社、業界にもよる。
「自衛隊ねえ。このご時世、一般はあんまり認知ないよね」
「はい。そういったこともあるかと思いますが」
差し出した資料に手を伸ばしながら
「いやいや、結構ですっていってるの。僕らはあなたたちのように何があっても明日があるわけじゃないから?必要だったらこちらからご連絡しますよ。はい。ご苦労様」
大祐が、声をだす間もなく相手はさっさと引き上げて行ってしまった。
その後ろ姿に向かって、立ち上がった大祐は頭を下げる。
受け入れられないのは仕方が無い。ここで諦めるよりも、また懲りずに理解してもらう努力をするだけである。
応接スペースから出た大祐は鞄を手にビルを出た。
歩き出してワンブロック離れた辺りにさしかかってから、深いため息がでる。
―― わかってる。わかってるんだけどなぁ……
『わかってても落ち込みますよね』
ふと脳内で声が蘇ってきた。
それと同時に大祐の口元に笑みが浮かぶ。
ポケットから携帯を取り出して待ち受けを見ると、笑顔が並んでいた。
「頑張るしかないよな。意志あるところに。うん」
一人呟いた大祐は、ビジネスバックを握りなおして歩き出す。
広報室に戻った時には、スーツはほんのりと汗ばんでいて、あとは帰るばかりという時間だったが思わず制服に着替えたくなった。
「お帰りなさい。空井一尉」
「ただ今戻りました」
「今日は暑かったでしょう」
「いや、もう。なんでしょうね。急に暑くなっちゃって」
ネクタイを一瞬だけゆるめておいて、持って行った資料をバックから取り出した。資料は極力持って帰らない。
机に乗せられた資料の束を見て比嘉はほとんど受け取ってもらえなかったことを悟る。それもよくあることなのであえて突っ込みはしない。
メールチェックをするためにパソコンの電源に伸ばした手を比嘉は遮った。
「空井一尉。今日はお疲れでしょう?メールは今見ても明日の朝見ても一緒です。緊急があれば全員のメールに入りますし、もうあがられてはどうですか?」
「や……、でも」
「大丈夫です。何かあれば私が」
にこっと笑った比嘉にいつかの片山と比嘉のようだと思いながら手を下ろして頷いた。
「自分、比嘉さんがアシストしてくださってとっても助かります」
「片山三佐より空井一尉の方が楽をさせてもらってますよ?……それより、早く帰って喜ばせてあげたらどうですか。お忙しいんでしょう?」
誰をと言わなくてもすぐにわかる。このところリカもいつもより忙しくしていることをきちんと把握しているところが比嘉たる所以である。
「最近、空井一尉、お弁当が続いてるでしょう?」
おにぎりで、しかも俵型のこじんまりしたものと、卵焼きも、フライも、ほとんどが一口で食べられるようなものを弁当箱に詰めて来ている。小さ目と言うだけでなく、一口で食べられるサイズであることや、可愛らしいピンがついているのを見るときっと大量に作ってそれぞれの弁当に分けているのだろう。
大祐らしいなと思いながら、眺めていたのである。
「……そっか。さすがに比嘉さん、よく見てるなぁ」
「チェックしてるわけじゃないですよ?ただ何となくですから」
ぽん、と大祐の背中を軽く叩く。
「これは、先輩からのアドバイスです。空井一尉。家に帰って二人ともが疲れていると家の中は余裕がなくなります。どちらかが早く帰ったら、二人でゆっくり休める環境をつくるといいですよ。そうすれば、二人で疲れを癒せますから」
にっこりと笑った比嘉の前髪がふわふわっと揺れた。
それを見ながら、ぼんやりと大祐は思う。
―― そっか。俺、ちょっと疲れてるのかも……
リカが忙しいのはほとんど平常運転だが、それを支えようと思うばかりだったが、空幕に戻ってから以前、中途半端で終わってしまったものを取り返そうと気を張っていた。
「わかりました。じゃあ、お先に失礼します」
「お疲れ様でした。また明日」
送り出された大祐は広報室を後にして、夕日に輝く市ヶ谷を後にした。電車に乗って、異動して駅を出るともう外は夜になっている。冷蔵庫の中を思い出して、駅から近いスーパーに立ち寄る。
買い物かごに野菜とフルーツをメインに買い物を済ませて、駅から近いリカと暮らす部屋へと帰った。
鍵を開けて、部屋に入って、慣れた部屋の匂いを感じたのは一瞬であっというまに馴染んで、感じられなくなる。
キッチンに買ってきたものを置いて、スーツを着替えれば自分が汗臭かったんだなと思う。スーツに消臭スプレーをかけて、窓を開けた。
都内で開けたままにしておけるわけもないが、夏草を思わせるような匂いの風がさぁっと部屋の中に入ってくる。空気を入れ替得ている間にシャワーを浴びて、戻ってから窓を閉めた。
大祐にとっては、少し排気ガスのざらついた感じと夏草の混ざったような匂いは、近しいものだったが、リカにとってはきっと身近すぎて力を抜くに抜けないだろう。
リカの好きな部屋用のスプレーを一吹きしてから、キッチンに立った。