「ひとまず速田、みんなを紹介したらどうだ」
「そう、ですね。じゃあ……」
興味深々で様子を窺っていた古橋たちに、呆れた顔を見せた香椎が速田の体越しに一號たちをくいっと顎で示した。
つられてリカがそちらを向くと、古橋と一號が、そして続いた梶尾とポインターがリカと香椎のいる傍に飛んできてに一列に並ぶ。
「古橋誠二朗!34歳!彼女、募集中!」
満面の笑みでそう叫んだ古橋を一號が腕をバシッと叩いてから一歩前に立つ。
「神御蔵一號!突一やってます!」
「とついち?」
資料は読んできたものの、思わず問い返したリカに頷きながら一號が拳をつくって両手を合わせた。それはですね、とさらにリカに近づこうとしたところに古橋がその肩を力いっぱい引く。
「お前ぇ、何近づいてんだ!」
「だーっていいじゃないですか。説明ですよ、説明。突一っていうのは、まあ、はじめに突入するっていうか」
「馬鹿、お前の場合突入じゃねぇ。突っ込んでくだけだろうが、この野郎」
どんな組織でも男同士の手荒いじゃれあいはある。どこも一緒だと思いながらリカがひきつった笑みを浮かべていると、空自よりもこちらのほうがもっと手荒いようだった。
「そぉんなことないでしょうが!俺だって、嵐さんみたいにこのNPSを背負ってるんすよ」
「なぁに言ってんだ、おめぇ!!百年はぇぇよ!」
くせっ毛で顔の濃い古橋という男が一號にヘッドロックをかけてぐりぐりと脳天に拳骨をかましている。
ああ、そんなに……、とリカがおろおろしていると、その隙を突くように梶尾がポインターを連れてリカに近づいた。
「気にしないでください。一號君は、この前まで交番勤務だったこともあって、ああして古橋さんが心得を教えてくれてるんですよ。あ、自分は梶尾といいます。この子はポインターです」
「あ、……よろしくお願いします。なでてもいいですか?」
どうぞ、と満面の笑みを見て、リカは椅子から下りてポインターと同じ目線になるようにしゃがみこんだ。
正面から見たポインターのりりしい顔に、そっと手を伸ばす。耳の間から首の後ろのほうへ手を伸ばす。毛艶がいいからか、すべるようだ。
「かわいいですね。すごく頭がよさそうです」
「そうなんです!わかります~?この子はもう、生まれたばかりの子犬の頃から僕が育ててきたんですよ」
ふにゃふにゃっと情けないくらいの顔になっていかにポインターがかわいいかを熱心に語り始めた梶尾をみて、変わっているのは古橋と一號だけと思ったリカの期待はあっさりと裏切られる。
「写真もたくさんあるんですよ~。見ます?」
曖昧にうなずきながら席に戻るタイミングをなくして、助け舟を求めるように、香椎と速田にちらちらと視線を送る。
これも洗礼だといいたいのか、どちらもさりげなく視線をそらしてなにやらひそひそと話していた。
―― 今!絶対、今私の視線に気づいたのに、見なかったフリを……
かたや我先にと足を引っ張り合う二人と、話に聞いているかと何度も尋ねてくる梶尾相手に、困惑の笑みを浮かべてたリカは、その背後で大きく引いた椅子の音を聞いた。内心で毒づいていたリカが、もう一人席に残っていたことに気付いたのと同時にその人物が大股で歩み寄ってくる。
並んだ机をわざと大きく回って古橋と一號の二人をよけてスーツ姿の男がリカの目の前に立つ。
「……自分は、SATからこのNPSに出向している狙撃手の蘇我といいます。先にお伝えしておきますが、SAT、SIT、NPSの三つのエスの中でメディアに顔を晒したのはNPSだけですが、自分はいずれSATに戻る者です。くれぐれも、自分のことはメディアには載せないでいただきたい」
淡々と眉間に皺を寄せながら話すその声と、目元のほくろに目が行く。それがなければ、とても大祐に似ている蘇我を見て、内心ではひどく驚いた。
顔が似ているといってもどこがどういう風に、と具体的には上げられないが、どこということなく似ているのに、身に纏う雰囲気だけは大きく違う。
