リカと一緒に暮らすようになって、ようやく半年。
馴染んだかと言えば馴染んだが、毎日が夢のようだった時間が少しずつ日常になり始めてきた。
「ただいま」
「お帰り」
日常的にはどちらが早く帰るかはその日次第である。先に帰った方が、夕飯の支度をすることに決めていた。
先に帰った大祐が夕飯の支度をしているところにリカが帰ってきて、部屋に入るなり鞄を置いてどさっとソファに沈み込む。
「つ……っ」
「リカ?」
「……かれたぁ」
盛大なため息とともに聞こえてきた声に思わず笑い出した。
フライパンを軽くふるいながら、お疲れ様、と声をかける。
「そんなに遅くなかったのに大変だったの?」
「んー……」
しばらくすると、静かになったなぁと思っていたら急にリカが立ちあがる。
「ああ、もう!ダメダメ。大祐さん、ごめんなさい。先にシャワーしてくる!」
「はい。行ってらっしゃい」
髪をシュシュで束ねたリカが着替えを持って洗面所の方へと向かう。その間に、時間を見計らって、皿によそったおかずをテーブルに運ぶ。
ご飯とみそ汁はリカが出て来てからと、後回しにする。
いつもより早く出てきたリカは、手早く化粧水をつけてすっぴんの肌を整えた。
「ごめんなさい。お待たせしました」
「いや。ちょっと待ってね。これ運んで」
「はぁい」
茶碗二つによそわれたご飯をテーブルに運ぶと、大祐が味噌汁とビールを運んでくる。
リカの分を先にプルタブをあけて目の前に置いた。
「はい。お疲れ様」
「ありがと。嬉しい。今日は大祐さんのご飯、嬉しい」
「とっても手抜きでごめん」
ううん、と首を振ったリカはプルタブをあけた缶で大祐と乾杯した。
喉を流れ落ちる泡の感覚が喉を伝って胸の間まで落ちていく。はぁ、とそろって息を吐いてから笑い出した。
「やっぱり最初の一口はこれだよね」
「ほんと。……ふう。大祐さんは今日は忙しかった?」
「俺は、今日は落ち着いてたなぁ。午前中に大体メドが付いちゃって、午後はほとんどメール対応ばっかり」
うらやましい、と少しだけ恨めしそうな視線を向けたリカは、ふーっとため息をついてビールを口に運ぶ。
「あのね?」
話しかけたリカが、ふっと目の前の炒め物に箸を伸ばした。
たまたまスーパーで特売していた空芯菜の炒め物を口にしたリカがおいしい、と思わず叫んだ。
「やだ、すっごく美味しい。これなに?」
「空芯菜だって。中華料理にでてくるよ」
「そうだった?わー、美味しい。この茎っぽいほうが好きかな」
パクパクと食べ始めたリカは、疲れを忘れたのか、嬉しそうに気持ちいいくらいに食べていく。
大祐もその勢いに負けないくらい、箸を動かす。
「で?どうしたの?」
「ん。あのね。大祐さん。私たちの記念日って何があるかな?」
ん?と首を傾げた大祐は、口に入れた食べ物が無くなるまでの間に考え込んだ。
リカには大祐の方がよく言われているが、リカも時々脈絡のない質問をぶつけてくることがある。それにもだいぶ慣れてきたのは、リカの方がはるかに幅広い情報に毎日触れているからだ。
「そうだな。記念日か」
ちょっとくさいかな、と思ったから視線を逸らして、ビールに手を伸ばしながら毎日かな、と答えた。
「もう、大祐さん、真面目に応えるつもりないでしょ!」
途端にリカがむぅ、と頬を膨らませて今以上のスピードでご飯を食べ始めた。
さすがに忙しい職場で働くだけあって、食べることは早いと思うがそれでも大祐の身近にいる男達に比べたらその食べ方も可愛らしい。
―― ほら。だから本当なんだけどなぁ
こういう顔を見られた日、とでも言えばいいのだろうか。
わざわざ、記念日とまでは言わないが、毎日が新鮮で嬉しいことの積み重ねだと言いたかった。
だが、リカはむくれながらそうじゃないの、と言い始める。
「あのね。今日、一緒に仕事してるスタッフの一人が結婚記念日を忘れてたっていいだして、今日は遅くまで仕事するつもりだったし、何も考えてないからどうしようっていいだしたのよ」
「へぇ。男性?」
「うん。そう。それでね。阿久津さんとか後、何人かの女性は早く帰ってあげてとか、気持ちなんだからお花とか買って帰ったらどうかって言ってたの」
決して、新婚ではないのだが不意に思い出したらしく、滅多にそんなことを覚えていたことがないがどうしたらいいだろう、と呟くので、まずは仕事を早く切上げることとなって代わりを申し出たスタッフが残業は引き受けることになった。
そこからは花束を買うべきだ、当然、花屋の店先でブーケになっているものではなくて、花束を買うべき、花屋がなかったり、しまっていたらケーキでもいい、ということでまわりが喧々諤々になり始めたのだ。
「花とかケーキとか本当にいるのかっていう話もあったんだけど、今まで思い出したりしたこともなくて、あとで奥さんに言われることがほとんどだったって聞いたらやっぱりそういう日はってなったんだけど……」
「けど?」
「結構、皆付き合い始めた日、とか阿久津さん達は結婚記念日とか、誕生日、とかが記念日だって言うけど、私たちはどうなのかなって思って……」
「え?どういうこと?」
今更ながらにお互いの左手の薬指にある指輪は結婚指輪ではなかったとでもいいだすわけもないが、記念日がないと言われたらさすがに傷つく。
誕生日もお互いしっかり覚えていて、特別お金をかけたりはしないが、お祝いはしているはずだ。
「だって、私達に結婚記念日ってあるの?」
「えっ?!」
思いがけないセリフに大祐の方が動揺して危うくビールの缶を落としそうになる。眉間に皺を寄せたリカは、大祐の動揺をよそに少し拗ねているように見えた。
昨日、つぶやかれていたのはこれでしたか…また素敵なお話はじまりました。嬉しいです。記念日の定義、難しいですね。男性って苦手分野かもしれないですね。ぜひ、甘々展開期待します
mikuko様
こんばんは。そうです~。記念日のお話です。男性の方が日を覚えるのは難しいかもしれないですねぇ。
そんなに長いお話ではありませんがお付き合いくださいませ。