Cry For the Moon 9(26~28)

基地局からは、七海のつないだ防犯カメラから銀行内の様子を見ながら、どういうルートでエントリーをするのか、また発送された先を追跡する部隊を配置するところだった。

「お、おい。あれはなんだ」

指示を出しながらちらりと監視カメラの状況を見ていたSAT隊員が声を上げた。ドアから飛び出してくる行員たちを見てその場で手を止める。とっさに中丸が無線を掴んだ。

「処理班!!」

飛び出してきた行員たちを目に入れながら声を張り上げる。

「処理班聞こえるか!こちら基地局、中丸だ!ドアの爆発物の撤去はどうなっている!?」

カメラから見えるのはフロアから廊下に出るドアの前のほかに、今は残っているカメラすべてを映していた。一階の廊下回りで生きているカメラはそう多くはない。

『こちら処理班。まだ撤去にかかっている最中で』

ドンッ!!

画面越しにも衝撃が伝わってきて、カメラの映像を食い入るように見つめていた中丸が息を飲んだ。画面の中が揺れて、よろめく人の姿が映る。

「!!」
「中丸隊長!」

七海が調べているセキュリティシステムの状況を確認しながら、隊員たちをどこかへと向かわせた香椎も目を見張る。反射的に耳元のインカムに触れた。

「こちら香椎。聞こえるか」

すぐに応答があったのだろう。声を落として話す香椎の声よりも怒鳴り合う中丸たちSATの声のほうがはるかに大きい。

「処理班!監視カメラにより行内の廊下、フロアから出たところで爆発を確認!状況を!」

『あっ……!こちらでも爆発音を確認しましたが、中の奥のほうなのか、音と振動だけです!』

カメラの中には続々とよろめく人々と、怪我をしているのか、体のあちこちを押さえながら倒れこむ人たちがみえた。
プロジェクタを食い入るように見つめるSATの隊員たちの顔色が悪くなる。

「……マジか」

小さく漏れた呟きが誰のものだったかはわからなかったが、その呟きは、まさか本気で爆発するとは思っていなかったという本音でもある。

しん、っと一瞬静かになったあと、中丸の怒声が響いた。

「何をやっている!!処理班!!今すぐドアを解錠しろ!!」

解錠しろといって、解除してドアが開くなら誰も困りはしない。はい!という声は返ってくるが、すぐに開くわけではないのだ。セキュリティシステムは、帝都警備が握っていて、今は七海がその解除作業を行っているのだから。

目をむいた中丸は、無線を放り出すと七海の傍に大股で歩み寄った。

「おい。今すぐ、中に入れるようにしろ」
「何か誤解があるんじゃないかと思いますが」
「四の五のいうな。今すぐあけろ」
「無理です」

すぐ傍のPCを使ってネゴを開始していた古橋が片眉を上げる。男の自分たちでさえ、中丸の一睨み、怒声には身がすくむと言うのに、初対面で一般人の七海が堂々と向き合っていることに驚いたのだ。

「そもそも、なぜシャッターが下りて、ドアがロックされているのかもまだわからないのに」
「いいから……」

開けろ。

再び中丸の怒声が落ちる寸前、古橋が立ち上がった。

「隊長、中丸隊長。素人に怒鳴っても……。それにドアが開くようになっても爆発物の処理が完了してなければはいれませんよ」

じろりと睨む付ける中丸にもろ手を挙げた古橋は、すぐに腰を下ろしてキーボードを叩いた。一度目のメールにはまだ返事が返ってきていなかったが、重ねてもう一度打つ。

『犯人へ  NPSの古橋だ。今の爆発はどういうことだ?金の用意はする。客や行員はそのまま解放してくれないか。せめてけが人だけでも解放してくれ』

送信していくらもしないうちに今度は返信が返ってくる。ぴく、と右手が動いて、それを見た香椎が古橋に近づく。

「きたか」
「ええ。開きます」

『古橋サン  中にいる人間に用はない。用があるのは金だけ。言うことをきかなければ爆発させる。怪我は自業自得』

「……自業自得、か」

要求はのむとは連絡していたが、確かに予定の時間に金の発送はできていない。だからといって、彼らが自業自得というのはおかしい。中は、外部と遮断されていて連絡が取れないはずなのに、どうやって彼らは廊下に出てあの爆発にあったのか。

