このお話は空とぶ広報室とエスとのミックスです。
ちょっと長めになりそうなので番号を振ってみました。
更新がわかりやすいかもしれないので、支部と両方にポストしてみました。うざくてすみません。どちらかでも楽しんでいただければ何よりです。
阿久津とディレクター達が会議室の大きなテーブルを囲む。既存のコーナーの中でも取り上げる話題を検討する企画会議だ。
「うむ……」
「というと?」
「どこの番組も取り上げてるには取り上げているが……」
このところ、ホットな話題としてニュースやワイドショーでさえ取り上げている話題を、帝都イブニングだけは取り上げないというわけにも行かないことはわかっていた。
「もちろん、ただの取材では他局と変わりありません。密着取材でなければ」
「だが……」
阿久津がなかなか首を縦に振らないのと同じように、今回はリカもなかなか引かなかった。ばしん、とテーブルに手を置くと、立ち上がったリカが身を乗り出す。
「阿久津さん。これは是非、今、取り上げないと駄目だと思います。世の中は不安で溢れているんですよ。誰だって、いつ、隣に座っている誰かに襲われるかもしれないという不安と、まさか自分だけはという思いでいる。警察だって、何かあるまでは動いてくれないと思っているんです。そんな中で、犯罪者を殺すことなく捕えるという部隊に世の中は興味を持ってるんです」
力説するリカの目の前には会議で配られた資料が置いてあった。
テレビドラマや小説などの警察もので、SATやSITと聞けば、今では子供でも知っている。実際にリアルに目にしたことはないからこそ、余計に世間の興味をひく。
まして、こうしたものは人よりも詳しいことにステータスを覚えるものも少なくない。
そんな中でつい先日、センセーショナルな事件をセンセーショナルな部隊が解決したことに始まる。
立てこもり事件の解決に、第三のSと呼ばれるNPSという部隊が登場したのだ。これまでSATもSITも存在は認められていても、実際に目にしたものがほとんどいない部隊だった。
秘匿性の高い部隊であったはずなのに、NPSは堂々とテレビカメラの前に立ったのだ。
「警察の中でも番組改変期にはどの局も、警察特番を組むことが多いです。視聴率も安定して稼げる番組です。でも、SITやSATなど、特殊任務を専門にする部隊はほとんどといっていいほど、取材に応じることはないのが当たり前なんです!」
「……さすがもと警察庁付きだな」
「そういうことは今、関係ないです!」
いつも以上にキレのある熱弁に書類で顔の半分を隠した阿久津が眉間に皺を寄せる。
テーブルをつめの先で、とんとん、と叩いたリカに周りがくすくすと笑い出した。
「……仕方ない。そこまでいうならやってみろ。ただし、密着取材といっても相手が危険だと判断した場合は、即座に引くこと。決して無茶をして同行するな。それと、相手も、こうしてマスコミを受け入れるにはわけがあるだろう。俺たちを利用するくらいの気持ちでいるはずだ。そこを忘れずにおさえとけ」
「はい!ありがとうございます」
情報局にいても、帝都イブニングでは空自に密着して高斜隊の取材を行ったりした経歴がある。少し夕方の、奥様方向けの番組にしては硬派な内容だが、確実に固定ファンを獲得していた。
阿久津の許可が下りたことで、会議は一旦終了になり、リカはすぐに申請書類のまとめに入る。書類自体はとっくに取り寄せがすんでいて、日付や抜け漏れの確認をしたら阿久津の承認印をもらえばいいようにしてあった。
「はい!お願いします」
席に戻って、今日の日付を書き込んだリカがすぐに阿久津のデスクの前に立つと、例によって眉間に皺を寄せたままの阿久津がメガネを押し上げた。
「……お前、今度の取材」
「はい?」
「旦那には言っとけ」
「え?」
この手の密着取材は基本的に、極秘が原則だ。どんな取材で張り付いているかは同じ局のほかの番組にも持っていかれたくないだけに、隠しておくことが多い。まして、今回の取材相手は警察の特殊部隊である。
リカも取材に際して、事細かな身上書の提出を義務付けられていた。
