あっという間に白いコンクリートの建物が木造の家屋に変わっていく。
それを見ながら、キャストが到着すると、次々と空井達と百里の広報官が挨拶を繰り返している姿を映す。
それでも完全に無視できないのか、時々リカの方へ視線がむいては離れていく。
桐谷が登場し、挨拶を交わした後にキリー目当ての女子隊員たちが騒いでいるのを見て、思わず呟いてしまった。規律にも厳しいはずなのに、こうして盛り上がっている姿は、そのいかついイメージとはかけ離れている。
「普通なんですね。意外と」
「ええ。普通、ですよ。自衛官も人間ですから」
『俺達だって人間なんだよ!』
このところ何度も思い出してしまう光景が、脳裏によぎる。
―― この人、本当に嫌味を言う人だわ
比嘉がにこっと笑いながら、この前と同じように普通の人間だというのが嫌味だということくらいリカにもわかる。
むぅ、と言い返したくなったが、さっさと離れていくから言い返すこともできない。
そのままドライに入ったために、カメラを回し続けた。
「それ、ほんとにやめませんか。自分なんか……」
「テレビに絵がなかったらテレビになりません」
―― 本気で、嫌がってる……
それはリカにもわかっていたが、一緒にしないで、と言葉に棘をまぶして武装した理屈を突き返すので精一杯で。
「銃を突きつけられてるみたいだ」
暗にそれは、パイロットを人殺しの道具に乗る人だと言ったリカに、お前の持つカメラだって人を殺す道具に変わりはないと言われたのも同じだった。
怒鳴りつけられて以来、丁寧な口調だけは崩さなかった空井が、独白のように呟いた言葉だからこそ、リカの胸に突き刺さる。
思えば、自分自身が一番自分をわかっていなかったのかもしれない。
無意識のままにリカが、空井を動かしたことも。
「何ぃ?ヘルメットがない?」
「どうかしましたか」
「すみません。実は……」
撮影が円滑に進むようにと細かな調整をしている空井と比嘉がドラマスタッフを話している場面を撮影する。トラブルはテレビとしてはいい場面で、カメラを回していたリカは、話を聞いているうちに我慢できなくなってばちん、とハンディカメラを閉じた。
自局の人間だということもわかってはいたが、その物言いに我慢が出来なかった。
「ふざけるんじゃないわよ。自分たちの責任でしょ!!」
「ドラマわかってねぇ奴が口出すなよ」
本格的な取っ組み合いにでもなりそうな気配に比嘉とプロデューサーが割って入る。
呆気にとられてそれを見ていた空井は動くことができないまま、ただその勢いにのまれてしまう。何とかしなければと夕日を見上げた空井のスイッチがどこかで入った。
「あっ」
怪我をする前の、まだ空井が今の空井になる前の記憶。
全力で走った空井をリカはカメラで追い続けた。
無事に撮影が進む間に、痛む膝を抱えた空井に近づく。
―― 今なら、謝れるかもしれない
そう思ったのに、ついつい取材になってしまう。
まるで、自分の姿を見ているような気がして、胸が締め付けられる。花形だと言われるパイロットの、さらにエースパイロットしか乗れない戦闘機に乗っていた人がこうして地面に縛り付けられていることに耐えられるんだろうか。
―― 私なら絶対に耐えられない……
「夢はもう見ません。全部忘れました」
―― 私には忘れるなんてできない
カットの声が聞こえてきて空井が立ち上がる。足を引きずりながら歩いていく姿になんて声をかけていいかわからなかった。
ただ、自分にはとるしかできなくて、武器だと思っていたカメラがあることがこんなにも自分を助けてくれると思ってもいなかった。
リカのせいではない。
空井はそう思っていた。それでも、空井のひた隠しにして、誤魔化した傷や、膿をさらけ出したのは紛れもなく稲葉リカという女性だった。
はっきりいって、嫌いだった。
無遠慮に踏み込んでくるその人が、なんとか痛む傷を見ないようにすることで、辛さから逃げていた空井を無知で暴力的な言葉を纏って、向かってくる彼女が腹立たしくて。
そう思っていたのに、ドラマのディレクターに噛みついたリカを見て、空井の中の鎧に隙間が開いた。
それを無邪気な子供の一言が打ち砕く。
溢れだした感情は、もともと喜怒哀楽がはっきりして真面目な空井の中に自分の予想を超えて溜まっていたもので。
声を上げて泣いた空井の中から、頭を撫でた手が澱んだものをすくい出して行った。