五感にざわめく*~S/O/J/S/K:夢を撮る

正直、おれは嫌いだった。生意気なお嬢ちゃんは多いが、その中でもこの女はダントツでむかつく。

「だから!なんで駄目なんですか!」
「駄目に決まってんだろうが。あ?このコーナーは何なんだ?稲葉大先生の社会派講座か?あ?違うだろ?流行もの特集OL編って書いて按のはうそか?ダミーか?」

情報番組にありがちな流行ものを取り上げたコーナーだ。若い女性に人気というからには人気なんだろうが、俺にはさっぱりわからん。わからんが、それを撮るのが俺の仕事だ。
その仕事にケチをつけてくるのがこの稲葉という女だ。

「それは……!おっしゃる通りなんですけど、でも、意外性がないと」
「このコーナーに意外性は必要か?あ?そんな意外性をもたして、撮り直せるほど時間があるんでしょうかね?」

ぐっと黙り込んだ稲葉は、納得していないのがありありしていたが、渋々、じゃあ、それでいいです、と言いやがった。

―― それでいいです、じゃねぇだろ!

ブチ切れそうになった俺を、大津が苦い顔で首を振りながら止めた。

「駄目っすよ。時間ないんで!」

そんなことはわかっている。うるせぇ、という代わりに黙って頭をひっぱたいてやった。
時間がないからこそこういう訳のわからない自分風味を突っ込まれてくると面倒くさいのだ。

その気持ちは買うが、時と場所を考えろと言いたい。

カメラをスタンバイして、大津がマイクをかついだところで、インタビューが始まる。一般人相手の取材だから少し素材としては大目にとっておいて、撮影は終了だ。

帰り道もろくに口を開かないから取材車のなかは大津がぼやくほどに沈黙が痛い。そういう奴だと思っていたわけだ。

それが変わったのは、あいつが空自の担当になってからだ。
男ならああいう飛行機なんかをみてるだけでテンションが上がる。大津はそうでもないらしいが、俺は面白くて仕方がない。
そうこうしているうちに、稲葉ってやつはものすごく生意気なんじゃなくて、ものすごく不器用なんじゃないかと思い始めた。

まるで稲葉の男版みたいな空井って空自の奴と担当として話すようになってから、なおさらそう思うようになった。
ようは、頑張らなければ、というのが先に立って、前後を考えるより何より突っ走るんだな。いい大人がなんだよ、と思うが決して仕事を疎かにしているわけでもなく、その逆なんだ。真面目すぎるって奴だ。

「えと、今日の風だと2時の方向から来ます」
「2時?」

奴等独自の言い回しなんだろうが、意味を掴みかねて聞き直すと、自分の腕を差し出してきた。腕時計を指差して、こっちの方向だという。

「ここにいるとして、2時の、あっちの方向です」
「あー……。あのゴマかぁ」
「はいっ、そうです!」

遥か遠くの方に点々とした粒が見える。ズームから対象のスピードに合わせてフォーカスを動かしていくとあっという間に目の前を通り過ぎていく。
1機だけが着陸して、他の飛行機はもう一度旋回して離れていく。
遠い、近い、早い、遅い。
これだけで、三脚に置いたカメラの向きと動きも全く変わってくる。

「難しいですよね」

ぼそりと呟いた声に、馬鹿野郎、と言い返しそうになる。

「このくらい撮れねぇでなんぼのもんよ」

代わりにこんな風に言い返したら、俺には見えないことがわかってないのか、深々と頭を下げて、そっと離れたらしい。
大津が、90度にお辞儀するってああいう感じっすね、と後で言っていた。

取材が増えれば、どうしても親しくなるし、親しくなって相手から引き出すものもある。
今思っても、俺は稲葉が空自を庇ったのは言うほど悪いもんじゃねぇと思うんだ。

たまたまほかの取材の帰り、局のなかで囁かれる噂も、興味がないのに俺まで知ってるくらいだ。本人の立場は相当辛かったはずなのに、稲葉は報道局のプロデューサーに食って掛かっていた。

「どーいう意味ですか!」

かっとなる、っていう瞬間がまさあの時かもしれない。
かっとなって拳を振り上げる代わりに、俺は、カメラのスイッチを入れていた。レンズをのぞかなくても確実にとってやる。
そういうつもりだった。

振り返った大津が同じようにマイクのスイッチを入れたから、こいつも同じなのかなと思う。
後で聞いたら、俺は坂手さんが撮り始めたからですよ、と言っていたけど、こいつも何気に言い奴だからな。

空井君の連絡先なんか知らない。
だけど、こういうのは何とかなるもんだ。市ヶ谷のゲート前で広報室を呼び出してもらった。幸運なんだろうな。
空井君が残っていたのは。

俺は目に映るものだけじゃない。何かを映すのが仕事だから。

「ん。いつかまた、自慢の飛行機、とらしてくれよ」

お前らの夢を俺は撮り続けてやるからよ。

 

投稿者 kogetsu

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