「相手も、密着させるなら一通りお前の身辺は調べるだろ。今時、男、女関係なく、な。そうなればお前の旦那のこともわかるだろ。隠せばかえって胡散臭くなりかねない。これにも書いてあるなら、旦那には一応言っとけ」
家族の職業には隠さずに航空自衛隊と書いてある。
そんなことでと思いはしたが、断られる確立がゼロではないとリカも思ってはいた。
「……わかりました」
「それに、こういう相手だ。いくら気をつけても足りないこともある。空幕広報を取材したのとはわけが違うことも頭に入れて置け」
「はいっ!」
頷いたリカの目の前で、阿久津は一枚一枚、確かめてから判子を押していった。
久しぶりの現場取材で、しかも警察である。報道にいた頃は、警視庁付きといえば花形もいいところだっただけに、ついつい、気合が入ってしまう。
阿久津から書類を受け取ると、局の封筒にまとめて、すぐに警察庁へと向かった。
書類を受付てくれたのは警察庁の広報だったが、実際には各部署の審査を通ってからだという。よろしくお願いします、と頭を下げると、密着取材のほかに一斉取材日があると広報の担当者がにこやかに一枚ペラの資料を差し出した。
「今回、特別にNPSの訓練を公開して、報道の皆様のインタビューをお受けする時間もご用意する予定です」
「あ、あの、これ!これは申し込みは?!」
「こちらにお願いします」
差し出されたボードには、各局の名前に番組名、責任者の名前と取材者、カメラマンの氏名を記入するようになっていた。
「……うわ、もう他局も結構来てる」
帝都の名前は、報道から『香塚ともみ』の名前があった。
とりあえず、リカは阿久津と自分、そして坂手と大津の名前を書いた。
「はい。よろしくお願いします」
「詳細は局のほうへ書面で通知させていただきます」
頭を下げたリカは、足早に警察庁から出ようとして、エレベーターに乗った。
思いのほか多い人が乗ってきて、どうせ一階だからと一番奥に入り込んでしまった後、スマホを取り出してその画面に意識が向いてしまう。
我に返ったリカは、地下の駐車場へ向かう人がエレベータを降りていくところだった。
「あ……」
しまったと思って、慌ててエレベータの1階を押しながら、閉まる向こう側へなんとなく視線を向けた。
「!」
閉まりかけたエレベータを開いたリカは、チラッと一瞬見えたその向こう側を見るためにエレベータのドアから急いで一歩踏み出す。
明かりの少ない地下駐車場は一般人のためではない。ほとんどが警察車両か、関係者のための場所で、全くと言っていいほど人気がなかったが、一箇所だけ明るいところがある。
大きなトラックと機材車の奥にガラス張りの部屋が見えた。
途中の壁には大きく、手書きの汚い字で『←NPS』と書かれていて、誘われるようにそちらに向かって歩きかけたリカの肩をぐいっと何者かが強くつかんだ。
「一般人はここには立ち入り禁止のはずだ」
驚いて振り返ると、眉間に皺を寄せたスーツ姿の男性が立っている。
我に返ったリカは、首から提げていた入館証を差し出した。
「すみません!一階で降りるつもりだったんですが、間違ってここで降りてしまって、明かりがついていたので……」
「……帝都テレビ。マスコミの方ですか。わかりました。案内しますのでこちらへ」
眉間に皺を寄せた相手の顔は無表情なままだったが、その身長は大祐と同じくらいに見えた。
「……すみません。ありがとうございます」
「いえ。いくら入館証があってもここは、一般人の方が立ち入れる場所は限られています。次からは気をつけてください」
「わかりました。不注意でした」
口調は丁寧だが、厳しい空気にそれ以上の言い訳をするわけにもいかず、リカは背の高い男に続いて、エレベータに乗った。
一階についてドアが開くと、すっと開くボタンを押しながら片手でリカを促す。軽く頭を下げたリカが踏み出すと、その後ろから男もてっきりついてくるのかと思っていた。
ところが、リカが振り返ったときにはドアの影に立っていた男の姿はもう半分隠れていた。
「あ」
「もう間違わないように」
ドアの間の空気が押し出されるように微かな音をさせて目の前で閉まる。
