空井の両親との挨拶は結局、都内で会うことになった。
いくら言ってもリカが行くよりも、空井の両親の方が、お嫁に来てくれるのに申し訳ないといって、リカに会うことと、リカの家にも挨拶に行くといって譲らなかったからだ。
週末を利用して東京に来た空井と一緒にそのまま、空井の両親を迎えて、ホテルまでひとまず送る。それから軽く、一緒に都内を回って一緒の時間を過ごすと、リカが帰り際、空井の両親は丁寧に頭をさげた。
「この子、いつまでも子供みたいなところがあるんだけど、リカさんならそんな大祐のことも支えてくれるわね」
「とんでもないです。私の方がいつも助けていただいていて……」
「転勤も多いし、リカさんにもお仕事があるでしょうから、無理をするときもあるでしょうけど、そんなときはこの子のほうに言ってね。男なんだし、自衛官なんて仕事は無理をするのが仕事みたいなものでしょ?」
わかってるの?と母に脇腹を軽く叩かれた空井が、くしゃっと顔を歪めながらも素直に頷いた。
空井の父は、言葉少なかったが、心配をかける息子だがよろしく頼みます、とリカに声をかける。
「明日は親御さんのところにご挨拶させていただくとコレから聞いてます。なんだか慌ただしくて申し訳ないね」
「いえ、私の方がお家にお邪魔してご挨拶するべきなのにかえって申し訳ありません」
「コレが今すぐにでも結婚したいってごねるもんですから。言い出したら聞かないのは昔からでねえ」
父親にもそういわれると空井が耐えかねて、もういいから、と遮った。
「今日はご両親と一緒に泊まったら?」
リカと一緒にリカの家に行くはずだった空井に向かって自然とそう思った。顔を合わせるのは実は3年ぶりだという。東京にいた時に、帰省して以来、親には会ってなかったという空井の腕をそっと押した。
「電話では話してたと思うけど、やっぱり、久しぶりに会ったんだから一緒にいた方がいいと思う」
空井としてはリカの傍にいたかったが、そういわれては逆らえない。両親の目が笑っているのも照れくさくて素直に頷いた。
「わかった。でも家まで送る」
「いいの。大丈夫。私、こっちに住んでるんだから」
今更迷うような場所でもないし、送ってもらうような時間でもない。それよりも、空井にはゆっくりと両親と夕食を共にするなりしてほしかった。
一人、空井の両親が泊まる部屋を出ようとしたリカを慌てて追いかける。せめて下まで、と言って両親に挨拶をしたリカと一緒に部屋を出た。
手をつないで、エレベータを待つ間に手を引いた空井が両腕にリカを抱えた。
「……一緒にいたかったのに…」
「これからもたくさん一緒にいられるじゃない」
「そうだけど、一緒にいたかった」
「もう、大祐さん、子供みたい。あ、それよりこれ」
ずっと途中からリカが持っていた袋を差し出す。わかりやすい場所と思って、昼間、浅草を回った時に買ったものだ。
小さな置物だが、可愛らしくて土産にはちょうどいい。
「お父様とお母様のお土産に。荷物になっちゃうから後でお渡しできたらいいかな」
「いつの間に?……ありがとう。喜ぶよ」
「どうかな……。そうだといいんだけど。……ていうか、大丈夫だったかな」
緊張から思わず本音がぽろっと出てきた。そんなリカの頭に手を置く。
「喜ぶよ。それに、リカのこともすごく気に入ってた。そうじゃなかったら明日、リカのお母さんに会いに行くなんて言わないよ」
付き合った時間も短くて、どれだけ好きでも不安に揺れるのは仕方がない。
再び引き寄せたリカの額に素早くキスする。
空井が離れた瞬間にぽーんと音がしてエレベータが開く。
何事もなかったようにリカを連れて乗り込んだ空井をちらっと見上げた。
「……ご飯、このへんならいくらでもあるけど、困ったら連絡して?」
「わかった」
「じゃあね」
「うん。気を付けて」
頷き合って、リカは一人、家に帰っていった。