聞いているのかと眉をひそめた顔をみて初めて、リカがここに迷い込みそうになったときに、エレベータまで連れ出した人物だと気がつく。先日の反応を思い出したリカは、僅かに身構えた。
「わかりました。もちろん、放映前には事前にチェックしていただきます」
「チェックしてから消すんじゃ遅い。我々は国際的なテロリストの相手をしているんだ。仮に放映前のデータでも残ってしまうようなことがあれば」
それが流出したらどうするんだ。
淡々と重ねてきた蘇我をまあまあ、と宥めるように香椎が片手を挙げた。
「蘇我。それはわかってる。だが、取材を受ける件は上からの命令だ。ここにいる限りはお前もNPSの一員になる。幸い、一番うちに協力的な取材内容を提示してきてくれたのがこちらの帝都テレビだ。お前も理解してくれ」
リカの見ている目の前で淡々と交わされる会話に、じっとカメラを向けるように視線を向ける。
穏やかに見えて、香椎は警察庁一の切れ者という噂があるらしい。事前にともみから資料にはない噂話を教えてもらっていた。
『まさか、まだ報道に未練があるんじゃないでしょうね』
そんな嫌味を何度も言われながらも、思いのほか丁寧にどんな細かな噂も漏らさずにまとめてくれていた。
一見、くたびれたサラリーマンのような香椎に逆らうのかと思っていたが、蘇我は不意に一歩下がって、顎を引いた。
「隊長の命令であれば仕方がありません」
「すまないな。頼むよ」
目を伏せた蘇我は、リカにも頭を下げると自分の席へと戻っていく。その間、手荒いじゃれあいをしていた古橋と一號も、ポインターを撫で回していた梶尾も、だるまさんが転んだ、状態でぴたりと止まっていた。
「……なんだ、あいつ」
「いや、蘇我も大変なんすよ。あれであっちこっちに気を使わなきゃなんないし」
蘇我を睨みつけた古橋の肩をとんとんと叩いて一號はにやっと笑う。それより、と古橋と一緒にリカのほうへと向き直る。
「改めて!NPSへようこそ!……えーと、隊長?」
「帝都テレビの稲葉さんだ。お前ら、失礼のないようにな」
うぃっす、の声のあと、香椎に追い払われて席へと戻っていく一號達に頬を引きつらせたリカは、遠くのほうで、もうすでに素知らぬ顔でパソコンに向かっている蘇我をちらりと見た。
―― 大祐さんにどこか似てて驚いたけど……
大祐ならどちらかというと、古橋と一號の間に混ざってはしゃいでそうだ。
ふ、っと息を吐いてから、それでは、とバックに手を伸ばしたリカはハンディを取り出す。
「香椎隊長はお声だけはかまいませんか」
「いや、俺は……」
避けてくれ、なのか、かまわない、なのかいずれにしても反射的に体が動いたように見えた。
一拍置いてから、顔を映さないことと、声は後で変えてくれと頼んで、カメラに頷いた。
初日からいきなりべったりと密着するわけにもいかない。今日は香椎に概要の話を聞くつもりだった。
テーブルにカメラを置いて、首から上が写らないようにセットしてから、では、と髪を耳にかけなおしたリカは、姿勢を正す。
「ありがとうございます。それでは、まずはじめに隊長からNPSについてお話いただけますか」
資料は当然、この企画の前に読み込んではいた。空井と鷺坂を前にしたときのようなことはもうしない。インタビューは冒頭に流すためのイントロである。
「第三のエス、ということですが……」
「ええ。エスはSITとSATがあることはご存知ですか」
「はい。特殊捜査班、誘拐、立てこもり事件などに対応するのがSIT。SATは」
「特殊部隊。ハイジャックやテロ事案の対応です」
―― ほんの少しだけ、声が……
硬くなった。
考えすぎといわれればそれまでかもしれないが、資料で予備知識として入れてあったように香椎がSATの出身だからだろうか。
頷いたリカは、席に戻った速田と、蘇我という長身の男はまだしも、ほかの者たちがちらちらと様子を伺っていることを感じながらさらりと触れた。
「香椎隊長は、以前SATにいらっしゃったんですよね?」
「……昔のことです」
「SATともSITとも違う、NPSの特性についてお話いただけますか?」
