ばたばたと慌ただしい朝の時間も携帯を手元からほとんど離すことはない。瞬と唯の双子は相変わらずでパパが遠くに住んでいることも最近ではわかってきたらしく、携帯はパパの声がする不思議なものだと思っている。
「はい。よくできました。じゃあ、いい子にしててね?」
保育士さんに二人をお願いして、ばいばい、と手を振ると、足早に保育園を出る。そこから駅までは速足を通り越してダッシュに近い。
電車に乗ってようやくほっと、したところで携帯を見ると緑のアイコンに数字がついている。
『おはようございます』
リカの乗る電車は通勤時間帯とはいえ、その中でも遅いほうだ。おかげで混んでいてもメッセージを送るくらいの余裕はある。毎朝のおはようから片手でタップして、今朝の子供たちの様子を送った。
最近、大祐からの連絡はLINEが中心だ。急ぐ時でもスタンプで状況が送れる事で楽さがわかったらしい。リカも子供たちをカメラに収めて送信するくせがすっかりついてしまった。
同じころ、送られてきた写真を見た大祐の口元にふっと笑みが浮かぶ。
「…よし。今日もがんばろ」
呟いた大祐はもうすでに職場で会議の資料を手に立ち上がった。
* * *
午前中はあっという間にすぎて、朝食を食べていないリカはすっかりおなかがすいていた。
『お昼食べました』と、写メをとって送ろうとしたら、緑のアイコンに未読の数字。指を滑らせたら、ひらっきっぱなしだった大祐との画面だ。
『今日のお昼当てようか。カレーでしょ?』
――……確かに3週連続で金曜日はカレーだけど。今日もだけど。
むぅ、と何とも言えず悔しい感じがしてもやもやしてくる。
なんとかしたくて目の前で定食を食べていた藤枝のトレイをカメラに収めた。編集で向きを変えて、ばれないだろうと思いながら『ハズレです』と送ったら、即レスが返る。
『嘘だね。藤枝さんでしょ?』
その一行の直後に、なぜか大祐からリカが食べていたトレイと同じ写真が送られてくる。
連続して3枚届いた画像を見ると、全部同じ位置、同じ角度、同じメニューだ。
最後に空になった器の写真が届く。
『今日のはコレ』
びしっと言われたのは、まさに今目の前にあるものだ。顔を上げると目の前で携帯がひらひらしている。
「忘れてるかもしれないけど、お前のダンナと仲良しなの」
にやっと笑う藤枝に、この男たちは、と唇を噛みしめたリカは立ち上がってトレイを片付ける。なんだかずるいと思う。
―― ずるい……
むっとしてその場を離れていくリカの後ろ姿に藤枝はため息をつく。
「……ったく。相変わらず面倒くさい夫婦だなぁ」
面倒で、見てる方が恥ずかしくて、それで少しだけうらやましい。
ちっと舌打ちをして、LINEに続きを打つ。
『あのな。空井君。最近、お宅の嫁かまってなさすぎ』
『えっ?!リカさんどうかしました?!何かありました?!』
即レスの既読に苦笑いが浮かぶ。男なのに、もっともごつい荒っぽいような職場にいるくせに。
女子力高!と突っ込みそうになる。
「そーじゃねーよ……」
『知らねぇ。自分で確かめるべし』
『えっ……ちょっ……藤枝さん!!』
泣き顔のスタンプに縋りつくようなスタンプが続くが、ぽちっと画面を閉じて別なトーク画面を開いた。
『今日、外で夕飯食べられる?』
『いいよ。でも、ちょっと終わるの遅め』
『了解』
反応の速さは空井よりもはるかに早くて返事を打つのも恐ろしく速い。
そんな自分の彼女はめったにスタンプなんて使わない。
藤枝もふざけていなければ使うことはないが……。
『好きだよ』
既読がついてからすぐ返ってくるはずの返事が来ない。
じりじりしながら待っても来ない返信に仕方ないなと思ってポケットに携帯をしまって、藤枝は席を立つ。
トレーを片づけて、自分のフロアに移動している間に振動が来た。
『ありがとう。お仕事頑張ってください
私も好き』
ふわぁっと藤枝の口元が自然に緩んだ。