FLEX95*~グレイノイズ-3

「この見学コースはあくまで一般の方々を対象にしてます。一般としてなら報道局さんも議員さんでも誰でもお声かけていただいて構いませんが、一切特別扱いはしません」

総務の担当者がたちあがりぴしゃりと言うと、会議の残り時間もないことでつぎつぎと断定的な進行を始めた。
会議が終わってからフロアに戻る途中で気にするな、と肩を叩く者や笑顔で頑張りましょうと声をかける人もいたが、毎度のことにリカもそろそろ慣れている。

ひらっと手を振ってフロアに戻ったリカは通常業務に戻ったが、後になってふと資料を読み返した。

「稲葉ー」
「はい」

顔を上げて立ち上がったリカは窓際に立っている阿久津の傍へ近づいた。

「なんですか?」
「お前、見学コースの件、どうなった?」
「一応、情報局は明日の見学で試験的に回ってみることになりました」

試験的、という話でリカがどのように立ち回ったのか目に見えるような気がした。
それでももめなかっただけましだと思ったのだろう。腰に手を当てた阿久津はリカを振り返って苦い顔をして頷いた。

「ほかの局には負けないように、そのあたりうまくやれよ」
「お言葉を返すようですが、負ける、負けないではなく」
「これも仕事なんだ。お前もわかってるだろうが結果が伴わないことには何も言う権利なんてないんだからな」
「……わかりました」

ひくっと頬が引きつったものの、席に戻ったリカはとにかく目先の仕事を片付けることに専念した。

―― 私の仕事に大祐さんを使うなんて……馬鹿なことしそうになった

「試験的にやるだけでまだ見せられるのになるかわかんないし。ちゃんと採用になったらね」
「ふうん」

こく、と言葉少なにビールを飲みながら寄り添ってテレビを眺める。

「……時々、思うんだよね。白と黒のあいだってさ。裏表じゃなくてその間が分厚くて、そのグレーのところにも人はいるんだよね」

ん?と顔を上げたリカは珍しい呟きを始めた大祐を見上げた。

「いっそ、白と黒ってはっきりしてる方がまだよくて……。グレーな雲が空に広がっていくんだよね」

大祐のあげた片手が親指と人差し指で囲いをつくった。
そのフレームの中には、本当は青空がうつるはずなのに、今は濁ったグレーの空の代わりにベージュの壁紙だけである。

「……こうすればよかった、ってあとから思うんじゃなくてその場でどうにかしたいんだけど」

うまくいかないんだよね。

口には出さなかったが、大祐がそう言おうとしたことはリカにもわかる。
缶に残った最後の一口を飲み込んだ大祐が、ふっと視線を落として缶をテーブルに置いた。

「ごめん。片付けてくるよ」

缶を片付けて、歯を磨きに行った大祐が立ち上がった隙間が何とも言えない気分になって、残っていたビールを持ち上げるとキッチンに運んで、残りを捨てた。
大祐と入れ替わる様に歯を磨いて、お互い、部屋を片付けて明日の準備を整える。

「先に寝てるよ」
「ん。私も」

ごく自然にそう声をかけて先にベッドに入った大祐に続いて、灯りを消して携帯の充電を繋いだリカがその傍に滑り込んだ。

「ねぇ。大祐さん。大祐さんが見た空はどんなのがあったの?」
「……何?急に」

寄り添って横になったところでリカの問いかけに大祐がその頭を引き寄せて答えた。

「どんなのがあったのかなぁって……。青空だけじゃなくて朝焼けとか、夕焼けもそうだし、夜にも飛んだことあるんでしょ?」
「そうだけど……、話しだしたらきりがないよ?」
「いくらでもいいの。思いついただけでもいいから聞かせてくれる?」

大祐の肩に頭を乗せたリカの髪をそっと撫でる。

「さっきの俺の話だったら単なる愚痴だから気にしなくていいよ」
「ん……。でも」
「いいから寝よう。リカも疲れてるのに悪かったね」

先に目を閉じた大祐の横顔を見ていると、何も言えなくて、リカはそのまま目を閉じた。

ばたばたと慌ただしい朝は変わりなくて、仕事に出たリカは、いつもより早く放送分のキューシートをチェックして残りを珠輝に預けた。

「じゃあ、あとはお願いね」
「わかりました。稲葉さんこそ、頑張ってくださいね!」
「プレッシャーかけないで」

眉をハノ字にしたリカを見て珠輝が驚いた顔を見せた。

「ちょ、やだぁ。稲葉さんが緊張してる!」
「私だって緊張するわよ。見学者相手なんて話したことないし」
「だって、稲葉さん。記者さん相手にいっつも堂々としてるじゃないですか」
「それは、……!もういいわ。とにかく、あとをよろしくね」

いつもよりかちっとしたジャケットを着て、トイレによって、化粧を直して髪を結んだリカは、見学者コースと話す内容をまとめたものをクリップボードに挟んで手に持った。

時間よりは少し早目に向かうのが鉄則とばかりにリカは1階のロビーに向かう。前半は総務の担当者が一般コースを回るために総務の担当者が待つ。
階段を下りていくと会議で仕切りをしていた総務の担当者がリカを見つけて片手を上げた。

投稿者 kogetsu

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