頷いた香椎はひらりと一枚のコピー用紙を手繰り寄せると、ペンを手にさらさらと両端にSATとSITと書く。
「ご存知のとおり、それぞれ扱う事案も異なります。所属はSITが各都道府県警察の捜査一課に編成してます。それに対して、SATは主要都市を中心に特定の地域に編成されます。それだけ特殊な事案を対応するということもでもある」
それぞれの組織の成り立ちや歴史についていまさら語るべくもないということは理解している。香椎はあえて、その真ん中にNPSと大きく書いた。
「私は、法を犯した犯人はきちんと司法の手に委ねて、裁かれるべきと考えます。……そのためには、被害者も犯人も誰も殺さずに事件を解決する。それがこのNPSです」
SITの捜査権、SATの制圧力を兼ね備えること。
それがNPSの掲げるものだ。
予想通りの説明を引き出したリカは、昔取った何やらという勢いで踏み込む。
「本当に、そんなことが可能なのでしょうか」
「と……いいますと」
「確かに、犯人にも反省を促すことが必要だと思いますし、人命は尊重されるべきと思いますが……」
途中まで言いかけて、言葉を切ったリカの言いたいことは最後まで聞かなくてもわかったのだろう。頷いた香椎は首を振った。
「それでは、自国の利益のため、宗教のために戦争をすることは許されることでしょうか」
「それは!戦争はいかなる理由があっても……」
許されるべきものではない。
そう言いかけたリカは、唇をかんだ。
やられた。
それでも、治安を維持するということは。
その言葉を続ける代わりに、リカは全力で笑みを浮かべた。
「その信念と方針が今後一層どのように、実際の活動に生かされていくのか、是非、密着取材の中で拝見させていただけますか」
香椎の問いかけに引きさがるわけでもなく、即座に切り替えしてきたリカに、苦笑いが浮かぶ。
―― どうやらNPSの周りには変わり者が集まるようだな
是非、密着取材の間にお見せできればと思います、と型通りの答えを返した香椎は、間を置いてから片手を上げた。
[newpage]
「じゃ、このへんでそろそろ。私はこれから会議があるので」
「はい。引き続きよろしくお願いいたします」
立ち上がった香椎に、同じく立ち上がったリカは頭を下げた。地下の煌々と明るい部屋を出て行く香椎を見送ってから、リカに視線を向けている隊員たちにも頭を下げる。
「改めて、帝都テレビの稲葉リカです。これからよろしくお願いします」
すぐにまあまあ、といって近づいてこようとする古橋と、それを止めに入る建前で近づいてくる一號、笑い出す梶尾とすぐわかりやすい三人はさておき、ポーカーフェイスでうるさいぞ、と指摘した副官の速田と少しも反応を見せなかった蘇我という男はなかなか厄介に見えた。
―― なんていうか……。うまくいえないけど、難しい人って感じ
空自の時もそうだったが、密着取材といっても、朝から晩までずっと張り付いているわけではない。来られる日は朝から密着する場合もあるし、取材にこられない日もある。
仕事が早いのか、速田はプリンタに出力した紙を手にするとさっきまで香椎が座っていた場所に腰を下ろした。
「それでは取材日の予定をうかがってよろしいでしょうか」
「はい、事前に提出させていただいていましたが」
「それは了解しています。ただ、状況が変わることもあるかと思いまして確認です。毎回、次回以降の予定を確認させていただけますか」
「もちろんです。こちらとしても助かります」
急なことで予定が変わることもある。また、突発的な事件で取材できなくなる場合もあるだろう。
ふと、リカはカメラを鞄にしまいながら顔を上げた。
「速田さん。先ほど、お話させていただきましたが私からも確認です。私が取材したデータは、編集を開始するまでは責任を持って私が管理させていただきます。私が不在の場合は、私の上司である阿久津が責任を持って対応させていただきます。皆さんに無断で放映するということはありません」
「はい。それで結構です」
