自席に戻って、急な休みと言われた大祐は、目の前のメールボックスを眺めた。
急に休みでいいと言われても実感がわかない。何か外されるほど疲れて見えただろうか。
握りつぶした書類の書き損じをちらりと見ても、たまにそんな日だってあるだろう程度でしかない。それほど視界が狭くなっている自分に苛立っていると、山本は今初めてするような雰囲気で繰り返した。
「空井。土日、お前は出だった分、休みでいいからコレ、頼む」
一瞬、ぼうっとしてしまった大祐は我に返って違う仕事を頼まれたのだとようやく理解する。
立ち上がって山本の前に立つと、差し出された茶封筒は今さっき山本が持ち帰ったものだ。
中をあけると、地元との親睦を兼ねた基地イベントの一つではあったが、内局の承認を得るのが少し難しいと言っていた書類が入っていた。
「これ……」
やるために大祐も調整を重ねてはきていたが、希望される内容から少し難しい話になって山本の預かりになっていた。
「やっとそこまでは。後は内局との調整だが向こうに顔がきくお前に頼んだ方がいいと思ってな」
悪いな、という山本に、何か大祐に気を使ったわけではなく、本当に調整が大変なものを大祐に振ってきたことがわかる。
確かにほかの渉外室のメンバーではなかなか難しいかもしれない。
書類を手に眺めていた大祐に向かって、机に肘をついた山本が見上げてくる。
「金曜に言い出す話じゃないんだが、来週、月曜に向こうに出向いて早速調整してくれるか」
「わかりました。すぐ、出張の申請も出します」
まずは広報室に連絡をして、あちこちアポを押さえてから月曜だけで済むのか、火曜日も向こうにいなければならないのか、調整にかかる。
一緒にやっていた相方が土日すべてを引き受けてくれることになった大祐は、自分でやるつもりだった細かなところを簡単にまとめたメールで資料と共に相方に送る。
「斉藤さん、今、資料送りました。後で簡単に打ち合わせましょう。自分、その場で、と思ってたこともあるんで」
「わかりました。空井一尉の出張手配、自分も手伝いますよ。チケットの手配もありますよね」
「助かります」
にわかにばたついた渉外室の中で、慌ただしく電話をかけ始めた大祐の頭の片隅で、ちらりと週末の予定が頭をよぎった。
馬鹿だとも思う。
2年も離れ離れで、どんなふうに過ごしているのかも知らなかったくせに、今はこんなにも知りたい。束縛したい。
繋がってはいても、自分もリカも、お互いいい大人で、自由だからこそ、自分だけにとらわれて欲しいと思ってしまう。
仕事にも影響するほど、自分が独占欲が強いことも、最近になってようやく自覚できた。恋人期間に思うはずのことを結婚してから感じるなんて本当に馬鹿みたいだと思う。
―― これで結婚してなかったら、俺、どうしてたんだろう……
結婚しているからなのか、していてもなのか。
30男の考えることじゃないな、と、かきあげたメールを送信しつつ、追加の書類を整え始めた。
「稲葉さ~ん。今夜なんですけどぉ」
金曜の午後、放送前の定例会議が終わって立ち上がった瞬間に、話しかけてきた珠輝は、給料日前だからこそ、飲み会でとリカも誘うつもりだった。
さすがに昨日の今日で、断ろうとしたリカがとんとん、と書類を揃えていると、藤枝が先に割り込んだ。
「稲葉は駄目。さっさと帰れ」
「えー。藤枝さんがどうして稲葉さんのこと決めるんですか?別に彼氏でも旦那さんでもないじゃないですか」
「俺はいいの。空井君がこいつの傍で面倒見られない時のために俺が代わりに行ってるだけ」
「なんか無茶苦茶じゃないですか」
いーんだよ、といって藤枝はリカの肩をぐいっと押しやった。
話にも参加するな、という状態に困惑の色を浮かべたが、じろりと睨ませるとすぐに引く。腕に一抱えした書類と共に、珠輝にはごめんね、と言って席に戻っていく。
「なーんで邪魔するんですか?藤枝さん。稲葉さん、最近飲みに行くの楽しそうにしてたのに」
「それが駄目なの。駄目って言ったら駄目。珠輝ちゃんも大津と行けば?」
「大津君、ああ見えて飲み会大好きで私以上に行ってますよ。だからこっちも行くんです。別に普通でしょ?友達とか会社で飲みにいくって」
ははーん、と呟いた藤枝は拳を軽く握って珠輝の頭を小突いた。
「そっちもそっちでなんだかなぁ。俺は純愛路線から外れてるから?そういうのはいいんだけど、あいつとか珠輝ちゃんはそうじゃないんだからさ」
ほどほどにしとけよ、と言い残して藤枝もフロアへと戻っていく。
残された珠輝は、むぅ、と不満そうに口を尖らせた。
「なんか……。なんか、そういうのって男の身勝手って感じしませんか~!」
あはは、と離れたところから笑い声だけが返ってきたがひらひらと掌だけが返事の代わりでひどく納得がいかない。
「女子だって、楽しく飲みたいし!もう、なんなの?!」
リカの心境を代弁するような珠輝の叫びは、会議室に残っていたスタッフたちの笑いを誘った。
きっとすべてうまくいく。・・藤枝がいれば!
狐さんの書かれる藤枝、本当にすてきです。
全体を見渡して、心を砕いて・・・でも切ない。
シナモン様
いつもありがとうございます。
藤枝もいつか幸せになってくれるといいなと思ってます。もう少し早く書きたいんですが~(T_T)