「古橋。中と連絡は取れないのか?」

「は?」

「犯人は金の要求をしてきた。そのメールはここで受け取ってるのに、どうして言うことを聞かないのが自業自得なんだ?」
「そりゃ、俺らが要求は飲むっつってメール出してますけど金払ってないからじゃないっすか?もう時間は過ぎてますし……」

腕時計をちらりと見ればすでに三十分は経過している。

古橋の言うことも間違いではないだろうが、どうにも香椎には腑に落ちなくて、銀行の支店長を振り返った。

「すみません。中へ連絡をとる方法は本当に他にはないんですか?」
「……といわれましても……、営業の端末もネットワークからは確認できていませんから繋がっているとは思えませんし、携帯や支店への電話も通じませんので、他に方法といっても……」

汗を拭きながら答えた支店長から視線をはずした香椎は、モニターに映る行員たちを見る。
誰かがドアが開くことに気づかなければ、あんな風に一斉に飛び出してくることはないはずだ。香椎は、七海の傍にかがみこんで視線を合わせる。

「七海さん。今、支店の出入りのロックを解除しようとしているんですよね?」
「……はい」
「カメラは今映っているもの以外は、まだ確認できないんですか?」

限られた監視カメラ以外が動いていない状況を並行して何とかしようとしている最中だったはずだ。視線を逸らした七海は申し訳なさそうに首を振る。

「セキュリティシステムには、基本的に異常は出ていないんです。カメラもそうですが、一部だけというのは作為的にプログラムを変更しなければできません。おかしくないもののなかから、こちらが予想していない動作をしている部分を見つけ出すのは、すぐにはなかなか……」
「いや」

すぐにはできない、といいかけた七海の言葉をさえぎって、不精な長さに伸びたひげをさすりながら、顔を上げた。しゃがみこんでいるために七海が顔を伏せてもその表情を見逃すことはない。

「あなたにはできるんじゃありませんか」

問いかけた香椎に、七海はメガネの奥から困ったような目を向けて首を振った。

「そう言っていただけるのはありがたいんですが、簡単にはできません」
「……そうですか。わかりました。ひとまず、どうにかして中に入れるようにしていただけますか」
「わかりました」

こんな場面には不似合いな満足げな笑みを浮かべて七海は頷いた。
PCに視線を戻した七海の傍から立ち上がった香椎は、どうしていいかわからずにいた一號を手招きする。

ごく近くに呼び寄せた一號の胸の辺りを軽く叩くようにして声を落とした指示を出す。頷いた一號は、耳につけたままのヘッドセットを確認して基地局を飛び出した。

NPSが乗ってきた指揮車に向かった一號は、基地局の駐車場から車を発進させる。銀行の目の前を通り過ぎて、通り沿いのブロックからは離れない程度の場所に車を止めた。
インカムを押さえた一號は速田と蘇我を呼ぶ。

「速田さん。蘇我。神御蔵です。今、二つ隣のビルの前に指揮車を移動させてきました」

しばらく反応を待っていると、インカムに反応するよりも先に後部ドアが開いた。ゆらっと車が揺れた感覚に我慢できなくなった一號は運転席から飛び降りて、後ろのドアから中へと入る。

「こら、神御蔵。お前は運転席にいないと駄目だろう。しかも、アサルトスーツのままで移動するな」
「だって、隊長が今すぐ行けって言うから急いで飛び出してきたんですよ」

乗り込んだばかりの速田と蘇我が指揮車の中の機材を手早く立ち上げている。その後ろで、下手なことはしないと両手をすり合わせているのは懸命だといえるのだろうか。

「……何か状況が動いたんだろう?」

じろりと蘇我が手を動かしながら振り返る。基地局の回線と繋ぐのは、蘇我にとってはそれほど難しくはない。とはいえ、七海が映し出している監視カメラの映像や、古橋のPCと直接繋がることができるわけではない。

「さっき、隊長が急げといっていたが、何があった?」
「インカムには聞こえてなかったんすね。監視カメラに、銀行の廊下に飛び出してきた人たちが見えて、何でそのドアが開いたのかわからなくて、慌てている間に、中で爆発が起こったみたいで。音だけは響いてきたんですけど、そのあとに、廊下に倒れこむ人たちが見えて」

いつの間に着替えたのか、バイクのジャケットを羽織った速田と同じように、蘇我はアサルトスーツの上に同じくジャケットを羽織っている。バイク乗りの二人連れ風に装った二人が何をしていたのか、一號はまったく知らないために二人への説明がひどくわかりづらい。

