おたまですくい上げただしを、口に含んで確かめる。
薄味で、出汁と大根の味を楽しめるようにした。我ながらパーフェクトだと思う。
「槇ー、アイロン終わった」
「こっちももうできますよ」
テーブルに飯をよそい、味噌汁をわける。カウンターの上にそれを乗せると、何も言わなくても典子が運ぶ。
せっかちなのか、段取りがいいのかわからないが、何となく当番が決まりつつある。
「今日何?」
「大根を煮ました。あなた、牛より鳥の方が好きだから鶏肉いれて」
「ん」
おおぶりの器に盛って、銘々皿を渡して、小鉢の煮びたしを冷蔵庫から出せば終了だ。
テーブルにスタンバイしている隣に、エプロンを外して座る。
「よし!食べよう。頂きます」
「頂きます」
丁寧に手を合わせてから箸を手にすると、一番先に大根に手を伸ばす。
自分の皿に取り分けて、一口に箸で切り分けて口に運ぶところまでを眺めていると、満足そうに顔が緩んだ。
「んまっ!最高!」
「そりゃよかった」
それを聞くと安心して食べられるんだよな。
茶碗を片手に俺も手を伸ばす。
なんだかんだと、行き来するようになって、半同棲に近い今は、ほとんど俺の部屋で過ごしている。洗濯とアイロンは典子の担当で、料理が俺。掃除は二人一緒が多い。
もちろん、自分の部屋でやることも多いけど、大抵、俺の部屋にくる。
「最近、自分の部屋がさぁ。なんていうか、さびれて来たんだよね」
「まあ、こんだけいればね」
「別にそれが悪いって言うんじゃないんだけど」
もうすぐ、典子の方は内示が出る時期だから、今更引っ越しというのもない。
そんなことをしなくてもどこかに辞令が出るからだ。
「そろそろなんじゃないの」
「そろそろだねぇ」
お互い、同じ職制で、三佐という立場もあって、あそこじゃないか、ここじゃないか、という予想は出来ても実際は出て見なければわからない。
一時期は、そんな話も盛り上がっていたが、実際、いつ出てもおかしくなくなってくると意外に話題にはしなくなるもんだ。
「この前稲葉に会ったよ」
「ああ。言ってたね。どうしてた?相変わらず?」
「なんも。空井の話は全然でなかった。片山がどうしてる、とか比嘉さんは、とかそういうのはでるんだけどねぇ」
「呼んだら」
え?何に、と顔を上げた典子に、もう一つ、大根を取り分けてやる。ついでに手羽先も。
「空井を?稲葉がいるところにでも呼ぶ?でもりん串じゃばれるだろうし、そもそもあいつ出てこないでしょ」
「俺らの式になら来るんじゃないの」
「ああ、式にならね」
さらりと受け止められて、そうかと思っていると、しばらくしてからピタッと動きが止まった。
「………………えぇ?!」
「おっそ」
ぱくぱくと、口だけが動いて、何も言葉が出てこない代わりに箸の先が動く。
行儀悪い、というと、完全に動きを止めた。
「何。問題あんの?」
「問題ってあんた……」
「今更別れる気あるとか言われたら意味わからん。逆に、あなたの胃袋、俺から離れられんでしょう」
男が胃袋で嫁を捕まえるって、普通は逆だろうと思うけど、俺と典子の場合は、時々男女が逆転する。
だからこのくらいがちょうどいいんじゃないかと思う。
「そ、そういうっ」
「他になんか問題あんの?それに、この前俺言ったと思うけど、なんでそんなに驚くの」
「この前?!」
本気でわかっていないようだったから、『あの時』を説明すると、茶碗も箸も放り出して真っ赤になった。
こういうところが嘘みたいに可愛いなと思う。
「馬鹿っ!!あ、あんな、そ、言われたって!!」
「うん、つったんでしょうが」
「それはっ、だからっ!」
「で、問題あんの?」
問題なんかあってないようなものだ。
年齢差とか、お互いに移動の多い仕事だとか、典子の方が親御さんの面倒を見なきゃいけないとか。
俺にとってはそんなこと大したことじゃない。
このまま転勤で離れて、なんだかんだと余計なことが起きる前に俺の嫁にすると決めてたから。
「……あんたくらいだよ。槙。大根食べながらプロポーズする奴って」
「だからプロポーズは違うでしょうが」
「い、言えるか!人に言えないようなプロポーズなんかあるか!」
首まで真っ赤になっているからよほど照れてるんだろうな。
ぷん、と頬を膨らませながら、箸を手にした典子はぼそっと呟いた。
「式なんかしないよ。恥ずかしい。写真だけでじゅーぶん」
「……ああそう。まあ、飲み会くらいは覚悟しておいたら」
「……それは……、異動の時の送別会でじゅーぶん!」
異動の時って、じゃあ、時期もそれで決まるじゃないか。
―― まあ、俺はいいけどね
それから、あとあとまで典子に言われ続けることになる。
『これ食べるとあん時のこと思い出す』
そりゃそうだ。落とすために作ってたんだから。