24時間の距離で 2

藤枝からのLINEに既読がつかなくなったことで大祐は一人、あたふたしていた。

「空井一尉?どうかしました?」

独り、自席で立ったり座ったりを繰り返す空井に周りから不審な目が向けられる。ここは移動してきてまだ日が浅くて馴染むにはまだ距離があった。

「あっ……、いや……。えーと……」

あたふたしているうえに何か言わなければと思うとますます慌ててしまう。

「空井。相変わらず嫁さん大事か?」
「金谷隊長!」
「はっはっは。もう隊長じゃねぇんだよ」

笑いがながら姿を見せたのは以前、浜松の飛行隊の隊長で世話になった金谷である。小柄なのに豪快な隊長だったが、それも異動になっていたらしい。
たまたま移動の途中で立ち寄ったところで空井がいると聞いて顔を出したところだ。

「おい、お前ら、空井はな。めっちゃくちゃ別嬪な嫁さんがいるんだぞ。しかも仕事もできるすんげぇ嫁さんでなぁ」
「ちょ、隊長!」
「空井がべったべたに惚れててほんのちょっとしたことでも大騒ぎになるんだ」

渉外室にいた隊員たちが、ああ、と頷くのはさっきの空井の挙動不審さがようやく理解できたということろだ。

「や、やめてくださいよ。隊長」
「なんだよ。じゃあ、さっきおかしかったっつーの、理由言ってみろよ」
「それは……その……」
「嫁さんのことだろ?」
「……えーと」

ほらな、とあきれ顔で大祐のことを親指で指した金谷にどっと笑いが起きた。

「空井一尉。奥さん、どんな人なんですか」
「写真もってないんですか?」
「もってるよ、こいつ。松島でもアイラさんが鼻の下こーーんなに伸ばして肌身離さず嫁さんの写真持ってるって」
「まじっすか!」

わらわらと集まってきた隊員たちに小突き回されて、大祐は胸元のポケットを押さえてしまう。
そこか!と押さえつけられて、身分証明を取り上げられる。

「あ!あ!だめですってば!!」
「いいじゃねぇか!……って、うぉ!!子供か?!」
「あ、はい。去年生まれて……って金谷隊長!」

もうすでに大祐の手の届かないところに回ってしまった写真はひゅーひゅーというからかいの声と一緒に隊員たちの手を渡っていく。

「すげぇ。奥さん、めっちゃ可愛い」
「空井一尉、お子さん、これもしかして双子っすか?」

こうなってしまっては、あとはもう流れに乗るしかない。子供たちは双子であること、リカがテレビ局の人間だとぼそぼそ答えていると、収集がつかないくらいの騒ぎになる。
そこまで大騒ぎになると、今度は話を振ったはずの金谷が止めに入った。

「はいはいはい!お前ら。そのくらいにしとけ。騒ぎすぎ。空井も嫁さんと子供と離れて心配なんだろうけど仕事中は集中しろ」

―― それは!あなたが振ったからじゃないですか!!

パクパクと口を動かしたものの、目上には逆らえないのが身についた性である。
金谷の手から返された身分証明を胸ポケットに戻しながらしぶしぶ、すみませんでした、と言った。

「まあ、そういうことだから。時々空井がおかしくても皆、生暖かく見守ってやれ」
「了解!」

―― そーじゃなくて!!

胸の内では突っ込んでみたものの、これが逆の立場だったら絶対に同じ展開になるだろうとわかっている。がっくり肩を落とした大祐は、自分の席に戻ってからリカに向けてメッセージを送った。

* * *

『ごめんね。ちょっと調子に乗りすぎた。怒ったかな』

―― 怒って……るわけじゃないわよ。ただ、ちょっと……

毎日、仕事と保育園とで追われていて、最近では仕事以外で自分のことは一番後回しになっている。お昼なんて食堂のメニューを見てその日のメニュー以外選んでいない。

だからカレーが続いているのに。

こんな風にからかわれたらあとからじわじわ効いてくる。

―― 私だってたまには違うランチを食べたいわよ

選んで、わかっていて、好き好んでいて、と思っても、時々ちょっとだけ苦しくなる。
そんな合間の心をチクリと刺激されたようなものだ。

それでもリカの場合は職場の理解もあるほうだし、時には珠輝や藤枝だけでなく、鷺坂や柚木が子供たちの面倒を見てくれることもあって、恵まれている方だとは思う。

「……それでももうちょっとあると思うの」

独り、呟いてからそれでも携帯には素直じゃない言葉が並ぶ。

『怒ってない。藤枝にやられたなぁっておもっただけ。次は絶対ばれないようにしよっと』
『そんな気にしなくても。ごめんね。異動してすぐだからしばらくまとまった休みもむずかしいけど』
『わかってるから大丈夫!じゃあ、仕事頑張ってね』

異動してすぐはなかなか帰ってこられないこともわかっているから途中で話を打ち切るためにぱっと打ち返す。帰ってこられないことをわかっていても言われたくない。

本当は。
本当は……。

あれもこれもとっぱらっていくと、要するに少し寂しくて、少し疲れているのだろう。

異動の前、大祐が家にいることが多かったのもあるのだろう。
携帯にしかめっ面をしてから仕事に向かう。

わかっていても、時に苦しくなるのが離れて暮らすということなのだ。

投稿者 kogetsu

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