「爆発?!」
「爆発したのか?」

詳しく説明しろと詰め寄られた一號は、諸手をあげてその場の簡易座席に腰を下ろした。

「たぶん、なんすよ。音もしたし、カメラに映ってる分では頭とか体を支えあって、ふらふらしてる人たちが廊下に倒れこんでるような状態なんで……」
「カメラに映っていると言うことは、それほどひどくはないということか?」
「あ、そうっすね。中丸隊長が、蘇我の見つけたドアの爆発物を処理してる処理班を呼んだんですけど、中の音はしたらしいけど、それほど大きくはなかったみたいです」

平面図からしても、蘇我の見つけた外部とのドアと、監視カメラの映す廊下とは離れているにしても、処理班の面々がそれほど慌てなかったというなら衝撃は大きくはなかったのだろうか。

「……ドアに設置された爆発物も、それほど大規模ではないということか?」

独り言のように呟いた蘇我の傍で、速田もなにやら考え込んでいる。だが、蘇我よりも素早くつないだモニターのほうへと顔を向けた。

「隊長。聞こえますか。速田です」

繋がっているから一號と蘇我の耳にもその声は届く。場所を移動したのか、しばらくしてから声を潜めた香椎の声が聞こえた。

『俺だ。一號と合流したか』
「ええ。今は指揮車にいます。2つほど隣のビルの前です」
『どうだった』
「隊長の睨んだとおりのようです」
『……そうか』

犯人とネゴをしている最中の古橋の耳にも音声は届いているはずだが、当然何の反応もない。SATの連中にはまだ知られたくないからだ。
だが、その様子からすると、古橋も二人が何を調べていたのかは知っているのかもしれない。

『速田』
「はい」
『そのあたりに帝都のテレビ取材車がまだいるはずだ。合流できるか?』
「帝都テレビ……、ですか」

さすがの速田も予想外の指示に香椎が何を考えているのかまでは掴みかねてしまう。

中にリカがいることはわかっているが、帝都のスタッフに何かをさせようというのだろうか。

『合流できたらもう一度連絡をくれ』
「わかりました」

インカムが途切れると、廊下に出ていた香椎はすぐに基地局の中へと戻る。ちらっと振り返った古橋の傍に立った。

「古橋。中と話がしたいと伝えてくれ。それからもう一度金の受け渡しの交渉だ」
「承知」

無骨な古橋だが、キーボードを叩く指先は滑らかでまるで話しているように文字が流れていく。

『犯人へ 古橋だ。金に用があるならもう一度受け渡しの話をさせてくれ。必ず用意はさせる。それから、中の人たちと話がしたい。そのくらいはさせてくれてもいいだろう?頼む。』

SATのほうは、爆発物処理班の傍に突入部隊を準備させるべく、周辺への配置を始めていた。基地局に残る隊員たちも慌しく行き来している。

基地局に置かれた別なテーブルの上には何とかかき集められた一億円分、二十の包みが山になっていた。

監視カメラの中には、廊下に座り込んでいる行員たちが映っているが、その他のカメラは動揺している客がいるわけでもなく、中の様子はそれ以上はわからなかった。

互いの様子がわからないことでの不安は、どちらも同じである。
閉まったドアの向こうではっきりと聞こえた爆発音に、リカはその向こうで何が起きたのか想像がついた。

思ったよりは大きくはないものの、微かに聞こえる悲鳴に声にならない声が漏れる。ずっとカウンターの外にいて案内役を務めていた女性行員がようやくリカの傍までやってきた。

「大丈夫ですか?!ドアは閉まってしまったんですか?」

置いていかれた格好になった彼女にリカはのろのろと首を振る。出て行ってしまった行員たちの気持ちは、仕方ないかもしれない。だが、リカがせめて声をかけていれば彼女も外に出ることができて、さっきの爆発も起こらなかったかもしれないと思えば、申し訳ないという気持ちが浮かぶ。

「……すみません。私が声をかけていたら」
「……とんでもありません。お客様にはお怪我はありませんでしたか?えと、帝都テレビの方でいらっしゃる……」

カウンターの外にいたためにざっくりとした説明してしていない彼女に改めて、リカが帝都テレビの稲葉です、と名乗ると、案内係、というバッチをつけた女性は、宮原と名乗った。

