このお話は、彼女とお茶しての続きをリクエストいただいたので、続きを少しになります。
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リカがその日持ち帰った鞄はひどく重そうで、夕食の後に仕事用のデスクの前に行こうとするのをみて、思わず手を伸ばした。
「どうしたの?」
「あ……、ありがと。今日は家のPCじゃできないからノートパソコンも持って帰ってきたの」
重かった、と呟いたリカは衝撃吸収用なのか、黒い男物の様なバックからPCだけでなく、ビデオカメラと書類らしきものを取り出した。
仕事をするならといつものようにテレビでも、とリカの傍を離れようとした大祐の手をぱっとリカが掴む。
「大祐さん」
「ん?どうしたの?」
「仕事じゃないの。これ」
「え、どういうこと?」
傍にいて欲しい、ということだと受け取った大祐はそのまま、リカの隣に腰を下ろした。
意見をききたいというなら、いっそ加工前のものを見せるだろうし、逆に出来を聞くならメディアに落とされているはずだ。編集する過程を見て欲しいというのはこれまでになかった。
「あのね。藤枝に頼まれたの」
「藤枝さん?」
疑問形ばかりだな、と思いながら問いかける大祐にリカは真剣な目を向けた。
「西村さんと何かあったみたいだってことはこの前言ったでしょ?結局、藤枝にほっといてって言われてから私も何も言えなくなってたんだけど、昨日、ナレーション録りがあってその時に頼まれたの。インタビューっぽくプライベートで撮ってくれないかって」
ビデオレターなら自分でもとれるだろうし、きっとこんな弱みを見せることは本来嫌うはずの藤枝の頼みにリカはすぐ頷いた。
インタビューっぽくという依頼に、きっと自分自身でも揺れていることを自覚しているのだろうなと思ったからだ。
雑感のように、撮ってほしい。
そのニュアンスで、普段のありのままの藤枝の姿で撮ってほしいのだということもわかった。プライベートだから仕事終わりにでもと思ったが、悪戯っぽい顔で藤枝は笑っていた。
「場所もないし、せっかく道具が揃ってるんだから30分もかかんないし」
仕事の合間ではどうだと言われて、すぐに会議室を予約したのだ。サボりみたいなことを、と怒るところだったが、逆に仕事以上に撮ってやると思ったのは口にしなかった。
「これがそれなの。大祐さんにも見せていいって言ってたけど、あいつの見せていい、は見てもらって、ってことだと思うから……」
男女の友情などないと言われがちだが、藤枝とリカの間には確かに信頼があって、その信頼ゆえに、お互いを支え合ってきた感が強い。
ビデオカメラに線を繋いでパソコンに映し出したところから、それは始まった。
『稲葉。お前、空井君のことを愛してるっていうか?』
ごほっとむせそうになって、リカの顔を見たが真剣そのもので画面の下に移っている時間をささっとメモっていた。
「……俺はリカのこと、愛してるともいうけど」
ぼそっと呟いた大祐に一瞬、目を瞑ったリカが何とも言えない顔を向けた。
「別にそういうことじゃ……」
愛していると言えないわけではない。そこは誤解をされたくないと口を開きかけると、大祐も真顔だった。
「わかってる。表現としてリカはそう言ってるんだろうけど、俺は愛してるよ」
画面の中はその間にも進んで行って、リカは画面に視線を戻した。藤枝の独白に所々でリカの問いかけが入る。その部分はあとで潰してテキストをかぶせるつもりだった。
コメントの時間をメモし終えて、最後まで回ったビデオを止めると、リカは大祐を振り返った。
「私は大祐さんを好きだし、愛してると思ってるけど、それが周りにも伝わるってあるんだなっていうのを大祐さんにも見て欲しかったの」
先ほどの分も訂正するようにリカはどうしてそれを見せる気になったのかを口にした。大祐とリカの間には夫婦だからといって、なんでも共有することはない。どちらかと言えば、共有できることとそうでないことが明確に分かれている。
「藤枝の恋愛なんて、私は口出すことないはずなんだけど、なんか手伝えるんだったらって……」
いつまでも黙っている大祐に、何か話し続けてしまう。
もしや、さっきの部分で怒ったのだろうかと顔を覗き込むと、くしゃくしゃっと髪をかき上げた。
「あーっ、もう!」
ぎょっとして目を瞬いたリカにいらいらと髪をかき上げた大祐は、ひとしきり髪を乱した後、両手を床の上について背を反らせた。
「やっぱかっこいいわ。藤枝さん。イケメンでかっこよくて、これだもん。たまんないなー」
「えっ、あの」
「うん。藤枝さん、うまくいくといいね」
驚いたリカがそれはどういう意味かと問い返す前に、体を起こした大祐はこのメッセージをもらうはずの、まだ見ぬ女性を思い浮かべる。
並みの男でもそうだろうが、あれだけの男に、こんなにも真剣に告白されたら揺らがない女性はいないのではないかと思う。
「相手の人、難しそう?」
「や……、どうかな。前にも言ったと思うけど、藤枝も私も取材したことがある人なのね。まさか、藤枝がこうなるとは思わなかったけど……。わかんない」
相手のプロフィールを事務的に知っているからこそ、藤枝との色んな差を思えば難しい恋ではある。
応じるかどうかも難しいだろうが、どこか彼女は藤枝に近い気がした。
人に踏み込むことが苦手なのだが、踏み込んだら恐ろしく深い。
「……すごく、すごく大変な頼みごとを引き受けちゃった気がしているんだけど、ずっと藤枝は私が一人でいた時に何も言わずに見守ってくれたから、私は私にできることをしたいの」
「……わかるよ。だから、今でも俺は藤枝さんには敵わないって思うし。リカが作業してるところ、見ててもいい?」
「うん。見てても面白くないかもしれないけど」
頷いた大祐が見ている前で、フレームの外側に表示されるカウンターを見ながら作業に戻る。本当は職場にある機械ならもっと正確に早くできるが、今は疑似ツールを使っての編集だから思い通りに進めるのも時間がかかる。ノートパソコンの画面内をいくつも立ち上げたウィンドウが入れ替わって、見ている大祐には何をしているのかわからないけれど、少しずつ画面は変わっていく。
「女って……きっと線で考えるのね」
不意にリカが口を開いた。前後の脈絡もなく。
目と意識は目の前を向いているようでいて思いついたことを口にしているのだろう。
「男性は面っていうか……、一つのこと、でしか考えない人が多いけど、女は、一つのことの次、次って線路みたいに次の駅を思い浮かべるみたい。だから、考える順番も何もかも違うのかもしれないけど」
「……うん」
「私にも西村さんが思うこと、わからなくもない気がするから。……それを、だから」
リカが言いかけた先を思い浮かべた大祐は、黙って頷いた。