夢の行く先 5

「稲葉さん、変わられましたね?」
「そんなことはないです。比嘉さんが意味深なお話をしてくださったので、もしかしてを覚悟しているだけです」
「あー……、なるほど」

あっさりと種明かしをされた比嘉が頷くと、腕時計をちらりと見る。
そろそろ来るはずなんですけどねぇ、といっている間に広報室の入り口にスーツ姿の大祐が現れた。

「失礼し……、あれっ?」

手土産の紙袋と鞄を手にした大祐が目を丸くして驚いた顔で固まってしまった。

「空井一尉。お待ちしてました」
「あ、比嘉さ……、リ、稲葉さんもどうして」
「実は空井一尉が打ち合わせに来るのはわかっていたんですけど、ちょうど稲葉さんからアポイントのご連絡をいただいたので、どうせなら話は一度に済ませた方が早いかなと思いまして」

にこっと笑った比嘉が応接へと大祐を呼ぶと、リカは立ち上がってどうも、と落ち着いて頭を下げた。

「比嘉さんが意味深な言い方をされていたので、もしかしてそうかなと。どうも。ちょうどよかったです」
「はぁ……」

呆然と椅子に座った空井のことを広報室の面々も面白がってにやにやと眺めていた。我に返った大祐が、比嘉に向かって手土産を差し出す。
これ、お土産です、と言ういう大祐に、気を使わせましたね、という比嘉のやり取りを待ってから、再び腰を下ろして向かい合うと妙な気分になる。

「なんか、この構図、懐かしいですね」
「そうですね。あ、空井一尉は今日はちょっと報告書の提出と、来季の展示飛行の計画がありましてその調整にいらしたんです」
「そうなんですね」

にこりと頷くリカを呆然と見ていた大祐は、比嘉を振り返って、何説明してるんですか、と呟く。いいじゃないですか、と言って手を差し出した比嘉に条件反射で大祐がわたわたと書類を取り出して渡す。

「はい。お疲れ様でした」
「お疲れさまで……、ってえぇ?!終わりじゃないですよね?」
「終わりじゃないですけど、稲葉さんもいらしてますし、広報室長は外出されましたので、明日の午前、また引き続き打ち合わせましょう。松島の方へは連絡しておきましたから」

―― 出たー……。一番怖いのはやっぱり比嘉さんなんだよなぁ……

天を仰いだ大祐をみて、くすっと笑ったリカは、さて、と座りなおす。それを見た比嘉もにっと笑って座りなおした。

「それでですね。今日はご報告と言うか、ご挨拶に参りまして……。空井さんもいらっしゃると言うのでちょうどよかったです」
「はい。どういったご挨拶でしょう」
「実は帝都テレビでもコンプライアンス部門と言うのがありまして、いわゆる放送倫理から幅広いマスコミとしての在り方について、検討する部門があるんです」

ほお、と言う顔をした比嘉と、何を言うのかと目を丸くしている大祐に小さく頷くと、話を続けた。

コンプライス部門と言うのはあるが、一部門がすべての番組をチェックするには限界があり、企画の段階でのチェックと放送のチェックでは追いつかなくなってしまう。そのため、何かあった時の対応部門として専門の部としてはあるが、各編成局や報道局、情報編成局のそれぞれに、コンプライアンス部門を兼任する社員を置くということになった。

「今度から私がその兼務ということになりますので」
「……ということは?」
「こちらの、というより、防衛省関連は私が担当になります。直接現場に出ることはありませんが、なにかあれば、私が窓口になりますので」

よろしくお願いします。

そう言って頭を下げたリカをさすがの比嘉も驚いた顔で見ていた。

「よく……、わからないんですが、それはどういう……」
「マスコミとして、放送に乗せるものは当然ながら公正な立場で、正しい取材のもとに行われたものであることは当然のことですが、番組内で取り上げる視聴者の意見やアンケートなども、偏ったものにならないような配慮を行う、と言うことになります。つまり、平たく率直に言えば、以前のような出演者の一方的なコメントを放送するということのないように、現場からもチェックを行うということです」

