夢の行く先 7

「やっぱり、俺の答えは変わらないよ。リカが決めたことだし、働くのは俺じゃなくてリカでしょ?だから、どういう風に決めたとしても、あ、リカが俺と一緒にいるためだけに、自分の夢をあきらめるっていうのじゃなかったら反対しなかったよ。だってさ。それを言うなら俺だって、飛行機馬鹿で始まって、パイロットじゃなくなったけど、やっぱり俺は自衛官だし。それって言いかえればリカと一緒にいることよりも、自衛官でいることを選んでるわけでしょ?」

―― だから、同じなんだよ

まっすぐに膝の上に手を置いてリカを見つめる目は、いつか空幕広報室の応接で向かい合っていた時と変わらない目をしている。

「どっちか一つを選ぶなんてもとからできないよ。働いているから暮らせるわけだしさ。それでリカが俺と別れたいっていうなら話は別だけど、そうじゃないなら全然いいよ」
「ちょ、誰が!誰が結婚して1年もたたないのに別れたいなんていますか!」
「うん。言われても俺も嫌だから断固拒否するけどね」
「私だって、転勤するから別れたいなんて言われたって、断固拒否です!」

はは、そうだよね、と肩から力が抜けた顔で笑った大祐は、両手を広げた。
きて、という仕草に迷いながら近づいたリカをぎゅっと抱きしめる。

「ごめん。俺の方こそ。リカが一人で考えたい時間を邪魔したね。我儘でごめん」
「ううん。……私こそ、相談しないで一人で決めちゃってごめんね」
「いいんだ。そんなことより、かっこいいよ。俺の奥さん」

一生懸命で、いつも自分から険しい道を選んでしまう人だから。

「そんなリカだから、俺は傍にいるよ。一緒に暮らしててもそうじゃなくても。リカが歩く隣を一緒に歩くって決めたんだから今更、変わらないよ。もう少し、自分の夫を信じなさい」
「……はい」
「うわ、夫って自分で言うと照れる!!」
「大祐さん、自分で言っておいてそれなくない?せっかく今、真面目に感動したのに!」

妙に重く考えないように軽くふざけた大祐の胸をばしばしと平手で叩くと、むにゅっと両手で頬を掴まれる。

「うん。話は分かった。話がきけてよかったよ。さ、冷めないうちに食べよう」
「ん。食べよう。それでね、細かい話で言うと、今日挨拶しに行ったけど、これからは担当になるんだ」
「うーん、でも聞いた限りじゃあんまり一緒に仕事をする機会がない方がいいみたいだね」

それは確かにね、と苦笑いを浮かべて頷く。
大祐がきっとこんな風に言ってくれることはわかっていたが、それでも、そこに甘えたくなかったのだ。今は、話したくて仕方がなかったことが次から次へと出てくる。

「名刺も新しくなるからそしたら渡すね。急な仕事が増えるかもしれないから、残業とかが増えるわけじゃないけど、緊急時用の携帯も持たされるらしくて」
「すごいなぁ。俺も仕事用の携帯、支給してもらえないかな」
「それはちょっとねぇ。大祐さんの場合、特に携帯も普通に仕事用だからね」
「あ、ちょっとそれはひどいよ。半分、いや、四分の三はリカ専用だから!」

話しても話しても、言葉は尽きなくて。食べているのに同じくらいのペースでお互いに話してしまう。

「でも、ね。もし子供が出来たらなんだけど、その時は」
「ストップ」

仕事を辞めてもいいと思う。
そう言うつもりだったリカを、大祐が慌てて止めた。ちょっと待って、と口に入れたものを飲み込んでから今度は大祐が箸を置いてリカの方へ向き直った。

「もし子供ができても、俺は、リカが子供のためとか俺のためとかそういう理由で仕事をやめようとするなら全力で止めるよ。そういうのだけは考えなくていいから。もちろん、お腹に赤ちゃんがいる時とか、生まれてすぐは休まなきゃいけないだろうけど、それでも続けられるなら続けて欲しい」
「大祐さん……」
「男だからとか女だからとかそういうふうにしかなれない世の中なんてつまらないって言ったのはリカでしょ?だったら、女性にしかできないことは仕方ないけど、子供を育てるのも、仕事するのも、男も女も関係ない。同じだから」

世の中の男性の多くは、子供が欲しいと思ったとしても、育てるのは奥さんに任せて自分は仕事があるといって逃げてしまう。そうでなかったとしても、やはり女性と男性では女性のほうがはるかに、子供が出来れば制約が増えてしまう。
それを大祐は一人で背負ってほしくはなかった。

「何かあった時は仕事に行くのも同じ。俺とリカは同じだから、一人で抱え込む必要はないんだよ。……って言っても、いつ子供ができるかなんてわかんないけどね」
「それは……、うん。でも、いいの?それで」
「いいも悪いもないよ。都合のいいことに、俺も家事全般できるし」

ね?という大祐にリカは頷いた。

―― 報道記者にはなれなかったけど。私の夢はちゃんと二人の間にある……

「ありがとう。大祐さん」
「どういたしまして。っていうか……、これからもよろしくね。奥さん」
「……はい」

えへへ、と笑ったリカはさりげなく目尻を拭った。
いつもなら大祐の方が涙もろいのに、今日だけは仕方がない。

ぽんぽん、と頭を撫でられて、泣いてないから、と言い張ったリカは、べっ、と舌を見せて食べよ、と言った。

揺れて、戻って、振り子のように。
何度でも立ち返って。
そして一緒に歩いていく。

夢は、見ないものでもなく、忘れるものでもなく。夢の行く先は、共に歩く二人の真ん中に。

 

— end

投稿者 kogetsu

「夢の行く先 7」に4件のコメントがあります
  1. このお話、本当に大好きです!
    また読むことが出来て嬉しい♪
    ありがとうございます!!

    自分の道は自分で決める…という決断。
    『私の幸せは私が決めます!!』
    と言い切ったリカちゃんを思い出します。

    カッコいい奥サマに、大祐さんますます惚れちゃうんでしょうね(*^-^)

    1. くう様
      おはようございます。
      ありがとうございます。わりと自分ではぢみめなお話なのですが、自分で決めるって女性は特に
      色々難しいじゃないですか。それをリカぴょんにはやってみて欲しかったんです。
      大祐さんにはそれをどっしり受け止めて欲しいなぁ。願望満載ですwww

  2. 私もこのお話大好きです!
    また読むことが出来て、何度も読み返しました。

    このお話のリカさんと大祐さんは,ひとつの理想のカップルのあり方ですね。
    娘と息子がいるのですが、こんなかっこいい女性と包容力のある男性になってほしいーと
    思ってしまう母の立場の私です。

    1. さあら様

      こんばんは。ありがとうございます。
      理想ですよね。現実はなかなかそうはいかないけど、そうなれたらいいなぁという夢の一つを書いてみました。
      お子様たちが大人になってパートナーの手を取る頃にはきっと当たり前になっているかもしれませんよ?(笑)

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