髪をまとめて、シャツにジャケット。パンツは控えめな色身を選んだ。ピアスはぶら下がらないタイプのもの。
鏡を見て、よし、と気合を入れたリカは鞄を肩からかけた。
チーフになったリカがわざわざ密着するのは、元警察庁付きだったということもある。取材をするには、ボーダーがあって、相手によって踏み込んでいい場所と、そうでない場所など、お作法といえるものがある。
特に、警察や自衛隊のような場所は特に難しい。
そういう理由もあって、今回リカが自ら密着を志願して許可された。
ミドルのヒールを鳴らして警察庁の建物に入る。この前は追い出されたが、今回は正式な入館許可証が出ている。首からネックストラップを提げたリカはエレベータで下に下りるボタンを押した。
上に上がる人は多くても下に向かう人は関係者でもそう多くはない。
地下に降りて、荷物置き場にしか見えない通路をひたすら歩いて突き当たりを曲がるとコンクリの柱に貼り付けられた黒いパネルに『NPS』と白い文字が掲げられていた。
黒塗りの大型車両の間から覗き込むと、ガラス張りの部屋が見える。
「……え、ほんとにここ?」
場所は聞いてはいたし、前回も覗き込もうとしたりもしたが、薄暗い地下のこんな片隅に本当にNPSの部屋があることに驚いてしまう。
だが、動揺は一瞬だけで、自分を立て直す。
ガラス越しに見えるのは、帝都にもある黒いディスプレイが壁に大きくかがげられていて、何人か座っている姿が見えた。
今時、自席でタバコを吸っているらしい姿と、黒っぽい制服姿で鉄アレイのようなものを上下させている姿も見える。覗き込むように階段を上がったリカに奥にいたティアドロップ型のメガネの男性が立ち上がった。
表情を変えずに近づいてきた男性が部屋の中からドアを開けてくれる。
「帝都テレビの方でしょうか」
「あ……!はい。あの、私帝都テレビのディレクターを……」
「待ってください」
稲葉と申します。
そう続くはずだったリカを静止した男性は、タバコを吸っていた男性に歩み寄る。
「香椎隊長、帝都テレビの方がいらしてます」
「ん?……ああ、そういや今日からか」
吸っていたタバコを灰皿に押し付けて立ち上がった香椎がリカに向かって手を差し出した。
「どうも。NPS隊長の香椎です」
「帝都テレビの稲葉と申します。この度は密着取材をお受けいただきありがとうございます」
「こちらこそ。ひとまずこちらに」
「ありがとうございます」
先ほどまで香椎が座っていた席の近くに打ち合わせようと思える、折りたたみのテーブルと椅子が二客向かい合っていた。
促されて腰を下ろす前に、まずは名刺を差し出したリカと香椎が互いに交換をすると、ひとつしかないシマのデスクにいた全員の顔がそちらを向いていた。
「どうも。見てのとおり、男臭いところで申し訳ない」
「いえいえ。えー、皆さんは普段はこちらに?」
「ええ、出動がなければ。私は席にいないことも多いので、先ほどの……こちらの速田が」
ドアを開けてくれた背の高い男性がリカに向かって軽く頭を下げた。
「取材いただく間は私がサポートさせていただきます。ここにも工具や色々置いてますが危険なものがたくさんありますので決して、独断で動かれないようにお願いします」
「承知しました」
それから、といって少し砕けた座り方をしていた香椎が姿勢を正す。
「我々がかかわる仕事は危険なものが多い。捜査権があって急襲も手がけることもあります」
「はい」
「時には、取材をお断りすることもあると思います」
「承知しています。編集したものは放映前にチェックしていただいて問題がないか確認していただくこともあると思います。それでいかがでしょうか」
リカの申し出は少し、香椎には以外だったようで、訝しげにリカを見た。
こんな場所に、一人乗り込んできたマスコミの女性だけに、いわゆるキャピキャピしたレポーターか、がつがつしたスクープ目当てと思っていた香椎は、何度も目を瞬いてからもう一度リカを見た。
「あの……」
「密着取材の申し込みをさせていただいた際に書かせていただきましたが、もう一度取材の意図をご説明させていただいてもよろしいでしょうか」
事前に資料を読んでもいたし、身元調査も行われているはずではある。
鷺坂であれば、まさに『おいちゃんのターンだ』と、リカは口を開いた。
「先日の立てこもり事件も、その後のバスジャック事件も、どちらもわれわれマスコミの人間でさえショッキングな事件でした。大きな事件でしたが、身近にも今は、驚くような事件が多いです。経済的な不安や先行きが不透明な中で、日ごろの生活の中でも不安がある」
ネットの中での魔女狩りも当たり前、被害者も加害者も関係なく、晒されてしまう。時代だといってしまえばそれまでですが、誰もが不安を抱えて生きている今、犯人も、被害者も、守ると組織が宣言をする。
ごく普通のどこにでもいる会社員の女性に見えたが、机の上に手を組んだリカはまっすぐその背を伸ばした。
「今、警察がこうした部隊を設立されたことには意味があると思うんです。それを、ほんの少しでも一般の方々に伝えたいと思っています」
「……変わった方だ。マスコミの方としては珍しいというか……」
視線を彷徨わせた香椎は、無精髭のような薄い髭の生えた口元を無意識に触る。
「自分たちは、本来、捜査にもあたるわけですし、顔を晒すことはデメリットのほうが多い。それでも何か得ることはありますか」
香椎にとっては、国際テロリストを相手にするような自分たちにとって、リカが言うような一般市民の不安は、随分遠い気がして不思議な気がした。
どちらかといえば、一般市民が得られる情報ということであれば、当然ながらテロリストたちも同じ情報が得られるということだ。
警察庁付きだったリカにとって、自衛隊よりもほかのどの機関よりも、警察内部が複雑でお互いの意識の持ち様も色々だとわかっている。
「……知らないことがいいときもあれば、知ったほうがいい場合もあると思います。一般に認知されることが、時には抑止力につながることもあります。何より、一般の認知を高めるということは……」
『……災害救助のときに痛感しました』
制服のまっすぐに伸びた背中を思い出す。
リカにとって、当然聞かれると思っていたことだ。
「いざ、という時に結果として現れると思います」
リカは、NPSが設立された裏側を知りはしない。だが、あながちその目線がずれているわけでもない。
―― これは……、もしかすると新しい味方にもなるかもしれないな
正面からリカを見た香椎は、右手を差し出した。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
大きな手のひらに握り締められた手は、細いながらもしっかりと握り返した。
稲葉さんの密着取材が始まりました。自衛隊や色々な人との出会いで優秀チーフになった稲葉さんがNPSの人たちと関わって行く過程がとても楽しみです。 蘇我伊織は出てくるのかな♪ 稲葉さんの反応が見たい!
まさにこれからです!ありがとうございます。
NPSは警察周りで鍛えた勘を生かして色々と。。。。はい。