それは、と言いかけた比嘉が言葉を切って大祐を見る。
複雑な思いに揺れているのはすぐに見て取れた。そしてそれがわからないリカではない。

「また広報室長のいらっしゃるときにご挨拶に伺いますね。今日は陸と海の方にもご挨拶だけですが伺うことになっていますので、これで失礼します」
「そうですか。じゃあ、また。ええ、その……お待ちしております」

歯切れの悪い返事をした比嘉に頭を下げるとリカは立ち上がって、広報室を出ていく。
固まったままの大祐とを見比べながらもひとまずリカを送りにでた比嘉は、エレベータホールでようやく自分を立て直した。

「空と、海の広報室は行かれたことが?」
「いえ。今回が初めてです」
「それじゃあ、僕がご案内しますので、少しだけ待っていてもらえますか?」

お願いします、と素直に言われると思っていた比嘉は、思いがけない拒否にあう。
首を振ったリカがまっすぐに比嘉を見つめ返した。

「いいえ、場所は伺ってます。一人で大丈夫です。それよりも比嘉さん」
「はい。なんでしょう」
「伝言、おねがいしてもいいでしょうか?」

悪戯っぽい笑みを浮かべたリカに、もちろんです、と比嘉は答えた。

今か、まだか、と落ち着かない気分で駅の改札前を歩く。

『空井一尉。稲葉さんからの伝言です。ご挨拶だけなので、早く終わりそうなら駅のところで待ち合わせしましょう、とのことです』

伝言を頼むには、少し無骨なメッセンジャーではあったが、ありがたく好意をうけとって、時間調整をした大祐は待ちきれなくて早めに駅の改札にたどり着いた。
昨日、言い合いをして切ってしまった電話も気になっていたから、報告と来季の展示飛行のスケジュール調整と言う仕事に飛びついたのだ。

本当は日帰りの予定だったが、比嘉の配慮で明日の午前もこちらでの仕事になったのなら今夜一晩、こちらにいられることになる。

先ほどの話も気になっていて、とにかくリカと話がしたかった。

リカが来るはずの方向を苛々と見ていた大祐は、小走りに駆け寄ってくるリカが先に大祐の姿を見つける。

「大祐さん」
「リカっ。あの、さっきの話、昨日、あんな切り方、あー、もう何言ってるんだ、俺」

とにかく気持ちが先走った大祐に、リカが笑い出す。

「落ち着いて。先に言わせてね。昨日はごめんなさい。決めてから話そうと思ってたの」
「あ、いや、俺の方こそごめん。つい、なんか」
「うん。たくさん話したいから行こう。今日は泊まれるみたいだけど?」

家でご飯でいい?というリカに頷くと、とにかく安心したくて大祐はリカの手を取った。
電車の中で話したかったが、何を言えばいいのかわからなくて、リカの顔をただ、眺めてしまう。

「直帰にしてよかった。比嘉さんがわざわざ教えてくれたから、まっすぐ帰れるようにしてきちゃったの。大祐さんはいつこっちに来ることになったの?」
「ちょうど、お昼前に話が決まって、比嘉さんに連絡したらいつでもいいですって言ってくれたからさ。だったら、リカに会いたかったし今日行っちゃえ!って」
「無茶苦茶しますね」

くすくすと笑うリカは昨日までと全然違う。
明るく笑うリカにただ魅入られている。

いつもの駅についてから、リカの方が大祐の手を引いて先を歩く。

「今日はちょうどいいものがあるんですよ。昨日、友達からおいしい干物の詰め合わせもらったんです。ちょっと有名なお店なんですって」
「あ、うん」

そういって部屋へ着いてから、大祐を部屋の真ん中まで手を引いて連れてくる。

「あ……、の、リカ?」
「大祐さん。……ごめんね」

振り返ったリカが、ふわりと大祐の体を抱きしめる。驚きながらもそれを受け止めた大祐は、いつにない行動にうろたえてしまう。
ぎゅっと、一瞬力を入れて抱きしめたリカが大祐から離れた。

「ちゃんと話すから聞いてね」
「もちろん」

ひとまず夕食の支度をすることにして、先にキッチンに立ったリカを伺いながら、大祐はスーツを脱いだ。

投稿者 kogetsu

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