スーツを着て、ビジネスバックに書類と仕事に必要なものを詰め込んで、少し早い時間の新幹線に乗った。
月曜の朝、そのまま市ヶ谷に出勤できるように支度をして出張扱いで出た大祐は、リカの部屋に向かう。結局、アポがとれたのは9時過ぎだったので、月曜の朝に向かったのでは間に合わないからだ。
迎えに行けばいい。
いつもならそうするところなのにそうしなかったのは、局から出てきたリカがもし誰かと楽しそうに笑いながら出てきて、そのまま飲みに行くとかそういう話なら、きっと自分は冷静にはなれないだろう。
リカが家に帰るはずもない時間に家にたどり着いた大祐は、片付けられた部屋の中でリカの匂いの溢れた部屋に泣きそうになる。
―― こんなに好きだってもう、わかってたつもりなのにな……
傍にいたい。
わかっているから。
わかっているからこそ、今だけはこんな情けない俺を許してほしい。
キッチンに立って、リカが帰ってきたときに一緒に食べられるように食事の支度を始めた。
藤枝に言われたことがあったからではないが、放送が終わって、仕事をきりあげたリカは金曜日にしては早い時間に局を出た。まっすぐ家に向かって、そういえば冷蔵庫の中身が少なかったなと思いながらも大祐が来るわけでも
ないし、と思ってそのまま部屋に上がった。
鍵を開けて部屋に入った瞬間、暗いはずの部屋の中が明るくて、ふわぁっと食事の香りに驚く。
「え……っ?!」
靴を脱ぐのも慌ただしく、部屋に駆け込んだリカは、ソファにその人の姿を見つけた。
「大祐さん?!どうしたの。だって今週はっ」
「お帰り。リカ。早かったんだね」
驚いているリカをさらりとかわして、大祐はソファから立ち上がった。
「ご飯の用意はできてるから、着替えたら」
リカの視線を避けるようにキッチンに立った大祐に戸惑いながら、リカはひとまず鞄を置いて服を着替え始める。急にこちらに来るなんて思ってもいなかっただけに、色々な妄想が頭を駆け巡ってしまう。
「驚かせてごめん。仕事があって、月曜日の朝から市ヶ谷に行かなきゃいけないんだ。それで、今日のうちにこっちに」
冷蔵庫から作っておいたものを取り出して、温め直したりしながらリカの疑問に答えると、あからさまにほっとした表情に変わる。
それだけリカが気にしていたのかと思うと、すまない気持ちより、安堵の方が先に立ってしまう。
「そういうこと……。驚いた。いつもなら連絡くれるから……」
「うん。午後に急に決まったからばたばたして連絡する暇なかったんだ。驚かせてごめん」
着替えを終えて、キッチンからお皿を運ぶのを手伝いながら、リカの顔には気遣うような笑みが浮かぶ。
おいしそう、というリカの声を聞きながら、曖昧に笑った大祐はリカの隣に腰を下ろした。
「リカは今日は飲み会、なかったの?」
「あ、うん。……誘われはしたんだけど」
「けど?」
「……行かなくてよかった」
藤枝に言われたことを省いて、答えたリカは、視線を合わせようとしない大祐の横顔を眺めた。
―― あれ……?
「リカが食べるはずだったおいしいご飯に比べたら大したことないかもしれないけど……」
ありあわせのものでごめんね、と言って先に食べ終わった大祐はさっさと一人キッチンに立ってしまう。
もしかして、と思ったリカは慌てて自分の分を食べ終えるとキッチンに立つ。洗い物をしている大祐の隣に立って、顔を覗き込んだ。
「大祐さんは……、本当は来たくなかった?」
「何言ってるの。ここも俺の家だって言ってくれたのはリカでしょ」
「それは……そうだけど」
いつもならリカと目を合わせるはずの大祐が不自然なまでに視線を合わせない。
どちらだろう、という迷いがあって、リカは一度傍を離れた。テーブルを拭いて、ベッドをきれいにして、大祐のスーツをきちんとかけなおす。
洗い物を終わらせた大祐が、ソファに戻ってきて、クッションを抱えると片膝を抱えるようにしてテレビをつけた。
「なんか金曜日って気がしないな。今週は来られないと思ってたし」
「うん。……大祐さん、隣に行っていい?」
「もちろん」
そう言いながらもリカの顔をなかなか見ようとしない大祐の隣に腰を下ろしたリカは、勢いに任せてえい、と両手で大祐の顔を包み込むと自分の方へと無理矢理むかせた。
「!」
「大祐さん。今日、一度も私と目を合わせてくれませんね?」
「……そんなことないよ」
強引に向き合った先で、大祐の目が揺れる。
それを見たリカには、ようやく藤枝の言葉が腹に落ちた気がした。
―― きっと。私が自惚れてるんじゃなかったら……
「大祐さん。もしかして、拗ねてますか?」
「!!」
片手をあげて、頬に添えられていた手を押しのけた大祐がクッションに顔を隠すようにしてテレビの方へと顔を向ける。
「ま、まさかっ。そんなことないっ」
「でも、やっぱりそうでしょ?私、大祐さんに嫌な思いさせたよね?」
完全にクッションの向こう側に隠れてしまった大祐の横顔は見えなかったが、耳が赤くなっているのだけは見える。
慎重に、注意深く。
リカは、大祐の少し髪の伸びた後頭部に手を伸ばした。