「昔はテラーだったんですが、今は案内係なんです」

笑みとも憂いとも見える顔にきゅ、と唇を噛み締めたリカは気持ちを振り払うように宮原を連れてパソコンの傍に戻った。事情の分かっていない宮原に経緯を説明するためである。
だが、少し考えてからその場にいる全員に共有すべきだと切り替えた。カウンター越しに話をしたいと切り出して集まってもらう。

宮原と、それから客と警備員にもすべての状況を話した。帽子をはずした警備員の一人、相沢はソファとソファの間のローテーブルの上にへたりと座り込んだ。

「マジかよ……。俺、そんなの無理だよー……」
「ちょっと!あんた警備員でしょ!」
「だって、俺、派遣なんだぜ!警備員ったって、本物じゃないもん!ATMのとこに立って、暴れるような客がいたらそん時はつまみ出せばいいってだけでさ……。今時、本物の銀行強盗なんかありえねぇよ」

傍に座っていた中年の婦人にしっかりしなさいよと肩を叩かれたものの、もう一人のほうも同じようなものらしく、俺もだ、と力なく足元に座り込んだ。

「……そんな頼りない」

気落ちした呟きが客の間から聞こえてくるが、それも仕方がない。
警備員といえば、さすがにこの事態にも対応できるのではと、心のどこかで期待していたことはわからなくもないが、仮にプロの警備員だったとしてもどうだろうか。

思わず漏れた声が客の誰だったのかはわからないが、警備員の二人にとっても、どうしようもない事態だろう。
実際に現金を運んだり、ATMの入れ替えをするような場合はプロが当たるらしいが、ほとんど問題の起こらない立ち警備などはこういうこともあるらしい。

「これからどうしましょうか」

宮原に声をかけられたリカは、葛藤はあったが持前の責任感の強さと、現場を仕切ることに慣れたものが場をまとめるべきという気持ちが働いて、無意識に腕を組んだ。
なし崩しに協力してしまっていたとはいえ、責任者だった花巻他の行員たちが皆この場にいなくなってしまっては、少しでも話が分かる自分が動くべきかもしれない。

その方が、事が片付いた時の報道にも有利だろうと思ったのは、頭の片隅での話だが、だからこそ、妙に落ち着いていた宮原の様子に気づかなかった。

行員として一人残されてしまった状況で、廊下に出た者たちが今どうなっているかもわからないというのに、彼女は取り乱すでなく、穏やかな笑みを崩していなかった。

「一號。基地局を出るまで、お前は顔に出るから黙っていたが、もういいだろう」
「うぇ?なんすか。つーか、速田さんと蘇我はいったい何やってたんすか?!」

先に基地局を出て何を調べていたのか。

古橋は特に疑問を持ったそぶりもなかったので、むずむずと座りが悪かったが仕方がないとばかりに、基地局の中ではひたすら大人しくしていた。さすがに、SATが構えた基地局に合流したからといって、以前ほどは空気が読めないわけでもない。

上に羽織っていたジャケットを脱いだ蘇我が、苦虫をかみつぶしたようないつもの顔で、アサルトスーツを直す。

「だからお前には話せないというんだ、馬鹿が。いちいち騒ぐな」
「え。や、騒ぐなつっても、俺らしかいないし」
「どこに敵の目があるかわからないだろう!」

いい加減、配慮を覚えろと怒鳴りそうになった蘇我に、速田は左手を上げた。

「もういい。一號。俺達は隊長の命令で帝都銀行、帝都警備を調べていたんだ」
「……は、……あ」

こういった場合、身内に犯人がいるというケースは一番に考える。現金輸送車の配送ルートを知っていたり、銀行内に現金が多い日を分かっていたりということもあったが、今回犯人はその姿を見せていない。

その疑いは、逆に安易ではないのかと、目を瞬かせた一號にちっ、と蘇我は舌打ちをする。

ムキになりかけた一號も、舌打ちをした蘇我の事も華麗にスルーした速田が、指揮車のパソコンを操作しながらも、一號にわかりやすいよう噛み砕く。

「今回、犯人は一切、姿を見せていない。爆弾を設置したという銀行のシャッターや、蘇我の見つけた出入り口のトラップにも一切、指紋も何もかも残していない。だが、確実にメールは届く」

