琥珀の中 6 おまけ

キッチンに二人並んで、夕食の後片付けと皿を洗っていたリカの隣で、テレビを眺めながら洗い上げた皿を拭いていた大祐が、ぼそりと呟いた。

「ねぇ、リカ。最近、藤枝さんって変わった?」
「え?」

最後の一枚を洗い上げて、水道を止めたリカが大祐の顔を見てからテレビへと顔を向けた。ニュース番組のインタビューが流れていて、少し前にインタビューをしてきたらしいことは知っていたが、放送日が今日だとは知らなかった。

「なんだか、すごくかっこよくなった」

藤枝が前面に出ているわけではなくて、カメラに向かって椅子が二つ並んだ状態で政治家へインタビューしている。それだけのことで、話題も今の政局の話が中心で、時折、時事問題を挟んでリラックスした姿で力まないインタビューだ。

そういう映像でしかないのだが、藤枝がでている、と思った大祐の目にはまるで別の男を見ているかと思うくらい印象が違った。

「……うん。そうかも」

てっきり否定されるかもと思っていた大祐は、リカを振り返った。
眉間に皺を寄せて同じようにテレビを眺めていたリカが、何度か頷く。

「あのね。局の中でもちょっと噂なのよね。藤枝は今までもイケメンだとか結構言われてきたけど、私、今まで一度もかっこいいとは思ったことなかったの。いいやつだけど、男として見えないっていうか、どことなく、ふわふわして落ち着かないっていうか……」

あれだけの男前が傍にいてもなんということもなかったのはそういうこと?と少しばかり呆れた目を向ける。
手だけはきっちりと皿を拭き上げながらもどうにも納得がいかない。そんな大祐には気づかず、リカは、くるりとテレビには背を向けて流し台に寄り掛かる。

「この前なんだけど……」

社食で顔を会わせた時、珠輝が飛びついたのだ。

「藤枝さん!」
「おお?!なになに、珠輝ちゃん。大歓迎じゃん」

今までなら堂々と抱き留めていただろうに、さりげなく藤枝は珠輝の肩を押しやって離れた。このところ、珠輝は藤枝がかっこいいと言い続けていたのだ。

「やーん。もう最近、藤枝さんなんか冷たいです。カッコ良くなったのに」
「なぁによ。冷たくなんかないってば。なぁ?稲葉」

仕事場では旧姓で通しているリカは、トレイを持ったまま不思議なものを見るような顔で、じろじろと藤枝の顔を眺めていた。
破顔した藤枝が二人のトレイを覗き込んで、今日はどうしようかな、と呟く。

「確かに、そうかも」
「ん?」
「珠輝の言うとおり藤枝が格好良くなったかもって」

意外なことを呟いたリカに怪訝そうな顔を向けた藤枝とは対照的に、珠輝が飛び上がって喜びだした。

「でしょぉ?!稲葉さんもそう思うなら本物ですよ!絶対」
「うん。前はイケメンって言われててもはぁ?って思ってたんだけど」

まじまじと呟いたリカに、馬鹿、と笑った藤枝は自分の昼食を買いにカウンターに並びに行く。珠輝と一緒にテーブルについたリカは、その変わりように驚いていた。

「びっくりしたかも。なんなの、アレ」
「もう、稲葉さん、遅いですってば。少し前からもうすっごい噂になってるんですよ?藤枝さんが変わったって。大津君でさえ知ってたのに」

珠輝のミーハーなところを大津は受け入れてるらしく、特に、藤枝については全く同意見らしかった。
カレーから卒業したリカは、カウンターで並んでいる間にも誰かに声をかけられている藤枝が笑っている姿を遠目に眺める。

あれから、特に聞いても答えはしない藤枝だったが、様子を見ている分にはうまくいったのかなと思っていた。

今までは軽くて、風が吹けば吹いただけどこかに飛んで行ってしまいそうだった藤枝が、しっかりと落ち着いた男に見えた。

「藤枝って、こんなに格好いい男だったっけって私も思っちゃったのよねぇ」

無意識のリカは非常にたちが悪くて、こんな危険な発言をさらりと口にする。がしゃん、と割れなかったのが幸いなくらいの勢いでお皿を置いた大祐が、リカの目の前に回り込んで、リカを抱きしめようとする。

「リカさんっ!」
「ちょっ!大祐さん、急にどうしたの!」
「だって、だって、リカが俺以外の男を、仮にそれが藤枝さんだったとしても、カッコいいって」

嫉妬と諸々で抱きついてきた大祐に違うんだってば!と大きく言い返したリカをぎゅうぎゅうに抱きつぶした大祐は、複雑な顔を見せた。

「確かに、藤枝さんは前からイケメンだったけど、なんというか、すごく、男を感じさせるなぁって思ったよ」
「うん。それが彼女のおかげだったらすごいなぁって思う」

大祐の嫉妬などお構いなしに、素で褒めるリカに苦笑いしながら大祐はリカの首筋に薄らとキスマークを残す。

「……まあ、それなら俺も藤枝さんがうまくいってるならって思うよ。すごく素敵な人だし」
「そうね。西村さんもすごく素敵な人だから、藤枝も……」
「あー……だめだ。いくら藤枝さんでもリカがほかの男の心配とか、他の男を褒めるなんて無理!限界!」
「え?きゃあっ!」

ぎゅっと抱きしめたまま、リカを抱え上げた大祐は、そのまま大股でベッドまで歩いていくと、どさっとリカをベッドに押し倒した。

「あのね?リカ。俺も藤枝さんの変わり様にはすごく興味があるけど、リカが褒めるのは駄目!」
「え?だって、藤枝なのに?」
「藤枝さんでも!藤枝さんだったら余計に、気になるから!」

リカの両手を掴んでベッドに押し付けた大祐は見下ろしながらにっこりと笑った。

「男の嫉妬、覚悟してね?」
「え、ちょ、大祐さん?!」

そうして、大祐にはバツだからと言って、リカは思い出すのも恥ずかしいような姿をさせられて、潰れるまでベッドの中から解放されなかった。

ぐったりと気を失うように眠り込んでいるリカを見ながら、大祐が呟く。

「リカの感覚って……。もしかしてずれてるのかな?」

イケメンに今更気づくなんておかしいと思うが、気づいて惹かれたら大変だ。
しばらく、大祐は気を揉むことになったと思った。

―――おまけ終り

投稿者 kogetsu

「琥珀の中 6 おまけ」に4件のコメントがあります
  1. ご馳走様でした はいリカちゃんは藤枝といえど褒めちゃダメなのね・・彼女はきっと彼の姿形でなく、気持ちがフラフラしてるからカッコいいと思えなかったのね~外見より中身重視ってことで・・でも核になるものを見つけたいい男にはやはり気づくんですね でも大丈夫 お互いに藤稲じゃだめだから今があるから 

    1. 星樹様

      もちろんです。褒めちゃいけないんです!空井さん心配で心配で大変ですよ。藤枝さんの柔らかさとちゃらちゃらしたところがガラッと変わったらさぞや男前だろうなぁ。
      書いてて楽しい人でした!藤枝は特に。
      ありがとうございました。

  2. リカさんと大祐さんの二人の会話が 本当にあったように感じながら ニヤニヤしてしまう 私は変でしょうか。

    も~大祐さんがかわいいです

    1. マコ様
      心配で心配で翌日からはすごーくうるさい人になりそうです。空井さん(笑)
      メールもマメにしそうですね。もともとマメなのに、大祐さんしつこい!って喧嘩になったりして・・・・。
      ありがとうございます!

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