空を飛んで 番外編:僕の大事な 3

雨がどんどん強くなって、引き上げが決まった頃には、どうしよう、と頭がいっぱいだったこと。
それでも何とかなるんだと、自分に言い聞かせることで精いっぱいだったこと。
朝になって、なんとか間に合うだろうと思っていたこと。

サンドイッチを食べながら、思った以上のリアクションを見せる大祐に、少しずつ整理しながら話していく。

「でも、まさか救助ヘリに乗るなんて思ってもいなかったし、大祐さんが、初めて私に気持ちを見せてくれた北海道の時と同じ輸送機に乗るなんて、もっと思ってなかったし」
「あっ……。そっか、俺、もっと前からリカのこと好きだったけど、いきなり行動に出ちゃったんだっけ」

天然ボケそのままに、そういえばと思い出した大祐は妙に間が抜けた顔で呟く。無意識にぱく、ぱく、と口に運んでいる大祐を見て、リカがふっと笑い出した。

「そうよ。いきなりキスするんだもの。あの時は、頭が真っ白になったけど」
「だって、あの時は、リカの話を聞いてなんか……」
「うん。驚いたけど、嬉しかったな。……もう随分前のことになっちゃいましたけどね」

ペットボトルの水を飲んだ大祐は、ふう、と息を吐いてからリカを振り返った。

「まだ、実感がわかないよ。あの頃、リカと出会ってから今日はリカが来る日かどうかとか、小さなことでも一喜一憂してさ。舞い上がったり、落ち込んだりを繰り返してて、絶対、彼女になんて無理だって思ってた。なのに、自惚れてもいいのかなって思えるようになったのに、やっぱり、俺が夢を見るなんて駄目なんだって思って……」
「もう、その話はいいんです。あの2年の間の話ならいくらでもしたいけど、私達には、PVのときも、あの時も、時間が必要だったんだと思う」

再会して、すぐに結婚を決めて、入籍してはいてもやはり式はまた特別な時間で。
今はゆっくりと、二人で向き合って話している。
皿の上にあったサンドイッチは、ほとんどが無くなりかけていて、二人がそれぞれ飲んでいた水も柑橘系のイオンウォーターもだいぶ減っていた。

「一緒に、お風呂でも入りましょうか?奥様」
「?!……ごほっ、なにっ」
「いいじゃない。だって、夫婦になれたんですし?疲れてるだろうからそれで我慢する」

いきなりな発言に、真っ赤になったリカがごほっとむせて、慌てて飲み物を口にした。ようやく喉のつかえが収まると、ソファぎりぎりまで下がったリカを空井が追い詰めるように近づく。
その大祐に、ちょっと待って、と言ってリカはソファの上に座りなおした。

「あの日。……胸がつぶれそうなくらい苦しくても、ほかのディレクターに任せなくてよかった。あの日、空井さんがもう、私とは別の道を行くんだって決めてたのを見て、二度と会わないつもりだったのに、諦めなくてよかった。ずっと……」

長い、長い時間を思い出したリカの目に涙が浮かぶ。つられて座りなおした大祐の目の前でリカが頭を下げた。

「ふつつかものですが、末永く、よろしくお願いします」

胸がいっぱいになって、この気持ちをどうやって伝えればいいのだろう。
まっすぐに空を飛んで、自分のもとへ来てくれた人に。

大祐は、膝の上に手を置いて、頭を下げていたリカの手に自分の手を重ねた。

「……はい。僕の方こそ、ありがとう。よろしくお願いします」

顔を上げないでいたのは、泣き出していたからで、そっとその頬に手を添えて、上向かせると啄むように口づける。リカの涙が頬を伝って、大祐の頬へも伝わった。
鼻先が触れ合うくらい間近で、空井がリカの目を覗き込む。

「あのね。このままベッドに運ばれるのと、一緒に風呂に入るのとどっちがいいですか」
「その二つ?!って、んっ!!」

反論を許さない空井にそのまま選択の余地まで奪われる。

―― ごめん。疲れているから寝かせてあげたいんだけど……

その言葉がリカの耳に落ちてきたときには、もう空井の力強い腕に抱きしめられていた。

何度も、何度も耳元で繰り返される言葉。

大好きだよ。
愛してる。

―― 僕の大事な……

―――― END

投稿者 kogetsu

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