現状、犯人の目星も何もついていない状況だけに素直に一號も頷いた。

「考えられるのは、まず今回の犯人はひどく頭がいい。よほど計画を練って実行に移しているということだ。……次に、犯人がなぜ姿を現していないのか。宅配なんて一番足が着きそうな手段を使っている。それなら、窓口に乗り込んで奪っていくほうがまだ逃げ切れる可能性はあるだろう」
「そりゃあ……捕まりたくないからでしょ?」

素直な一號の言葉に速田もさすがにため息をつく。

「足が着く、ってことは、犯人がどこにいても捕まる可能性があるという事だ。だから、姿を見せたとしても、一瞬で逃げおおせた方が逃げ切る確率は高い。まして、都内なら返送を解いてしまって、公共交通機関にでも紛れ込まれたら追跡は難しくなる。それでも宅配に拘るなら、他に理由があるんじゃないか、と隊長は言っている」

姿を見せては困る理由がある。
宅配に拘る理由がある。

姿を見られればすぐ身元がばれてしまうからか。

はぁ、と気の抜けた返事をする一號は今一つ話が呑み込めないまま続きを待った。

「隊長の考えは、まったく逆の発想ともいえるが、もうすでに、犯人が我々の目の前にその姿をさらしているからこそ、現場に姿を見せられないんじゃないかと考えている」
「え。えぇぇぇぇぇ!!」

人差し指で速田を指した一號が大声を上げながら立ち上がる。ぐるぐるとその場で腕を振り回した後、もう一度速田に向かってびしっと指先を向けた。さすがに、鈍い一號でも今誰が疑われているのかすぐに分かった。

「待ってくださいよ。それじゃ、帝都警備の七海さんだっていうんですか?だって、彼女の手荷物は調べましたよ?それに、ずっと俺達の目の前で何とか防犯カメラを繋ごうとしてくれたり、ドアだって」
「それが演技じゃないとどうして言える。検査と言っても見た目だけのものだろう」
「そりゃ……。でも、だって……」

協力者として自分達が連絡をしなければ帝都警備から人はこなかったはずで、その場合でも彼女が来るかどうか確実ではなかったはずだ。

「帝都警備に確認したが、彼女はいくつかの重要顧客の現場対応を任されているらしい。通常は何人かのチームで対応するらしいが、彼女は有能らしくて一人で対応している案件が多い。それに、本来は警備の責任者ともども顔を出すレベルの話であっても、今回のように、彼女が一人で対応に回ることもあるらしい」

パソコンを繋いだ速田がモニターに映し出す。

七海かおり。

映された履歴書と、身分証明を見ながら、腕を組んだ蘇我がモニターを睨んだ。

「有能だというのはかなり知られているようだ。そのせいで、男性の幹部社員からは疎ましがられている。女性社員たちが元々多い部署にいるわけでもないから、相談に乗る者も話を聞く者も身近にはいないそうだ」

現場周りは、基本的には男性が多い。女性の警備員が立つような場所は、複数人数であったり、女性しか出入りできないような場所がほとんどで、そういった背景も含めて七海のいる部署に女性は少ない。

まして、システム周りが中心とはいえ、セキュリティと言っても幅広い。
それぞれ専門の担当者が着くところを、一人でカバーしているケースがあると聞けば、いくら有能でも仕事内容はハードなのだろう。

「誰もがその腕はみとめるのに、正社員でもなく、上からのプレッシャーも大きい。日頃の鬱屈が溜まっていてもおかしくはない」
「そんな……でも、周りに警察官しかいないような基地局に乗り込んできますか?」
「危険と言えば危険だし、あり得ない話だが、逆に内部の情報は手に取るようにわかる。状況もな」

女性があれだけ強面の男性ばかりの、しかも、警察官の中でも特殊任務の基地局に来て、対応するにしては随分腹が座っているのは事実だ。
香椎が違和感を感じたのもそこからである。

「でも、俺達の目の前にいて、すぐそばに古橋さんもいて、そんな状況で犯人のメールを打ったりできますか?」

ぽかんとして全く話についていけなかった自分に、渋々とはいえ、説明してくれた彼女がそんな犯人とはとても思えない。
まして、そんなリスクしかないような手に打って出るだろうか。

「おそらく彼女が犯人の一人だったとしたら、メールを出しているのはほかの誰かだろう。犯人が一人とは限らない」

そういうと、速田は調べた情報を古橋宛に送り、次の指示に従うべく動き出した。

投稿者 kogetsu

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