「……ですから」
「……や、でもそれは空井二尉に黙ってるのはちょっと」
外出していた大祐が制服に着替えて広報室に近づいてきたところに何やら聞こえてきた。
「ただいま帰りまし……」
「ああああっ!おかえりなさい。空井二尉!」
広報室の中が明らかにまずい、という慌てた空気が広がっていて、きょろ、とその違和感のある空気に大祐は広報室の中を見回した。
「僕、なんか……、まずいとこに帰ってきちゃいました?」
「いえいえいえ!そんなことは。ええ。どうでした?アポの方は」
「あ。はい。なんか思っていたのと違ったみたいで、もう少し企画を練り直してみるみたいです。ちょっと難しいかもしれませんね」
思ったような営業にはならなかったらしい大祐の方の話に比嘉が身を乗り出している間に、その後ろではざわざわと慌てた風に平静に戻っていく。なんだろう、と気にはなったもののこういう時は気にしても仕方がない。
その場にいないと、瞬間的に盛り上がった話には入りにくいものだ。
ふむ、と口を引き結んだ大祐は、鞄から資料を取り出して、デスクの上に立てた。
一抹の寂しさを覚えたものの、こればかりは仕方ない。
取り繕ったように比嘉が笑えば笑うほど、何とも言えない気分になって、その日は早々と席を立った。
その頃の大祐は、リカを好きだと言う自覚もないまま、ただもやもやとした気持ちを抱えていた頃だ。傍目には、明らかなくらいの態度で、周りの方がやきもきとしていたのに、本人同士は全くの鈍い様にどれだけ周りが振り回されたことだろう。
それも今では、懐かしい思いでの一つである。
空幕に戻った大祐は、かつての片山の様に広報班を引っ張っていくようになりはじめていた。
あの頃は、妙に固くて、新人社員の様なふるまいだったが、今では落ち着いて電話を受け答えする様も安心してみていられる。
「はい。ありがとうございます。それでは、14時、お伺いいたします。はい、失礼します」
丁寧に受話器を置いた空井の隣から比嘉が覗き込む。
「アポイント、とれたんですか?」
「はい。でも、まだどういう仕事になるかわからなくて」
「と言いますと?」
興味を引かれたのか比嘉は椅子を回して大祐の方へと向きを変えた。ネックストラップが襟とネクタイの間で挟まれていびつに歪む。
「なんか、いや……。話を聞いてから正確なところで聞いていただきます」
「……そうですか。わかりました」
新しい話が来たと浮かれてすぐに騒いでいた頃もあったが、今はしっかりと地に足を付けてやっていきたい。にやっと笑ってデスクに向かった大祐をみて、比嘉も椅子を戻した。
それからすぐ、大祐が外出した後に、リカから電話が入る。
「はい。空幕広報室です」
『お世話になっています。帝都テレビの稲葉と申します』
「あ、稲葉さん。比嘉です」
『比嘉さん。こんにちは』
お互い、初めの第一声できっとそうだろう、と推測はついていても名乗りあってからようやく、会話が砕けた口調に変る。
「残念。タイミング悪いですね。つい先ほど空井一尉、外出したんです」
『あ、全然。構わないんです。逆に比嘉さんにお願いがあって……』
「ほう。光栄ですね。なんでしょう?」
『実は、古い話なんですが……』
そこからリカの話は、申し訳ないと言いながら、実はかなり長くかかった。
むすっとした顔で大祐が帰ってきたのは割合珍しいことで、たまたま先に帰っていたリカは、キッチンから顔を出してすぐに、あれ、と呟いた。
「おかえりなさい。どしたの?」
「え?あ、ただいま」
自分が不機嫌な自覚がないのか、眉間に深い皺を刻んだ大祐は、むっとしたままでネクタイを外した。
「大祐さん?」
リカが声をかけてもぼーっとしたままネクタイを手の中で弄んでいる。ふむ、と口元を引いたリカは、手にしていたジャガイモを置いて手を洗った。
タオルで手を拭いてから大祐の傍に近づく。
「そ・ら・い・さん?」
「えっ?あっ、はい?」
「やーっとこっちを見てくれた。どうしたの?ここ。皺が寄ってますよ。槇さんみたい」
両手で目元をぎゅっと歪めたリカを見て、一瞬眉間が開いた大祐はすぐにまた不機嫌な顔に戻ってしまう。
「……なんでもない」
「なんでもないっていう顔してないよ?なんか、嫌なこと、あった?」
心配そうに覗き込んだリカから大祐はあからさまに視線を外す。ぐっと奥歯を噛みしめたのが見ていたリカにも横顔の動きでわかる。
「……なんでもない。なんでもないよ!そう、なんでもないから」
「なによ。そんなに何度も、何でもないって言われると余計に気になるじゃない」
つられたようにむっと頬を膨らませたリカが食い下がるのを露骨に避けて、ジャケットを脱ぐ。