リカの母親との挨拶も滞りなくすんで、遅くなる前にと帰っていった空井の両親を見送った後、空井が帰るまでにまだ時間があるので、手近な店に入ったところで、空井が切り出した。
「指輪買いたいんだけど」
「えっ」
「昨夜親と話したんだけど、先に入籍だけでも済ませちゃいなさいよって言ってくれて」
確かに、結婚する前提で双方の両親に挨拶はしたが、もう入籍といわれると、改めてその実感がわいてきた。
「……そっか。そうだよね」
「うん。そうだよ」
「そうだった」
へへ、と笑うリカに、眉を上げた空井が情けない顔でぽそりと呟く。
「そういうの、どうしていいかわからない。だから、リカに聞かないと……」
ゴメン、という空井が本当に困っているらしくて、手を伸ばしたリカが空井の眉間をぐいっと押した。
「大丈夫。任せて?いくつか回って、候補見ておくね。さすがにすぐには決められないし」
「……ごめん」
「気にしないで」
ふふ、と向かい合っていると、なんだかくすぐったいような不思議な気分になる。リカを知って、リカの母に会って、空井の親と互いに挨拶をする。ごく当たり前のことのはずなのに、と思う。
「不思議ですね」
「ん?」
「僕と、リカのルーツが合わさった気がして……」
ほんの一部分だけではなくて、しっかりと繋がる。
それを聞いて、ふと目の前にいる空井の顔が、初めて見た男の人に思えて、ぱちぱちと目を瞬いてしまった。
「何?」
「ううん。本当に、一緒にいるんだなって……。あ、違う。一緒になるんだなって思ったの」
心が通じたと思って、溶けるくらい一緒になって、それでもどこかで埋まらない時間は取り返しがつかない。だからこそ、今初めて出会った人のようにも見えた。
もう間もなく新幹線の時間だと、どちらからともなく立ち上がる。
「じゃあ。そろそろ行かないと」
「はい。じゃあ……」
東北新幹線の改札に向かいながら手をつないでいたリカがちょっとまってて、と言って小走りに走っていくと、新幹線のホームまでの入場券を買って戻ってくる。
「今日は、ホームまで見送ります」
そういいながら先に立って改札を抜けていくのを空井が慌てて追いかけた。
ホームに上がって、何両目だっけと指定席を聞いたリカの横顔を見た空井がぴっと指先を向けてリカの頬をつつく。
「何」
「顔。ちょっと泣きそう」
「そんなことないです」
「あるよ」
ぱしゃっと携帯の音がして、リカが振り返ると空井が携帯を向けていた。
「ほら」
くるっと見せられた自分の顔を見て悔しくなったリカは、手を伸ばして勝手にその写真を削除する。
「あぁっ!なんで消すの」
「消すんです!いいから、ほら、何両目?」
チケットを奪ってさくさく歩いていくリカがぴたりと立ち止ると、なかなか振り返らない。
「リーカー」
「はいっ、もうすぐきますよ」
「リーカーぴょん」
こういう呼び方をすると必ず振り返るはずのリカが振り返らないので、仕方ないなぁと腕を回してそのまま引き寄せる。
「どしたの」
ううん、と首を横に振っても振り返らないリカの頭を撫でる。
「……指輪、さがしときます」
「うん。来週は会えないんだよね」
考えたくないと思っていたリカにそういうと、回した腕を叩かれた。
「ごめん」
ぱし、ぱしぱし、と続けて痛くない叩きが返ってくる。
「電話するよ。メールもする」
わかってはいても、なんだか寂しくて、いっぱいいっぱいになってしまったリカを宥めるように抱きしめると、こっちをむいて、とねだる。
大きく息を吸い込んだリカがくるっと振り返った。
「私も。電話もメールもします」
滑り込んできた新幹線に乗り込む人々の間でぎりぎりまで傍にいた空井が発車のベルが鳴りだしたところで手を離した。
「気を付けて帰って」
それは松島まで帰る空井の方だろうと思ったが、無理やり笑顔を作って頷いた。