それでは、と腕時計を見てリカは腰を上げた。変更のあった予定は手帳に記載済みである。
「今日のところはご挨拶がてらということで、そろそろ失礼します。次回から、よろしくお願いします」
「こちらこそ、ありがとうございます」
立ち上がったリカは、ふと振り返った。
「速田さんは、元はどちらにいらっしゃったんですか?」
「自分は……、警視庁のSITにおりました」
2つのどちらの能力も有する組織となれば、それぞれの経験者ということはわからなくもない。隊長がSAT出身で、副官がSIT出身、と来ればなるほどと頷いてしまう。
「そうでしたか。物腰が柔らかくていらっしゃるので、どういうお仕事をされていてNPSにいらっしゃったのかなと思ったんです」
「ああ……。警察官も色々ですよ」
後ろに控えていた静江や絵美にも頭を下げて立ち上がると、部屋を出ようとした。
「副官」
「なんだ」
「自分が。上までお送りします。ここは機材も多く迷いやすいですから」
もうドアに手をかけようというところで、声がかかる。あの時と同じ様にまったく関心を持っていなかった様に見えた蘇我が立ち上がって近づいてくる。
メガネを押し上げた速田があっさりと頷いた。
この地下は一般車や、覆面車両が置かれている階とはちがい、特殊車両ばかりが並んでいる。一見、普通の車に見えてもさまざまな仕掛けが施された車ばかりが並んでいた。目の前にはいつでも出動できるように、NPS専用の装甲車と指揮車も並んでいる。
「大丈夫です。もう道は迷いません」
「いえ。一般の企業なら来客を出口まで送るのは常識でしょう」
―― 来た時は勝手に来てもいいのに帰りはそれって、それもおかしくないの?
内心では強引な言い訳に呆れもしたが、初めからこじらせたくない。前回の無愛想さにあわせて、この態度は何か一言、リカに言いたいことがあるのだろう、と渋々頷いた。
[newpage]
無表情にガラスのドアを開けて先に部屋を出た蘇我に続いて、リカは慌てて頭を下げて部屋を出た。
「あの!」
短い階段を下りながら、リカが蘇我に噛み付く。無愛想な態度に重ねてこの態度にかちんときたリカがここまで我慢しているのは一応、過去の反省を踏まえている。
さっさと階段を下りて、司令車の脇を歩いていく。
「ここは、セキュリティレベルが高い。中は丸見えのガラス越しにみえるかもしれないが、すべて防弾ガラスになっている。部屋の入り口のセキュリティコードは毎月変わる」
「私の話聞いてます?」
足早に蘇我のあとを急いで追いかけていると、エレベータに乗る少し手前でぴたりと足を止めた。
「……正直、取材は迷惑以外の何物でもない」
振り返った蘇我はじろりとリカを睨みつけた。
「あなた方マスコミは、面白い話にはすぐに飛びつく。今回もNPSなんて格好の餌に飛びついただけだろう。これで何か事件が起これば叩く側に回る」
「確かに……、確かにそういった側面があることは否定しません。でも、今回取材に来ていることを一括りにしないでください」
負けず嫌いなリカではあったが、蘇我の冷ややかな目がかえってリカを冷静にさせた。
―― この目、どこかで見たことがある……
冷ややかで、感情を押し殺しているからこそ、皮膚の下に激情をひた隠しにしている気がする。
組織には、体面があって、その内情には色々な問題を抱えていることが見え隠れする組織ではあるが、個々の警察官は違うはずだ。
だからこそ、NPSのような部隊ができたのではないかと思いたがるのは、甘いだろうか。
本当にそんな理想を目指せるのか、それとも表面だけのことでこの先のオリンピックや対外的なPRだけのためなのか。
一歩、蘇我に近づいたリカはまっすぐその目を覗き込んだ。
「決して、ご迷惑をかけるようなことはしません。あとは、出来上がった番組で判断してください」
時間にしていくらでもないはずだが、ふっと息を吐いた蘇我が視線を逸らした。迷惑だと言いたいことを言って気が済んだのだろうか。
「……送ります。また迷われては困るので」