「ちょっと……。大祐さん?私、何かした?」
「何にも?何にもしてないと思うよ。俺にはね」
「俺にはって何よ。俺には、って」
かちん。
心配したからこそ、むっとしたリカには聞き捨てならなかった。
スーツを着替えている大祐にハンガーを差し出しながら食い下がろうとしたのに、こちらもまた大人げない大祐がぷいっと背を向ける。
「何もしてないって言っただけだよ。そんなに気になるならリカの方こそ、俺以外にはなんかしたんじゃないの」
「俺以外にはってどういうこと?私、そんなに大祐さんの気に障るようなことした?」
「だからしてないって言ってる。ああ、もういいよ。なんでもないから」
着替えて、差し出されたハンガーを無視した大祐は自分でスーツをかけると、目を丸くしているリカのそばをすり抜けてソファの上に片膝を抱えて座り込んだ。
「なんか……なんなんですかっ」
「……何も」
頑なになった大祐の姿を見て、それ以上何を言っても無駄だとさすがのリカも悟る。手にしていたハンガーをそのままベッドに放り出して、こちらもむっとした顔のままでキッチンに戻った。
いつもより少し荒っぽくがしゃん、がしゃん、と音をさせながら食事の支度をしている間に、勢いに任せて指先を少しだけ切ってしまう。
「……っ」
しまったと思ったくらいだし、せいぜいが紙で切ったより少し広くて深いかな、と言うくらいだ。ぎゅっと力を入れて、盛り上がってきた血を止めようとしていると、ふっと目の前が暗くなる。
いつの間にか、傍に来た大祐がその手を取って、口に含んだ。
ざらりとした舌に舐められて、されるがままになっていると、しばらくして口から離した大祐がもう一度流水で傷口を流してティッシュで押さえた。
水分を拭き取って、絆創膏を貼る。
「……あとはやるから」
「いい。もう運ぶだけだから」
どちらも意地になってしまうとこの二人は非常に面倒くさい。
あっそう、と呟いた大祐はそれでも出来上がった皿を運んで、ついでに冷蔵庫から缶ビールを二本取り出した。
自分とリカの分と思って、テーブルに運んだが、途中で思い直してリカのために冷たい水も運んでくる。傷があるからビールはまずいかな、と躊躇したのだ。
「……食べよう。いただきます」
「いただきます」
隣り合って、ほとんど会話もなく、テレビの音だけが賑やかな部屋は珍しい。
―― なんだよ。こんなつもりじゃなかったんだ。つもりじゃなかったんだけど……
どうしても大祐の胸にはモヤモヤしたものが広がっていた。
事の起こりは、昼間リカが大祐の不在の間にかけた電話から始まる。
「あの、比嘉さん。むかーし、密着取材をしていた少し後くらいのことなんですけど」
「はい。なんでしょう」
「期間限定のイベントで、ブルーのパネル展をやったこと覚えてます?」
そう言われ、ああ!と比嘉は手を軽く机に打って思い出した。
大祐が航空祭の打ち合わせで、不在だった時のことだ。急に週末イベントのブースが空いたということで一週間の突貫ではあったが、パネル展ということで、比較的準備もしやすく、大小取り混ぜたパネルに加えて、実際に隊員が使っているヘルメットや、意外に人気だったのはこれまで取材や協力でテレビや映画に取り上げられたシーンのパネルコーナーだった。
週末の二日間ではあったが、かなりの人数の来場があり、帝都テレビも報道記者走る!のいい番宣にもなったらしい。
「あれですね。稲葉さんがうさ……」
「ストップ!!比嘉さん、ストーップ!……それです。それであってます。それ以上言わなくてもいいです。あの時のパネルが何枚か混ざっていたのでお返しに上がりたいんですが」
「ああ!そうでしたか。それはわざわざありがとうございます」
妙な勢いだったリカはそこからひどく歯切れが悪くなった。
「あのー……、それでですね。空井さんは、何時頃戻られるんでしょうか」
「あ、そうですね。今日はちょっと遅くて、18時頃かと。でも、稲葉さん、僕の方がっておっしゃってましたよね?」
「もちろんです!もちろん。空井さんがいらっしゃらない方がいいんですが……」
何だろうと思っていると、えー、とかうー、とかひとしきり唸った後に、渋々リカは話を切り出した。
「あの時の、その……私の写真なんですけど……」
「はい。稲葉さん、とってもかわいかったです」
「そうじゃなくて!!そうじゃなくてですね。あの、隊員の皆さんとの写真はお断りしたんですけど、その、記念にって、比嘉さん、撮られてましたよね……?」
受話器を握りしめた比嘉は、にっこりとほほ笑んだ。
