Dear My Valentine 5

「……そんなこと、俺のためにそんな無茶したら駄目だよ。気持ちはすごく嬉しいけど、だったら一緒に作ろうって言ってくれればいいんだよ」
「ごめんなさい……」
「謝らないで。ごめん。俺もつい怒っちゃって。これ、泡立てればいいの?」

まだ冷え切ったリカの代わりに、キッチンに向かった大祐が冷たい水を用意してシャカシャカと軽快に泡立てはじめる。男だからと言うのもあるのか、あっという間に泡立てられた卵白を見せに来た空井に、毛布から出たリカがキッチンに戻った。
粗熱を取っていたものにざっくりと混ぜ合わせる。

それをガラスの器にあけていって、軽く大きな泡を抜くと、冷蔵庫にしまった。

「チョコレートムース?」
「ん。食べてもらう時はもうちょっとデコレーションするんだけど」
「嬉しいな。楽しみ」

気付けば後片付けを始めている空井を手伝って、手早くキッチンを片付ける。片付け終わった後、先に空井が毛布を持ってベッドへと移動すると、ベッドを整える。振り返って、しょんぼりと佇んでいたリカを連れてきて、揃ってベッドに横になった。

「どしたの?もう気にしなくていいよ?」
「ん……」
「女の子だなってちょっと新鮮だったな」

肩の上にリカを抱き寄せて、髪を撫でていた空井の言葉にうん、とリカが頷く。
寄り添っている空井の温かさを感じながらリカは間近で空井の顔を見つめた。

「ん?」
「しょーもないこと言っていい?」
「いいよ?」
「……やっぱやめた」

なに?と目を閉じた空井が重ねて聞くと、リカも目を閉じて空井の頬にぴたりと額を付けた。

「去年のバレンタインは……、もう空は見ないのだって言ってたなって」

髪を撫でていた手がぴたりと止まる。

「柚木さんの結婚式にも呼んでもらったのに、断っちゃったし、その前はどうしてたかなぁ……」

そう言えば、2年局に届いていたバラを思い出す。
あのカードはどこにやっただろうか。

止まっていた指先がリカの髪を撫ではじめる。

「俺も、リカに会うかもしれないから槇さんから呼んでもらったけど行けなかったな。リカの隣に誰かがいるのを見るのが怖くて」

誰もいないでいてほしい、そう願ってしまう自分が嫌で、情けなくて、それでも奪いたいと思ってしまうのもわかっていたから、素直に槇にはそれを伝えた。槇と柚木には関係のない理由で断ることを詫びて。

「俺は、会うべきだと思うけどお前がそう言うなら俺らのことは気にしなくていいから」

そういって、あっさり許してくれた。結婚してからリカに聞いた話では、それでも後押ししてくれていたらしい。

「バレンタイン、大祐さんはたくさんもらったんじゃないですか?私は、仕事が恋人だったから……。あ、局にバラの花が届いて、それはちょっと嬉しかったかな」
「……バラ」
「ん、一輪だけ。藤枝が、大祐さんなんじゃないかって後になって言っていたけど」

恋人がいたら、プレゼントやチョコを上げていたかもしれない日にもらった花はまだ記憶に残っていた。

「それって、カードがついてた?」
「うん?Thinking of you ってカードが……。まさか、本当に大祐さんだったの?!」
「そうかもしんない。濃い色のバラの花じゃなかった?」

ぱちっと目を開けたリカが驚いて、空井の顔を覗き込んだ。

「ほんとに大祐さんだったの?!」
「……うん。ほかの日は結構タイミングを外しちゃって駄目だったんだけど、バレンタインって、なんか、リカから誰かにチョコを上げてるところを想像したら悔しくて邪魔してやろうと思ってた」
「えぇ?!」

くすっと笑った空井は、嘘だよ、とゆっくり目を開けた。
誰かと幸せになっているとしても、それならそれでいいから、幸せでいて欲しいと思ったのは事実だ。その未練がましい願いを、ただ届けたくて、名前を書かずに送ったのだ。

「……今年の分もあるよ。俺もリカに渡したかったから」

起きたら渡すね、という空井の胸に腕を乗せてぺたりと寄り添ったリカの目からはぽろっと涙が零れ落ちた。

「リカ?泣いてるの?」

慌てた空井が目を開けて横向きになるとリカの頬に手を当てる。流れた涙が溜まったところを指でそっと拭う。

「私、今は幸せだよ」
「うん。俺も幸せ」
「バレンタイン、ずっと嫌いだったけど、今年は好きになれたかな」

2年の間、ずっと泣かなかったリカは、松島に来る直前のりん串以来、沢山泣くようになった。
一緒になってからも、空井の涙もろさが移ったのだと言い訳し続けていたが、きっと2年の間にたまっていた分を今取り戻しているのかもしれない。

「空井大祐さん。起きたら、本命チョコムース、受け取ってね」
「空井リカさん。起きたら一緒に食べよう」

ほんのりと甘い、想いを伝える日に一緒にいられても、いられなくてもこれからはちゃんと伝えていけるから、少しだけ自分のことも好きになれる。
そんな日になってよかったねと、呟いて、一緒に笑う。

目を閉じてももう泣く夢は見ないから、二人で揃って目を閉じた。

夜が明けるまでもう少し。
きっと真っ白になった世界を見ながら、二人で家から出ないままでずっと一緒にいよう。甘えて、いちゃいちゃして、スイートな一日を。

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です