遅れてきたメール5

残されたリカは、はふ、と息を吐くと、自分と空井のグラスを片付けた。
反対側の風呂からさーっと水の流れる音がする。
ソファの上にタオルケットを置いて、その脇に膝を抱えて座った。荷物は空井が持ってバスルームに行ったので、クッションに寄り掛かる様にして、しまいこんでいたブルーの箱を取り出して開ける。

電源をつないで、充電ランプがつくと、メールを開いた。

本当は空井と同じように、リカも消せなかった。どれくらい読み直したかわからない。辛くて、全部消してしまおうと思ったことも何度もあった。

それでも、これが残っている限り、まだどんなに細くても繋がっていると信じたかった。もう一度、始めることができるんじゃないかと思いたかった。

いつの間にか、水音は止んで着替えた空井が濡れた髪で姿を見せる。

「何してるんですか?あ、それ……」

リカが手にしていた携帯に目が留まる。てっきり、携帯を変えた後、処分していたと思っていた。

「私も、捨てられなくて……」
「……うん」

リカがてにした携帯の画面に何が映っているのか、見なくてもわかる気がした。
荷物をソファの傍に置いて、テーブルに置いていた携帯を手にする。その中から一つ、メールを開いた。

「はい」
「?」

差し出された携帯を手にする。そこには送られるはずだったメール。

『稲葉さん。もう連絡しないといいながら結局、こうしてメールを書いてます』

困った顔でリカが読んでいいのかと顔を上げると、苦笑いを浮かべて頷かれた。そのまま目を走らせていく。
ちょうど最後までリカが読み終わったころを見計らって、リカの手から携帯を取り上げると、うーんといいながら違うメールを開く。ソファに座ったリカの傍に立って、一緒に覗き込んだ。

「これはものすごい泣き言。このときはしんどくて。馬鹿みたいですけど、何度もメールじゃなくて電話しそうでした」

確かに、そこにはリカの声がききたいと、綴られている。
それから、とリカの手からもう一度携帯を取り上げると、次のメールを開く。

「これ。このときは、取材の時に話した風呂ができた時で、すっごい並んでるでしょう?それが嬉しくて、稲葉さんに見せたかったんです。それから……。稲葉さん?」

ずずっと泣き出したリカに気づいた空井は、ソファの横から立ち上がると、膝を抱えたリカの正面に膝をついた。

「リカさん」

ぼろぼろと止まらなくなった涙を見せないように思い切り俯いたリカを下から覗き込む。頬に流れる涙を手で拭ってそっと顔を上げさせた。

「泣かせたくて見せたんじゃありません。2年の間の僕を知ってほしかったんです。リカさんの2年も、教えて欲しいんです。これから過ごす時間をたくさん、教えて欲しいんです」

ぐすっと今度は自分で顔を拭ったリカが両手で顔を覆ってしまう。その頭をそっと撫でながら語りかける。

「僕たちは、その前も、半年くらい全然会えなくて、やっと会えるようになったと思ったら、震災があって。すごく、一緒にいた時間は短くて、それでも、誰よりも忘れられなくてずーっと会いたくて」

ふるふると頭を振ったリカが頑なに顔を覆っているのを見て、腰を上げた空井はリカの隣にそっと腰を下ろすとリカの肩に手を置いて引き寄せた。
あやすようにそっと抱きしめたリカの背を撫でる。

「リカさんを抱きしめられる日が来るなんて夢みたいで、こうして腕の中にいてくれるのが、本当に嬉しいんです。だから、泣かなくていいんです。これは過去ですから。僕たちの時間を埋めたいだけなんです」
「……たいです」

やっと顔を覆っていた手を外したリカが、空井の胸元を掴む。その肩に額を寄せて、リカが繰り返した。

「私も、知りたいです。……空井さんの2年間。……基地の傍のお店の子に見とれてなかったかとか」
「……!そんなことしてませんよ。稲葉さんこそ、藤枝さんとかほかにもかっこいい人周りにいたんじゃないんですか」
「いません!そんな人。ずっと、仕事が恋人でしたから」
「じゃあ、今は?」

今は。

空井の肩から顔を上げたリカがまっすぐに空井を見る。

「空井さんが……恋人です」

ふわっとリカの目元に唇が触れて、寂しさが一気に癒される。目元から頬と、鼻先に口づけが降ってきて、リカが目を伏せた。
触れる手前で、一瞬、空井が止まる。

―― 僕の幸せは……みんなリカに繋がってるんだ

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です