あの時、と言われてからもちろん、すっかり思い出している。記念に、と言うよりすっかりレアもの扱いで当時の携帯ではもったいないからと、市販の使い捨てカメラを急いで買ってきて、何枚か撮影したのだ。
ネガと写真は今も広報室の資料室に保管されている。
「あの時の写真なら、あの時のイベントで使ったパネルと一緒に資料室に保管してありますが」
「それ!!それを、ぜひ、あの……ですね」
「なんでしょう?」
おおよその見当は付き始めた比嘉はわざと空とぼけて問いかける。おそらく、写真を渡してほしい、かネガごとくれとでもいうのだろう。
にやにやと口元を歪ませた比嘉の空気が伝わったのか、しばらくの沈黙の後、リカが呟いた。
「比嘉さん。わかってて言ってますよね?」
「ええ。もちろんです」
「即答ですか?!」
悪びれない比嘉につい声が大きくなったリカは、それでもすぐに声を落としてお願いモードに戻る。なにせ、今はお願いする立場なのだ。
「その、ネガごとお渡しいただくというわけには……」
「それは難しいですね。あれは広報室の記録と言いますか、資料として撮影したものですから、一部だけネガをお渡しするわけにはいきません」
思いのほか固い態度にでた比嘉は勿体つけてからリカにそれでも、と切り出した。
「現像した写真の方はお渡ししても構いませんよ。パネル展の様子がわかればいいので、問題の、稲葉さんが写っているところはお渡しできます」
「本当ですか?!」
「ええ。一応確認ですが、空井一尉には……」
この話の流れでは聞かなくてもわかるのだが、わざとらしく念押しした比嘉に、電話の向こうのリカは真剣だった。
「絶対、絶対、絶対、何があっても見せないでください!!もし見せたら、見られたら……」
「見られたら?」
「……泣きます」
ひどくシンプルな答えが返ってくる。
だが、それは男性には存外きくもので、今でもガツガツ、いやバリバリのリカが大祐に見られたら、泣く、と言うのはさすがの比嘉にしても躊躇いが生まれた。
「それは……」
「泣いて、泣いて泣きます。だから見せないでください」
「……わかりました」
そう答えた比嘉との間で約束を交わした後、すぐにリカはパネルを戻しに広報室へと現れた。
代わりに、問題のリカが写る写真を資料室から発掘してきた比嘉は、茶封筒に入れてそれをリカに渡した。
「比嘉さん、絶対、絶対に駄目ですからね?」
「わかってます。僕も男です。男に二言はありません」
そう言い切った比嘉にお願います、と何度も頭を下げたリカは、そそくさと大祐に会わないように急いで局へ戻って行った。
写真は局のデスクに隠してあるので、大祐にばれることはもう二度とない。リカはそう思っていたのだ。
予定よりも少し遅くなって大祐が広報室に戻ってきた時、比嘉は資料室にいた。
「あれ、比嘉さん」
「空井一尉。お帰りなさい」
「ただいま帰りました。どうしたんですか?」
資料室など、普段は名の如くあまり用はない。逆に、この部屋に入るなら、仕事として何か資料が必要になったりしたということだ。
「資料集めなら手伝いましょうか?」
「ああ、いえ、違うんです。ちょっと古いパネルが出てきたので、ついでに整理をしてまして。空井一尉こそ、打ち合わせ、どうだったんですか?」
「んー……。なんだか、向こうの企画案になんとか近寄れないかと思って、色々話してきたんですけど、ちょっと今回は難しそうです」
苦笑いを浮かべて、比嘉が重ねていたパネルに手を伸ばした。
今日の打ち合わせは、コラボもので片山がいれば、くうおんだもなんだの、ともりあがっただろうが、二番煎じのような際どいものにするわけにもいかず、結局は、持ち帰りとなったが、今回の企画では没になるかもしれなかった。
「無駄足になっちゃいましたか」
「いえ。これもきっかけです。次にまた何かあったら、きっと今回のことを思い出して、もう一度検討してくれると思えば、いいんです」
きっかけづくりのいい種まきになったと思えばいい。
前向きな大祐の言葉にそうですね、と頷いた比嘉は、うっかりと、本当についうっかりとしていたと言える。
「だから、手伝いますよ。これ、片付けたら今日はもう終わりですよね?」
そういいながら、手にしたパネルをみて、懐かしいなぁと大祐は呟いた。自分の部屋にも欲しいくらいのパネルに見とれながら、順番を確かめようと、小さなアルバムに手を伸ばした。
写真屋で現像すると渡される紙製のチープなものではあったが、使い捨てカメラの枚数を納めるにはちょうどよかったのだろう。写真には上から余白に番号が振られていて、その番号順にパネルがあるはずだった。
「この順番でいいんですよね。これ、俺も欲しい……。……ごふごふっ!!」
なんで!!