どんな人だったかと思い出すのも怪しいくらいのあっという間の時間だった。
背が高くて、大祐と同じくらいだったなということと、不機嫌そうだったことくらいしか覚えていない。
「……どうせなら最後まで送るでしょう。普通」
あまりにあっさりした去り様に思わず、呟いてしまう。軽く首をひねってから時計を見ると、そこそこいい時間になっていた。リカは肩をすくめて出口へと向かった。
局に戻った後、仕事を片付けたリカは資料を鞄にしまう。ばたばたして落ち着いて見る時間がなかったから、ゆっくりと家で見るつもりだった。
家に帰ってすぐに夕食の支度をしなければと思っているところに大祐が帰ってくる。
「ただいま」
「お帰りなさい。私も今帰ってきたとこ」
部屋に入ってきた大祐を迎え出たリカは鞄を置いた大祐とふわりとハグする。。
お互いに、ぽんぽん、と軽く背中を叩いてから微笑みあって離れた。
「今日はお互い同じくらいに帰ってこれてよかった。一日、じめっとした日だったね?」
「あー……、ほんと?俺、今日は外に出なかったんだよね」
スーツを着替えようと奥に入った大祐を見ながら、リカはキッチンに回った。炊飯器にはタイマーで炊き上がった白飯がある。冷蔵庫からひき肉を取り出して、熱した鍋に入れた。
菜箸でひき肉をほぐしておいて、買ってきた豆腐と麻婆豆腐の元を用意する。
「あ!麻婆豆腐だ」
「そうだよー」
キッチンのリカの様子をみて、大祐が嬉しそうな声を上げる。Tシャツにジャージのパンツに着替えた大祐はリカの隣に立って夕食の支度を手伝い始めた。
夕食を終えると、いつも一緒に並んでテレビを見たり、時にはリカが持ち帰った仕事をすることもある。
仕事用のローテーブルの前に座ったリカを見て、大祐はソファのほうへと腰を下ろした。テレビを見るつもりで、リモコンに手を伸ばす。
「ねぇ……、大祐さん?」
「ん?」
鞄から取り出した資料をテーブルに置いて、リカは振り返らずに呟く。
「うーん……」
「どうかした?」
「……あのねぇ……」
唸っているばかりのリカの様子に、大祐は首を傾げる。それでもいきなり傍に近づくことはしない。
お互いの仕事柄、見てはいけないものの場合があるからだ。
「リカ?」
「あの……。うーん……。今度ね、すごくその……。んー……、密着取材するんだけど」
「ふうん?そっち、いっていい?」
どうやらリカが仕事の中身を話したそうにしている気がして、大祐は手をついて体を起こした。
ぼーっとしているようにみえて、我に返ったのか、リカが振り返っておいでおいで、と大祐の手の動きを真似する。
「少し、話してもいい?」
「もちろん。いいの?仕事の話でしょ?」
「うん。阿久津さんの許可はもらってきたの」
そういうと、リカはテーブルに置いていたクリアファイルを先に見せた。
「次の取材先なの」
「……これは、警察?あのよく警察24時とかそういうやつ?」
「違う違う。よくみて」
そういって開いた資料は、表紙こそ桜田門ではあったが、開いた中身は予想とは少し違ったようだ。
「この前、ニュースになったでしょ?警察の特殊捜査を行う隊なんだって。SATとかSITは聞いたことあるよね?」
その程度なら一般の話題レベルではあるが大祐も耳にしたことがある。頷いた大祐の目の前でもう一枚資料をめくった。
「SATもSITも任務に支障が出るからって、マスコミには露出したことないんだけど、新しい新設部隊がね、この前ニュースにもなったところで、NPSって言うんだけど、警察庁の特殊急襲捜査班っていうの」
「へぇ……」
目の前の資料を眺めている大祐に、リカは覚えたての取材相手のことを話しはじめた。
「今、ニュースになる事件って、ショッキングなものが多いでしょ?たとえば、満員電車でもめて誰かが刺されるとか、当たり前の日常なのに、当たり前みたいにまさかって思ってた自分が襲われたりするじゃない。それでも、自分だけは大丈夫って思いたいのが人だと思うの。そういう人を守るための部隊がこれ」
「よくわかんないけど、一般人を守るのは当たり前じゃないの?」
