五感で見つめる&癒す*~M&Y:本気か否か

本気じゃないでしょって、タカをくくってたのよ。

酔っぱらった勢いで、稲葉に向かってポロリと零してしまった。

「柚木さん?」
「だってさ、あんた、何年オッサンやってると思ってんの?そんな奴に、本気で女を感じるなんてありえんだろ」
「ああ、槙さんですね」

意味ありげに笑った稲葉は、モヒートとかいうこじゃれた酒を飲んだ。
あたしのグラスにはまだ半分くらいビールが残ってるのに、ビールのお代わりを、と頼む。

「槇さんにとっては、柚木さんは遠い日の乙女のままだったんじゃないですか」
「キモっ!いい年のおっさんが何をいうのよ」
「でも、槙さんは真剣だと思いますよ。だから、クサイって言われようと、女としてカウントするって言い切ったし、柚木さんの事が好きだから無理することないっていうんじゃないかな」

ずき。
いてて。

まさかデショ、と言いながら新しいビールが来たから、グラスの残りを一気にあける。
本当は、ちょっと驚いたのよ。

「じゃあ、柚木さんの乙女心のひきだしにちゃんと届いてたんですね」
「ぴったり閉じてたのよ?でも、なんか……」

うんうん、と頷く稲葉は、ちょっとしょぼくれてる。
その気持ちがわかるからぽんぽん、と頭を撫でながら引き寄せた。

女同士、頭を寄せて撫でてやると、あたしよりもガツガツで突っ走ってる稲葉が小さくため息をつく。

「私のは、完全に誤解でしたけど、槙さんは誤解じゃないと思います」
「稲葉だって、誤解じゃないかもしれないじゃん」
「誤解です。だって、じゃなかったらきっぱり断られたりしないと思います」

どこかが痛い笑顔で、稲葉は笑う。
あたしが知ってる限り、空井は稲葉が気になってしかたがないようにしか見えないのに、なんで二人飲みを断ったんだろう。

あたしも稲葉も、同じように思わせぶりな態度に振り回されて、どっちもふらふらしてる。

「でも、柚木さんはよかったです。デートできて」
「!!……」
「柚木さん?素直にならなくちゃ駄目ですよ?」
「……わ、わかってるけどさ」

不器用で、女にもてたことなんかないとおもってた槇の女あしらいのうまさに散々翻弄された。
否応なく、素直になるしかなくて、あれはどうなんだろう。
いままでずっと、ポメラニアンがどうのってからかってきたけど、からかわれてるのはあたしのほうなんじゃないかなって今でも思う。

「毎日、顔合わせると、どうしていいかわかんなくなるんだけどさ。でも、腹立つくらい、あいつ普通なんだよね」
「そりゃそうですよ。職場じゃないですか。片山さん達に知れたら大変だろうし」
「そうなんだけど、でもこっちばっかり」

振り回されててさ。

ぴっと目の前に稲葉が人差し指を建ててきて、なによ、と言いかけた言葉が止まる。

「でも、肝心なことはちゃんと言われたんじゃないですか?」

隣りから覗き込む眼に観念して、顔を手で覆う。
聞きたいけど聞きたくなかった。

『典子。愛してる』

投稿者 kogetsu

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