何なんだこれは!!
頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出そうとしても、2つの言葉を同時には出てこない。
盛大に咳き込んだ大祐に振り返った比嘉は、滅多になく、凍りついた顔で大祐に飛びついた。
「駄目ですっ!!」
アルバムを取り返そうとしたものの、運動能力は格段に大祐の方が上だ。むせていても、比嘉の動きにパッと反応して高々とアルバムを掲げた。
「空井一尉!!それは駄目です!返して下さい」
「ごほっ!なんっ!ごほごほっ!なんでこんな!!」
「わかりました!わかりましたから!」
とにかく説明するから返してほしい、と睨みあった後、絶対だと何度も約束させられて、お互い、落ち着こう、ということでその場の狭い机の両側に腰を下ろした。
小さな資料を確認するためだけの机の両側でじとりと睨む大祐と、冷や汗をかいた比嘉が向き合う。
「どういうことですか」
「その、空井一尉はこの時準備だけで、当日は出張でいらっしゃらなかったので……」
そう言われると薄ら大祐にも覚えがある。あの時は、週末なのに、地方に航空祭の手伝いで出張してしまったので、直前まではどうしても手伝いたくて粘ったが、当日は見られなかったのだ。
「こんな話聞いてません」
「ですよね。ですよね。ええ、もちろんです。そうです、はい。あのですね、説明しますと。当時は、すぐ空井一尉にもお見せしようという話が合ったんですが、これはさすがに当時の稲葉さんとお付き合いもされていない頃の空井一尉には刺激が強すぎるだろうということになりまして!結果として、封印されることにですね」
「封印?!ていうか、皆知ってたんですか?!片山さんも?!室長も?!槇さんや、柚木さんもですか!!」
目を吊り上げた大祐に諸手を上げた比嘉が懸命になだめようとする。
「いえ!見ました!じゃない、知ってましたが、柚木さんが、稲葉さんが可哀そうだと言って、全部焼き増し分も回収しまして、ここには資料様に保存していたパネルの中にたまたま、残っていただけでですね……」
「……資料じゃないので、没収しても構いませんね?」
地の底から響くような声が比嘉にジワリと迫ったが、そこだけは比嘉にとっても、譲れないところで、頑としてアルバムを渡そうとしなかった。
長い腕を伸ばして比嘉から取り上げようとするが、胸に抱えた比嘉は真剣な顔を向けた。
「駄目です。空井一尉。稲葉さんと約束したんです、僕!これを空井一尉に見られることがあったら稲葉さんは泣きますって!!泣きます、ですよ?!僕にはそんなことはさせられません!だから空井一尉も絶対に、これを見たことを忘れて、稲葉さんには絶対に言わないって約束してください!」
「はぁ?!なん……っ、だからってそれ……っ」
寄越せ、駄目だ、を散々繰り返した後、絶対に持って帰らないこと、リカには絶対に言わないことを条件に、比嘉はアルバムからその一枚を抜いて大祐に渡してくれた。
「元々、ここに入ってても駄目なものですから」
そう言って苦笑いを浮かべた比嘉と、何度も何度も胸に入れた身分証明証のケースに挟み込んだ写真を眺める大祐は、ぽつぽつと当時の話をしながら片づけを済ませて帰ってきたのだった。
ほとんど口を開かずに夕食を済ませた後、リカには風呂に入る様に言って、後片付けを済ませた大祐はソファの上にどさっと転がった。
―― 持って帰ってこなくてよかったけど、あんなの……
何度思い出してもちくしょーである。
確かに、その当時の大祐があの写真を見ていたら眠れないどころの騒ぎではなかっただろうが、それを今の今まで隠されていたことも、リカが絶対に見せたくないと言っている姿を大祐以外の人は見ていたということも、悔しい。
―― どうせなら俺だけが!!俺だけが見たかったっての!!