「それはそうなんだけど、この人たちは被害者だけじゃなくて犯人も守ることを掲げてるの」
凶悪犯であっても日本の警察の場合は、海外とは違う。ただ、その中でもSATやSITは一線を画す存在ではある。制圧のためには手段を択ばないのだが、新しくできたNPSという部隊はその中間に入り込む存在らしい。
「今まで、警察って身近なおまわりさんか、ドラマの中の刑事くらいじゃない?彼らはそんな中に新しい存在だと思うの」
そう語るリカからは真剣さが伝わってくる。資料をめくりながら大祐は時折リカの顔を見上げた。
「密着取材って俺たちの時みたいなの?」
「そうね。大祐さんたちのときより、もう少し張り付きになるかなぁ。彼らの場合はいつ何が起きるかわからないから、できる限り密着する予定」
それ以上、詳しいことは聞かずに黙って大祐が頷いたのは、きっと、今ここで話を聞くよりも、リカが作る番組を見たほうがいいとわかっていたからだ。
「安全にはもちろん配慮するし、無茶はしない。でも、それでも相手が相手だから、一応大祐さんには話していいって阿久津さんが」
「そっか。阿久津さんが」
それならね。
顔を見合わせて、笑いもせずに頷いた。
取材当日、髪をまとめて、シャツにジャケット。パンツは控えめな色身を選んだ。ピアスはぶら下がらないタイプのもの。
鏡を見て、よし、と気合を入れたリカは鞄を肩からかけた。
チーフになったリカがわざわざ密着するのは、元警察庁付きだったということもある。取材をするには、それぞれボーダーがあって、相手によって踏み込んでいい場所と、そうでない場所など、お作法といえるものがある。
特に、警察や自衛隊のような場所は特に難しい。
そういう理由もあって、今回リカが自ら密着を志願して許可された。
ミドルのヒールを鳴らして警察庁の建物に入る。この前は追い出されたが、今回は正式な入館許可証が出ている。首からネックストラップを提げたリカはエレベータで下に下りるボタンを押した。
上に向かう人は多くても下に向かう人は関係者でもそう多くはない。
地下に降りて、荷物置き場にしか見えない通路をひたすら歩いていく。この前見かけた手書きの案内表示を辿って突き当たりを曲がると、コンクリの柱に貼り付けられた黒いパネルに『NPS』と白い文字が掲げられていた。
黒塗りの大型車両の間から覗き込むと、ガラス張りの部屋が見える。
「……え、ほんとにここ?」
場所は聞いてはいたし、前回も覗き込もうとしたりもしたが、薄暗い地下のこんな片隅に本当にNPSの部屋があることに驚いてしまう。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。ジャケットを直して自分を立て直す。
ガラス越しに見えるのは、帝都にもある黒いディスプレイが壁に大きく占めている様子だ。その中に、何人か座っている姿が見えた。
今時にしては珍しいことに、自席でタバコを吸っている姿と、黒っぽい制服姿で鉄アレイのようなものを上下させている姿も見える。覗き込むように階段を上がったリカに奥にいた銀縁メガネの男性が立ち上がった。
表情を変えずに近づいてきた男性が部屋の中からドアを開けてくれる。
「帝都テレビの方でしょうか」
「あ……!はい。私、帝都テレビのディレクターを……」
「待ってください」
稲葉と申します。
そう続くはずだったリカを静止した男性は、タバコを吸っていた男性に歩み寄る。
「香椎隊長、帝都テレビの方がいらしてます」
「ん?……ああ、そういや今日からか」
吸っていたタバコを灰皿に押し付けて立ち上がった香椎がリカに向かって手を差し出した。
「どうも。NPS隊長の香椎です」
「帝都テレビの稲葉と申します。この度は密着取材をお受けいただきありがとうございます」
「こちらこそ。ひとまずこちらに」
「ありがとうございます」
先ほどまで香椎が座っていた席の近くに打ち合わせ用と思える、小さめのテーブルと椅子が二客向かい合っていた。
促されて腰を下ろす前に、まずは名刺を差し出したリカと香椎が互いに交換をすると、ひとつしかないシマのデスクにいた全員の顔がこちらを向いていた。