「ここまで一人で来ていますからもう迷いません!」
再び歩き出した蘇我に続いてヒールの音が続く。
NPSへの取材初日はこんな風にして終わった。
[newpage]
局に戻ったリカは、最近、気に入って使っているフリックボールペンを鼻の下に挟んで椅子に座っていた。頭の後ろで手を組んで椅子の傾きいっぱいまで反り返る。
「あれ、何?」
「いつものことです。今……、えーと20分経過ですね」
資料の受け渡しで顔を見せた藤枝が当たり前のようにドリンク置き場でコーヒーを入れながら珠輝に声をかけた。プラカップも最近ではリサイクルといわれて置き場が決められている。そのほとんどは来客用で、内部のスタッフは、局内で出る廃棄ペーパーをリサイクルされた紙カップを使う。
コーヒーの香りをかいだ藤枝は、鼻の頭に皺を寄せた。
「珠輝ちゃん、ここ、コーヒー変えた?」
「あ、はい。今回は特売だったんで。てか、ぶっちゃけしばらく新しいメーカーさんのお試しコーヒーなんで無料なんです」
これだけの規模の中でドリンクメーカーも一社ではない。複数社入っているうち、情報局では違うメーカーに代えたばかりなのだ。
「ふーん。あんまり……うまくねぇな」
酸味の強い香りにもう一度、鼻の頭に皺を寄せた藤枝は、普段はあまり入れないのに、たっぷりとミルクを注ぎ込んだ。
「それより、藤枝さん。あれ、何とかしてくださいよ」
「それ、俺に言う?」
仕事にならないから、という珠輝に藤枝は肩を竦めて見せた。
俺の仕事ではない、といいながら紙カップを手にした藤枝はリカの隣の椅子を引いて腰を下ろす。
「どうだった?噂の第三のエス?」
「……出来立ての掘っ立て小屋」
「はぁ?」
「みたいな、ちゃんと全部出来上がってないみたいな」
創設されたばかりだというだけあるといえばいいのか、隊長もその他の隊員たちも個性が強すぎて一つの隊という印象はもてなかった。
「なーんか……、熱いんだか温いんだかよくわかんないとこ」
「ふうん。要するに?」
「……まだわかんないってこと。ひとまず、トラブってはいないから!」
鼻の下からボールペンを取って、むくっと体を起こしたリカは最後だけは強く強調して藤枝を振り返った。予想した通り、からかう気満々の藤枝がにやにやと笑っている。
「お前も成長したよねー。初回では揉めなくなったわけだし?」
「うっさいなー。それより、あんた今回参加してもらうんだからね。資料読んどきなさいよ」
「見てるから来てるんだろ。俺も調整して取材に同行しないとな」
今回の特集は制服シリーズとは違う。どちらかというと報道の要素が強いこともあって、どちらもそつなくこなす藤枝が担当になった。
「でもぉ。どうなんですか?テレビに出てた神御蔵さんってなかなかかわいい顔してたじゃないですか。あんな隊員さんがいっぱいいるとか」
「珠輝。あのねぇ。あんたのイケメン好きもたいがいにしときなさいよ。NPSっていうのは、今は隊長以下、5名の最小部隊なの。副官の人が紹介してくれたけど、一人はテレビに出てた人、一人はハンドラーていう警察犬をつれてる人と、ものっすごい濃い顔のマッチョな人、あと……、すごい無愛想で感じ悪い人しかいないの」
リカを藤枝の間に近づいてきた珠輝は、少し控えめにはなったものの、相変わらず露出の高い、短めのスカートを翻した。
[newpage]
「えぇ~!でも、テレビの人はいるんですよね?」
「……いる。突一っていうんだって。一番最初に突入する担当なんだって」
「やだ、かっこいい!それ」
大津とは仲良くやっているらしいが、それとは別にイケメン好きでミーハーなところはまったく変わっていない。両手をくねっと絡ませた珠輝に、リカと藤枝の双方から突込みが入る。
「あのねぇ。かっこいいとかそういう問題なの?大津君、よく怒らないわね」
「突入する担当って一番危ない担当じゃないの?珠輝ちゃん、ヒーローもの好きだっけ」
きょろきょろっと二人の顔を見比べた珠輝は、んーっと首を傾げてから笑う。