「~~っそ……」
思わず呟いたところに、バスルームから出てきたリカが濡れた髪のままひたひたと近づいてきた。
「……やっぱり、教えて?私、そんなに大祐さんが嫌なこと、した?」
しゅん、と項垂れたリカを見て、唇をかみしめた大祐は、ソファから身を起こした。
「……ごめん。本当に何でもないんだ。ただ……、ただ、その、今日、また外回りでさ。うまくいかなくて、それで、つい、やつあたりしたっていうか……」
「ほんと……?」
「うん。ほんと。ごめん。仲直りしよう」
両手を広げた大祐の腕に素直にすぽっと収まったリカをぎゅっと抱きしめてから、濡れた髪をくしゃりとかき混ぜた。
「俺も風呂、入ってくるからその間に乾かして。風邪ひいちゃうよ」
「……はぁい」
いつもなら、そのまま離れないところだが、明るい声をわざと出して、すぐにリカから離れた。リカも同じように思ったらしく、寂しそうな顔をしたが、素直に頷いてドライヤーを髪に当て始める。
その間に、バスルームに逃げこんだ大祐は、頭からシャワーを浴びながらまだ湯気の残るバスルームの中で、元気いっぱいになってしまった自分自身にため息をついた。
甘い、リカの髪の匂いと一緒のシャンプーの匂いが充満するバスルームで、目を閉じると頭の中にあの写真のリカが浮かんでくる。
「うわぁ……。落ち着け。落ち着け、俺」
思わず呟いてもその興奮はなかなか引きそうにもなくてますます焦る。いつもは鴉の行水並みなのに、なかなか風呂場から出るに出られなくなる。
―― ああ、駄目だ。これじゃリカがやっぱり、俺が怒ってるんじゃないかって誤解してしまう……
手を伸ばせば頭に浮かぶリカであっさりと興奮は吐き出すことができたが、そのくらいで収まるわけもなく。
なんとか冷静さを装って、バスルームから出ると、部屋との境に壁を背にしたリカが座り込んでいた。
「わっ、リカ、なんでそんなところに……」
「だって……」
なかなか大祐さんが出てこないから、やっぱり怒ってるのかと思って。
背を向けたリカの言葉に、大祐は内心で叫んだ。
―― 違う!!違うんだ!
バスタオルでごしごしと頭から体を拭きながら、ぶっきらぼうに呟いた。
「怒ってねーよ。……リカが可愛すぎるのが悪いんだよ」
リカが封印し、比嘉が血の気が引くほど青ざめて、大祐がどうしようもなく興奮した写真。
それは、テレビ局が主催していたイベント会場で、ブルーのパネル展のすぐ隣にあった帝都イブニングのブースにいたリカが写っている。女性スタッフがそれぞれ、猫や犬などの動物キャラのメイド姿になったカフェになっており、丸いトレイを持って笑っているリカは、女子高校生のようなミニスカートに襟元リボンの学生の様なシャツ。そして、うさぎの耳にカールした髪。
まさに、ミニスカメイド姿にウサギの耳だけかと思ったら、その腰のあたりには丸い尻尾がすこしだけ見えていたから、きっとうさぎのシッポもつけていたのだろう。
そういえばと、どんどん思い出してしまう。あの頃、そう言えばなにか空井には隠し事をされているようで寂しかったこともあったと思いだす。
そのままお辞儀などとんでもないと思うくらいのミニスカートや可愛らしいシャツ。
ウサ耳。
コスプレで萌える趣味はないが、男なら、ましてリカの様な美人が可愛い笑顔とその姿で写っていたら誰でもこうなるだろう。
「……え?」
振り向いて大祐を見上げたリカに、手を伸ばした大祐はリカを立たせるとそのまま背中に腕を回して引き寄せる。
「怒ってないよ」
あの恰好が可愛いのを大祐に怒れるわけもないわけだし、自分以外の面々が見ているということも今となっては仕方がない。
不安そうに見上げるリカを抱きしめた大祐は胸の内で叫んだ。
―― ……それよりなにより!怒らないからもう一度あの恰好を俺の目の前で見せて~!!
—end