ひきつった笑顔を浮かべるリカに、香椎が頭を掻く。
「どうも。見てのとおり、男臭いところで申し訳ない」
「いえいえ。えー、皆さんは普段はこちらに?」
「ええ、出動がなければ。私は席にいないことも多いので、先ほどの……こちらの速田が」
ドアを開けてくれた背の高い男性がリカに向かって軽く頭を下げた。
「取材いただく間は私がサポートさせていただきます。ここにも工具や色々置いてあって、危険なものがたくさんありますので決して、お一人で行動されないようにお願いします」
「承知しました」
それから、といって少し砕けた座り方をしていた香椎が姿勢を正す。
「我々が関わる仕事は一般的に言っても危険なものが多い。捜査権があって急襲も手がけることもあります」
「はい」
「時には、取材をお断りすることもあると思います」
「承知しています。編集したものは放映前にチェックしていただいて問題がないか確認していただく。それでいかがでしょうか」
リカの申し出は少し、香椎には以外だったようで、訝しげにリカを見た。
こんな場所に、一人乗り込んできたマスコミの女性だけに、いわゆるキャピキャピしたレポーターか、がつがつしたスクープ目当てと思っていた香椎は、何度も目を瞬いてからもう一度リカを見た。
「あの……」
怪訝そうな表情の香椎に、リカは鞄からクリアファイルに挟まれた企画書を取り出した。
「密着取材の申し込みをさせていただいた際に資料はお渡ししていますが、もう一度取材の意図をご説明させていただいてもよろしいでしょうか」
鷺坂であれば、まさに『おいちゃんのターン』と、息を吸い込んだリカは口を開いた。
「先日の立てこもり事件も、その後のバスジャック事件も、どちらもわれわれマスコミの人間でさえショッキングな事件でした。とても大きな事件でしたが、今は、身近にも驚くような事件が多いです。経済的な不安や先行きが不透明な中で、誰もが不安とストレスを抱えている」
ネットの中での魔女狩りも当たり前、被害者も加害者も関係なく、晒されてしまう。時代だといってしまえばそれまでだが、誰もが不安を抱えて生きている今、犯人も、被害者も、守ると宣言をする組織は稀有である。
ごく普通のどこにでもいる会社員の女性に見えたが、机の上に広げた資料を示しながら話すリカはまっすぐその背を伸ばした。
「今、警察がこうした部隊を設立されたことには大きな意義があると思うんです。それを、ほんの少しでも一般の方々に伝えたいと思っています」
「……変わった方ですね。マスコミの方としては珍しいというか……」
視線を彷徨わせた香椎は、無精髭のような薄い髭の生えた口元を無意識に触る。
「自分たちは、本来、捜査にもあたるわけですし、顔を晒すことはデメリットのほうが多いんです」
リカが言うような一般市民の不安は、国際テロリストと比べると随分遠い気がしてそこを、身内でもないマスコミの立場で理解を示すことが不思議な気がした。
どちらかといえば、一般市民が得られる情報であれば、当然ながらテロリストたちも同じ情報が得られる方が香椎たちにとっての問題なのだ。
「……知らないことがいいときもあれば、知ったほうがいい場合もあると思います。一般に認知されることが、時には抑止力につながることもあります。何より、一般の認知を高めるということは……」
『……災害救助のときに痛感しました』
制服のまっすぐに伸びた背中を思い出す。
リカにとって、当然聞かれると思っていたことだ。
「いざ、という時に結果として現れると思います」
リカは、NPSが設立された裏側を知りはしない。だが、あながちその目線がずれているわけでもない。それでも、警察庁付きだったリカにとって、警察内部が複雑でお互いの意識の持ち様も色々だということをわかっている。
―― これは……、もしかすると新しい味方にもなるかもしれないな
正面からリカを見た香椎は、右手を差し出した。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
大きな手のひらに握り締められた手は、細いながらもしっかりと握り返した。