微かに触れると、リカの方からそっと近づいてくる。
呼吸を閉じ込める様に、吐息を攫う様に。
少しずつ深みを増していく唇が互いに縛り付けていた鎖から解き放っていく。
リカの膝の後ろからすくい上げる様に腕を回して、一息に抱き上げると、部屋の奥のベッドまで大股に運ぶ。
抱きしめた腕を服の隙間から滑り込ませると、さらりとした素肌に触れる。拒否されるのが怖くて、キスの合間に強引に奪い去る。
時折、抵抗する腕を掴んで白い肌に熱を刻み込む。
互いの体温が同じになって、いつのまにか抵抗が少なくなって、力が抜けた分、敏感に反応する姿に眩暈がする。
リカの膝に手を置いて、額を合わせた空井が、動きを止めた。
「……今なら、引き返せますよ」
散々、抵抗を無視しておいて、ラストチャンスポイントで立ち止まる。
妙なところで律儀だとぼんやり思った。
揺れるリカの目を覗き込む姿に獣のような飢えた欲望が浮かんでいる。
答えの代わりに薄らと汗ばんだ体に細い腕を巻きつけると、長い指がこれから進む奥底を探り始めた。
柔らかくて脆いはずの場所は、踏み込んできた空井を受け止めてさらに加速させる。
溺れそうな奥底から浮上した指をぺろっと舐めて、指を絡めた。
誰かを愛することがこんなにも自由に自分を解き放ってくれるとは思ってもいなかった。
そして、求めれば求めるほど、欲しがれば欲しがるほど、深くなることも。
甘い蜜に溺れる様に、深い奥底を泳ぎ回ると時折、跳ね上がる様に体が揺れる。
奪い尽くすだけ奪ううちに、気が付けば夜は深くなっていった。
明るくなり始めた部屋の中で目を覚ましたリカは、状況がつかめなくて何度か目を瞬いた。
体中がだるくて、温かいものに触れている。
―― あ。私……
どこで意識を手放しただろう。それさえもはっきりとは覚えていない。
リカに腕を貸して隣で眠る人を起こさないようにそうっとベッドから滑り出る。
散らばる様に放り出された服をかき集めて、とりあえず身に着けると、そっとその場を離れてバスルームに向かう。
温いお湯を頭から浴びると、まだ体に残る感覚が無意識に自分を抱きしめさせた。
バスルームをでてぼんやりと濡れた髪をタオルドライしながら着替える。昨夜、空井が使ったタオルと一緒に濡れたタオルを洗濯機に放り込んで、ひたひたと部屋に戻る。
ベッドの傍にぺたりと座り込んだリカは、両腕をベッドについて頭を乗せた。
眠っているその人を起こしたくなくて、それでも寄り添っていたくて。
目を閉じるとひどく静かだった。
ふっと、半渇きの髪に手が触れる。
「……どうしたの」
―― あれ。いつの間に起きたんだろう
頭の中で思ったはずなのに、その人からちゃんと答えが返ってくる。
「隣からいなくなったからね」
頭を動かして少しだけ空井の顔を覗き見ると、まだ目を閉じたままで手だけが優しく髪を撫でる。
―― なんか……幸せだなって、思ったんです
「うん。僕もそう思う」
さすがに二度目は驚いて頭を上げた。
「……どうしてわかるの。私、今声に出してなかったのに」
「わかるよ。たまにこういうことないかな。前は、飛んでる時に、『隊長が今旋回する』とか『あいつが狙ってくる』とかわかるときがあって。何となく、きっとこうなんだろうなって」
「……そういうものですか?」
常にざわついている場所にいることが多いリカは、逆に周囲から完全に意識を切り離すことの方が多い。そんな風に自然に周囲の意識を受け取ることなどほとんどなかった。
リカの髪を撫でていた手を取ると、頬に引き寄せる。素直についてきた手は、頬を撫でた。
「……ちゃんと眠れた?」
「空井さんは?」
「……」
しばらく間があいて、ごそっと体の向きを変えた空井がリカのほうへと向いた。
今度はじっとリカを見つめている。
「眠れなかったんですか?」
優しく笑うその人の目がまっすぐにリカをとらえる。
―― 眠るのがもったいなくて、寝顔を見てた、なんて言ったら怒るかな
「今、……寝顔みてたとか思いましたか?」
「あたり」
「もう!そんなの駄目です。ちゃんと寝てください」
「うん。わかってる」
わかってるけど眠れなかったんだ、といえば怒るかな、と思っていると思いがけなくリカがふにゃっと笑った。
「でも、そういうの嬉しい」
言ってしまってから自分で恥ずかしくなったらしく、頬に引き寄せていた大きな手に隠れてしまった。
目を丸くしてしまった空井は、固い殻に覆われていたリカの内側に踏み込んだのだと実感する。
―― 可愛すぎ……
その間も、よほど恥ずかしかったのか、独りでじたばたしていたリカが、こんなの私じゃない、と呟いて逃げ出した。
手早く服を着た空井が起き上がる頃には、キッチンでコーヒーを入れたリカがカップを用意している。
テーブルの上に置いたままだった携帯を取り上げると、キッチンに立っているリカを撮る。
「?!何」
「いや、写真撮っとこうかなと思って」
「そうじゃなくて!」
「だって、戻ったら彼女って自慢しないと」
しなくていいから!と叫んだリカがカップをもって部屋に移動してくる。
仕返しに、とリカも自分の携帯でニヤついていた空井を撮る。それを添付にしてメールを出した。
携帯の振動音がしてメールを開いた空井がばたっと横倒しに倒れ込む。
「……やられた」
タイトルなしで届いたメールには、ゆるみきった自分の顔の下に何か書いてある。
『馬鹿っ
でも、一番大好きな人』