仕事が終わって、保育園に急いで向かう。
「瞬君ママおかえりなさい」
「お世話様です。瞬、唯。さ、お帰りのお支度しようか」
リカの姿を見て、それまで遊んでいた唯はリカに駆け寄った後ぎゅっと抱き着く。それに少し遅れて保育士さんにまとわりついていた瞬がリカに正面から抱き着いた。
「まま!」
「あ~、瞬君!ママお疲れだからそんなにしたら大変だよー」
唯が抱き着いているのも構わず、リカによじ登ろうとする瞬に、初めはむっとしていたらしい唯が、少ししてぱっとリカから離れた。
「唯ちゃん?」
双子の世話は大変だからと保育士さんたちが面倒を見てくれようとしていたが、唯は自分のロッカーに向かうと自分の鞄や荷物を次々と引っ張り出した。
「唯!ちょっとまって、ママが……」
「あ、唯ちゃんママ。ちょっと待ってあげてください」
床の上に引っ張り出した着替えや鞄に慌てたリカを保育士が止めた。リカが怪訝な顔をしてその場で足を止めると、一生懸命唯は引っ張り出した荷物を鞄に押し込もうとする。
「偉いねー。唯ちゃん、ママ大変だもんね。お仕度できるねー」
瞬がリカによじ登ろうとしている間に、唯は自力で帰り支度をしようとしていたのだ。一生懸命ひっぱりだして、順番は大人からすれば分けて入れたいと思うところだが、片っ端から鞄に押し込んでいく。
すすっと近づいた保育士さんがリカに小声でささやいた。
「瞬君は甘えるのが上手なんですけど、唯ちゃんはしっかりさんですね。皆のお片付けも一番先にやってあげるんですよ。困ってる子がいたら連れてきてくれますし」
「そうなんです……ね。さ、ほら。瞬もお仕度しよう?」
瞬のことも促して支度をさせようとすると、瞬は保育士さんの言う通り甘ったれでリカにますます抱き着こうとする。唯は自分の鞄をリカの足元に引っ張ってくると、今度は瞬のロッカーに行って、色違いの瞬の荷物を引っ張り出し始めた。
小さくため息をつくリカは、まるで自分と大祐を見ているような気になる。なんだかんだ言って、大祐は人懐こいし、リカはしっかりしていないからこそ、しっかりしようとしてしまう。
今も唯はおそらくリカが疲れた顔をしていると思って自力で何とかしようとしたのだろう。
逆に瞬は、リカが疲れているからこそ、こうして抱きついて和ませようとでもしているのだろう。
きっと本人たちに聞いたらそこまで深いことは考えていないのだろうが、そんなところがほの見えてリカは天井を仰いだ。
唯が頑張った鞄を少しだけ手伝って、リカは双子を連れて家に帰る。それからも双子が寝るまでは戦場だが、子供たちが寝たころにはリカもくたくたになって何もせずに眠ってしまう。
気持ちが疲れているなぁと思っても、それさえ夢の中だ。
翌日もそんな時間を過ごした後、同じように保育園に向かう。何かを考えるよりも無意識に、保育園へ足早に向かうリカが、駅から小走りに向かっている目の前に長身の影がたった。
「リカ!」
「えっ……。わっ!!」
「お疲れ様」
「なんで?!」
今度の転勤先は今までのようにぱっと帰ってこられるような場所ではないはずなのだ。
大きな手を差し出した大祐がリカの手から買い物の袋を受け取る。
「まだ時間あるかな。いったろ?リカが帰ってほしい時は24時間くらいくれたら何とかするって」
「本気だったの?!」
「ひどいな。俺の仕事なんだと思ってる?調整するのが俺の仕事だよ?」
呆気にとられたリカの手を引いて大祐が歩き出す。
だからって、と繰り返すリカを振り返った。
「有事はさておき、平時だったら24時間くれたらどこからだって帰ってくるよ」
「……何もないのに」
「何もなくないだろ?疲れてるだろ?そういう顔してる。だからリカと瞬と唯に会いに帰ってきたんだよ」
それを聞いたリカは、じわっと涙が浮かびそうになってぐいぐいと目元をぬぐった。
我慢しようとしてもほろほろと崩れるように気持ちが緩む。
「……ふ。大祐さん、甘やかしすぎ……」
「そのくらいがリカにはちょうどいいってわかってるからね。絶対に自分じゃいわないし」
突然姿を見せたパパに、保育園で待っていた瞬と唯も急にテンションが跳ね上がった。リカはいいからといって、その晩、すべてを引き受けた大祐は、子供たちを寝かしつけながら傍で一緒に座っているリカを見る。
「こういうの、大事だね」
「ん?」
「リカや子供たちの顔を見に帰ってきたようなもんなんだけど……。さっきびっくりしたんだよね」
そういうと、ゆっくりと子供たちの背中を叩いていた手を少しずつ間をあけていく。
「お風呂からでてからさ。唯も瞬ももうルーチンが決まってるんだね」
瞬はお風呂をでてから必ず牛乳を飲む。もちろん、おねしょしないようにコップにひとつくらいだが、唯は麦茶がいいらしい。
それも、リカが寝る用意をしてお気に入りのタオルを置いてくれないと寝ようとしない。初めはそれを知らなくて、瞬にねだられて駄目だといってしまった。
リカにとめられて、カップをもらった瞬は泣きべそをかきながら大祐の膝の上によじ登ろうとする。だが、パパ相手では唯も譲らずに危うく喧嘩になりそうだった。
「そうね。大祐さんは知らなかったんだっけ」
「そうだよ。もっと細かいことで知らないことたくさんあるんだろうなぁ」
「でもちょっとしたことよ?」
「それが大事なんだよ。……リカは?」
ぼうっとしながら話を聞いていたリカは、しばらくたってからあれっと顔を上げた。
「……え?」
「リカも新しいこととか、何か俺にいうことない?なんでもいいよ」
「そんな特別なことは……」
手を止めても子供たちが寝たことを確かめて、リカに手を伸ばした。
「特別じゃなくていいから何か話して。眠くなったら寝ていいし」
「じゃあ、無理して帰ってこなくていいよ。お金だってかかるだろうし」
「それは関係ない。俺、そこそこもらってるし、俺たち、ほかにお金かけるものあんまりないじゃん?リカや子供たちに会うことって俺にとっては今一番大事なんだよ」
子供が生まれる前に引っ越した部屋の和室には布団が並んでいて、夫婦の部屋では今は寝ていない。大祐がいないのに、冷えた部屋で子供たちと寝るより、和室に布団を敷いて三人で寝ていることも、大祐には意外だった。
片付かない部屋が嫌だといっていたから、てっきり寝室で寝ていると思っていたのだ。
今夜はもう一組布団が並ぶ。
「うん。俺決めた。毎週とか毎日いれないけど、時々こうして帰ってくることに金使おう。だってさ、帰ってくるときか、あっち戻る時は、仕事作って移動してくればいいし」
「……うん」
子供たちを寝かしつけるのと同じように、丸まっているリカの背中を撫でる。
その感覚が気持ちよくて睡魔があっという間に迫ってきた。
「会いたかったなー。毎日連絡してるけど、やっぱり声聞きたいし、顔見たい……。リカ?」
「……」
返ってくる声がなくなったのを感じたが、そのままリカの背中をゆっくりとなで続ける。
「リカ……。24時間って情けないけど……」
それでも必ず傍に来るから。
変わらず、大好きだよ。
–end
ちょっともひとつだったらごめんなさい。
自分が疲れ気味だからですかねー。リカさんを癒してみました。