「かっこいいものはかっこいいじゃないですか。正義のヒーローって。映画とかでも人気あるでしょ?」
はーっと、深いため息がそれぞれに漏れて、リカは椅子を回して再び深くもたれた。藤枝が肩を竦めると、珠輝は気にする様子もなく座っていた大テーブルに戻っていく。
「ねぇ、藤枝」
「ん?」
「あんただったらどうする?その……大事な人が被害にあったら」
犯人を司法の手に任せられるか。
それでも許せないと思うだろうか。
それほど多くは入れていないカップからコーヒーを飲んだ藤枝は空になったカップの底に滲むコーヒーを眺める。
「んー……。正直、わかんないな。その立場になったこともないし、想像するしかできないけど、俺は人の善悪をどうこう言えるほどできた人間じゃないことだけは確かってとこかな」
「あたしもそうなんだよね。結局、そのときにどう感じるかなんてわかんないし。でも、本当にそんな綺麗事あるのかなっていうのは思うのよねぇ」
その揺らぎが正直な気持ちで、リカだけでなく、大半の人の思うところだろう。
こん、とカップの底がテーブルを叩いた。
「いんじゃねぇの?そういうので。その先に何があるか、お前がこれから取材していくんだろ?」
「……ん」
リカのハンディカメラのデータはカメラにまだ入ったままだが、デスクの鍵がかかる引き出しにしまってある。
―― 難しい、よね……
ふう、とリカの口からため息が漏れた。
[newpage]
それから、通える日は連続でリカはNPSに通った。といっても、1日のうち、朝からということはなくて、お昼前から昼過ぎまでだったり、午後から夕方まで粘って直帰したり、色々だ。
局に戻って、とりためたビデオをパソコンでざっくり編集して、駄目なところは思い切りよく削除する。
かなりデータ量を減らしておいて、メディアを整理した。
空きのできたメディアを再びカメラにセットして、次の取材の準備を終える。
「ふう……」
思わず口から出たため息は無意識のものだ。
不満があるわけではない。取材に対して、NPSの面々はそれほど協力的ではないものの、非協力的というほどでもない。
言ってみれば、普通の制服さんと変わらないというところだ。
彼らに召集がかかるような事件は日常的に多いわけではなく、ほとんどは小さな事件で終わったことの裏づけにまわるくらいで目立った動きはない。日々の訓練と、事務処理ぐらいである。
その事務処理も、蘇我と速田を除いて他の者達は不得手らしく、婦警二人に任せているような状態らしい。
リカがNPSの部屋に行くと、一人、二人は体を鍛えるために不在にしていて、残っている誰かをメインで取材をするわけだが、古橋、梶尾、神御蔵の三人は必ずといっていいほど、絡んでくる。
蘇我は、リカの取材時間を狙ったように席をはずしていることが多く、速田は三人が騒ぎ過ぎないように監督しているような状態だ。
「お疲れさん。どう?そろそろ密着取材、始めて一週間くらいか?」
よっと、片手をあげて時間通り情報局のフロアに顔を見せた藤枝と、ノートパソコンに一枚だけメディアを用意して小さい会議室に向かう。
四人入ればいいくらいの会議室には、珠輝が先に座って待っていた。
「二週間目。藤枝の取材は来週から」
「資料、コピーしてありまーす」
今日の打ち合わせは、リカの密着取材について、藤枝の取材日と、実際にコーナーにまとめるときの方針を話し合うためだ。三人とはいえ、きちんと取材開始前のリカの資料をコピーしてきた珠輝が藤枝とリカに差し出す。
腰を下ろしてすぐ、藤枝がぱらぱらと紙をめくった。
「んで、ぶっちゃけどうなのよ?」
「んー……。正直、普通の警察官と今のところは変わらない印象。他の部署よりフランクではあるけど、ガードは固い気がする」
他の部署であれば、取材に来ているリカに対して、女だと軽くみられるか、馬鹿にされるか、またはお客さんとしていい顔をするかの場合が多い。だが、NPSは今のところそのどちらでもない。
取材するリカにとっては、その分だけ消化不良な感が強い。
