ブーケとブートニア11

新幹線に乗ったのはありえないくらいの時間だった気がする。

福島を過ぎて、駅が過ぎるたびに景色が変わっていくのを見ながら、意外とこんな時間の新幹線も混んでいるんだと思う。

あれから比嘉に電話をして、様子を聞いたところ、いつもの比嘉スマイルが思い浮かんでしまうような返事が返ってきた。

『おっほ~。それはそれは……。では、僕は空井一尉がいらっしゃる頃までには時間を空けるようにしますね。今の室長にも事前に話を通しておきますので、詳しくはこちらに来てからということで』
「はい。よろしくお願いします」
『ちなみに伺いますが……。今日、もし室長が飲みをセッティングしろという場合は全力で回避していいんですよね?』

相変わらずの鋭さには舌を巻いてしまう。お願いします、と素直に言うと、電話の向こうで少し笑っている気がしたが、それ以上何も言わずに比嘉は到着を待っているといってくれた。
その間に、空井が書いた書類は次々と判が押されて承認が下りるのと同時に、新幹線のチケットが机の上に置かれた。

「ちょ、これ。今から家に戻って支度していくのはかなり厳しいんですが」

仙台駅までは電車で2時間弱見ておかなければならない。にもかかわらず、チケットは1時間半程度の余裕しかなかった。
渉外室の別な隊員が、自分が仙台駅まで送ります、と買って出てくれた。

「須田さん」
「私、ちょうど子供が熱出しちゃってて、今日は早退願いだしてるの。官舎に帰るところだし、それから仙台の病院に寄ってから実家に子供預けに行くからちょうどいいし」

須田はリカが取材に来た時に、応じてくれた女性隊員の一人だ。今は4歳になる男の子がいて、普段は官舎に住んでいるが仙台に自分の両親が住んでいるらしい。
保育所も官舎もすぐ近くにあるが、先に官舎に寄るので、その間に空井が支度をしておいて、保育所で子供を迎えたら、空井を拾いに来て仙台駅まで送ってくれるという。

「でも、お子さんの方が」
「ん、大丈夫。朝、だいぶ調子は戻ってきてるからね。昨日休んだし、今日は保育所にも行けたから。それより時間ないんでしょう?急ぎましょう!」

須田は3等空曹で空井よりもはるかに下だから普段は敬語だが、オフになれば須田の方が年上である。
基地内でも有名になってしまった空井の恋愛話については、日々、お姉さん的アドバイスをくれる存在だ。

鞄に書類を突っ込んで、とりあえず新幹線のチケットを持つと、皆に頭を下げて渉外室を走り出た。

急いで支度を済ませてスーツに着替えた空井が、仕事の鞄と着替えを掴んで、ぎりぎり仙台駅に10分前に滑り込んだのはこういう周囲の人々の助力があったからだ。

仙台駅の東口に滑り込んだ須田の車から礼を言って、走り出ると、一目散にエスカレータを上る。西口よりも改札には気持ち分だけ遠いが、その分、周囲の人の数が少ないだけに、走り抜けて南口から新幹線ホームにたどり着いたところに仙台始発の新幹線が滑り込んできた。

それからようやく人心地ついた空井は、鞄の中に急いで突っ込んできたものを確かめる。

小さな封筒に入れた、リボンと指輪だ。

―― 冷静に向かい合えるだろうか

こんな時には、一度、自分の中のスイッチを切るのが一番いい。
目を閉じた空井は、意識的に、眠りを自分の方へと引き寄せた。

東京駅に着く直前のアナウンスで目を覚ました空井はおかげですっきりした気分で、馴染んだ広報室へと向かった。

「お久しぶりです。空井一尉」
「お久しぶりです。これ、急いでたんで、何も買えなかったんです」

時間がなくて、土産も買えなかったので新幹線の中で買った、かもめの卵を差し出した。気を使わなくてもいいのに、と言いながらも比嘉がありがたく皆でいただきます、と受け取ってくれた。

ひとまず室長に挨拶を、と言って鷺坂の後任で、短期間だが、自分の上官でもあった人へと挨拶を済ませた。
顔を合わせた瞬間、おめでとう!結婚するんだってな、と言われたのには閉口したが、それもここならではだと思って、甘んじてその洗礼を受けた。

事前に空井が移動中に山本に状況を確認していたらしく、比嘉はほとんど空井が状況を説明する必要がないほど、把握していた。

「室長にも掛け合ってもらいましたが、2日目にもブルーインパルスを飛ばすのは、やはり内局の許可が下りませんでした。ただでさえ、福島の上空ということで飛行ルートにも神経質になっていますし」

頷いた空井はいつもなら反対側に座っていたはずの打ち合わせスペースで比嘉と向かい合った。

「ですので、そちらはもうすっぱりと実行委員会の方にも諦めていただくとして、ブースの方に注力しましょう」

単にパネルを並べるだけでは面白くもなんともない。
その企画を詰めようということになった。

「じゃあ、明日は一日こちらにいられると伺ってますからその詳細は明日にしましょう」
「えっ、もうですか?」
「ええ。明日一日ありますし、私も今日は予定がありますので」

そういうとあっさりと日が落ちた頃には広報室から解放されることになった。

予定より早く店に行けることになったと藤枝に連絡を入れると、ちょうどあちらも仕事が終わったばかりだと連絡が来て、予定よりもはるかに早く会うことになった。

「お久しぶりです」

カウンターではなく、向かい合ったテーブル席の一番奥に座って待っていた空井の目の前に、ラフな服装で、相変わらず軽やかに藤枝が現れた。

「こちらこそ、急に無理言ってすみませんでした。あ、無事に稲葉は明日休みになりましたよ。上司からの厳命で医者にもう一度行って、診断書の提出、あ、これは会社的にですけどね。それがいるということで」
「そうでしたか。なんだか、すっかりご心配をおかけしたみたいで……」

いやいや、とひとまずビールが来るまでに互いに挨拶を交わして席に落ち着く。
何から話せばいいのかわからなくていると、藤枝の方から怪我の経緯について話し始めた。

「取材に出ると、よくあるわけじゃないんですけど、やっぱりね。たまにあるんですよ。今回、稲葉は、佐藤、あ、あの珠輝です。あの子を一緒に連れていたので、余計に自分がってなったんだと思うんですけど」

空井も珠輝のことはまだ一応記憶にはある。押しの強い元気な女性だったというくらいしか覚えていないが。

「稲葉さんらしいな」

苦笑い。

そんな表情をした空井に藤枝の方は意外な気になって顔を上げた。

投稿者 kogetsu

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