「なんか……。よくわからないのよ。方針と現場のギャップがあるっていうか。少人数だけに、みんなバラバラだしね」
「ふうん?この人ら、普段なにしてんの?」
「だいたいが訓練?……そういっても基礎的なものがほとんどで、ジムで体を鍛えてるのと変わらないのよねぇ」
ふうむ、と頷いた藤枝は腕を組んで椅子にもたれた。射撃訓練を行うのは蘇我だけで、他の面々は年間で決められた分しかやらないらしい。あとは、各自が走ったり、マシンを使って体を鍛えるか、そんなことがほとんどである。
話題のNPSであるからこその取材だが、普通の警察官と変わらない、いくらか訓練の方が多いくらいというと、と内容的には季節ごとの警察特番のようになってしまう。
完全にアシスタントにまわった珠輝が片手を上げた。
[newpage]
「あのー……。基本的なことなんですけど」
「ん?」
「被害者を守るって言うのはわかるんですけど、加害者って犯人ですよね?犯人も殺さずに捕まえるのはもちろん、いいことかもしれないですけど、たとえばこの前の銃撃戦みたいに、映画みたいにあんな風になったら仕方なくないですか?」
帝都テレビでも件の銃撃戦は臨時で生中継を行っていた。一般の視聴者だけでなく、あれを放送していたスタッフの中でも、制圧したSATへの拍手が多かった。
「そこなのよ。ああいう状態で、制圧しながら被害者も自分も加害者もってどう思う?」
二人に話をふったリカはノートパソコンで取材していた画像を流しながら首をひねった。ノートパソコンの中では、ぎゃあぎゃあとふざけている古橋と一號の様子か、速田に叱られている姿がほとんどである。
珠輝も藤枝も理念との大きすぎるギャップをみせる姿に苦笑いどころか、若干引き気味の顔で首を振った。
「あたしは、正直なとこ、大好きな人がああやって銃とか撃っちゃうような人に襲われたら絶対に許せない。だって、ありえないしー」
「珠輝ちゃん、それは正直すぎでしょ。俺はさ、想像力がないからそんなシチュエーション考えたくもないけど、少なくとも無傷で逮捕したからいいだろうとは思えないかもなぁ」
どちらもごく一般の感覚に近しいかもしれない。言いたいことは言う、が変わらず珠輝の身上であるだけにさらにかぶせる。
「それに、あの時は機動隊の人?撃たれたじゃないですか。すぐ助けに行けなかったのかもしれないけど、なんかもう見てられなかったですもん」
そこに交番勤務だった一號が助けに入っている。だが、その一號の様子を見ている限りでは、ただ闇雲に突っ込んでいったようにしか見えないことも、一部始終が生中継されてしまったために皆わかっている。
守る、というより、ただ無謀にしか思えない行動をとった一號がまさにNPSの象徴だと言うところが腑に落ちなかった。
「……だよ、ね」
「なんだよ。そこに突っ込むのが密着取材だろ?」
歯切れ悪く頷いたリカに、藤枝は容赦なく追及する。昔ならいざ知らず、今のリカなら、相手の隙をついたりしなくても、本音や感情を引き出すことができるはずだ。
かつての記者時代なら相手を怒らせて引き出すという手段しかもっていなかっただろうが、今は違う。
そう言われたリカは、悔しそうに顔を歪ませた。
「そこが難しいのよね。いっつもふざけてる三人が本当にふざけているだけなのか、取材のときにNPSのことを知られたくないからなのか、わからないの」
ふざけてリカに絡むような真似をすることで、彼らの本当の姿を見せないようにしているとも考えられなくもない。深読みのしすぎかもしれないが、今のところ、それ以上引き出せていないだけに色々考えてしまう。
「だからって事件が起きればいいってわけにもなぁ」
「無茶なこと言わないで。とにかく、彼らの素顔に迫る、っていうのが前半ね。後半は……これから次第でしょう」
テーブルに肘をついて、画面を眺めていた藤枝は途中でこつ、こつ、とテーブルを叩く。頭の中でシュミレーションしているのだろう。
藤枝が取材する日の候補日を絞り込んで、リカは藤枝の取材用の申請書を作り始めた。