大祐にメールした後、慌ただしく状況は動いた。
早朝、消防や警察では土砂崩れの起きた道路を回る以外に手がないということで、到着した救援ヘリに乗せられることになったのだ。
坂手と大津が救援風景をカメラに収めると、いったん車を置いて避難しろという指示に従う。
「まさか、俺らが救援される方に回るなんてな」
「しかも、この様子ってあれですよね。キリーの報道記者走るのまんまじゃないすか」
坂手と大津がそんな話をしながら、リカと共に救助ヘリに乗り込む。役場の人々の最後に乗り込むと、あっという間にヘリは基地に向かって飛び立った。
それほど時間もかからずに基地についた後、村人たちは公民館などの避難所に移動する。それの流れについていこうとしたところをぱしっと肩を叩かれた。
「?!」
「稲葉リカさんですね?帝都テレビの」
「はい」
驚いた顔で見上げたリカの前に、制服姿の自衛官が立っていて、顔も知らない相手を前に怪訝そうな顔を向けてしまう。だが、相手は目的の対象を見つけたとばかりに満面の笑みを浮かべると、右手を差し出してリカ達を逆方向へと促した。
「こちらに!時間がありませんので」
「え?!」
「これから入間まで飛びます。それに乗っていただきます」
「え?!あの?!」
訳も分からないまま坂手と大津も機材と共によばれ、たった今、救助された村人たちとは逆の方向へと案内されて、すぐ搭乗手続きに連れていかれる。手続きを終えると、いつか空井と共に千歳に行くために乗った輸送機と同じ輸送機に乗り込んだ。
「あの……」
席に座って、上空に機体が上がってからリカは、有無を言う暇もなく連れてきた自衛官に話かけた。物問げな顔に、ああ、と破顔した相手は改めて、と言って名乗ってくれた。
「芦屋の片山三佐からも、十条の槇二佐からも連絡があったんです」
「え?!だって、あのお二人とも」
「はい。もう東京に向かわれてるんですが、昨夜からあちこち連絡が飛び交ってまして。今朝の救助が決まってから稲葉さんをお連れするように言いつかってます」
目を白黒させたリカは、訳が分からないまま片山や、槙の名前が出たことで何か彼らが動いてくれたのだということだけは理解することができた。
昨日と一変して、天候は回復しているが、上空では気流が乱れているのか、機体は時折揺れがおこる。大津の方は、完全にびびっているが、坂手はまるで子供のように生き生きとした顔で周りを見回していた。
「どういう理由で申請が通ったんですか?」
小声でリカが問いかけると、隣に座っている自衛官はにっと笑って見せた。
「緊急物資輸送と、それに伴う取材班の同行、です」
ものすごいこじつけではあるが、よくそれで申請が通ったと呆れ顔になる。どさくさまぎれというのもあったが、事情が事情だけに根回しは済んでいたのだろう。
「自分たちの間でも、空井一尉と稲葉さんの話は結構有名なんです。電撃結婚された経緯も含めて、元空幕の皆さんや隊長らがいますんで……」
勝手にすみません、と言って頭を掻いているがそれは本当なのだろう。顔から火が出そうな気もするが、憧れていると照れくさそうに笑ったのも彼らの本音だった。
「入間には柚木二佐が待機されているそうです。絶対に、間に合いますよ」
「……ありがとうございます」
頭を下げたリカは、恥ずかしいという気持ちから徐々に嬉しさに変わって、何とも言えない気分がこみあげてくる。
もし、間に合わなかったらと思っていたが、朝一番で救助された時から、もしかしたら間に合うかもと思いはじめていた。それがこうして確実になってくると、いてもたってもいられなくなる。
―― そういえば大祐さんに連絡できなかった
朝、戻れるかどうかは、まだ確実ではなかったからそれ以降連絡できていない。
「……きっと、目を丸くして驚くかも」
一人呟いたリカは、到着が待ちきれなかった。
入間についてすぐ、こちらへ、と同行してくれた隊員から現地の隊員に引き継がれて、駐車場の方へと案内される。そこには、柚木が車に乗っていらいらと待っていた。
「こっち!」
「柚木さん!」
窓から大きく手を振った柚木に手を振ると、ここまでついてきてくれた隊員に礼を言って頭を下げた。坂手と大津が、なぜかそのまま同行していて、すぐに柚木の車に乗り込む。
リカが助手席に、ワンボックスの後部座席に坂手と大津が乗り込むと、すぐに車は走り出した。
「遅い!もっと早く連絡しなさいよ」
「すみません。でも」
「話は後!行くよ!」
さすがに柚木も自衛隊の人間だ。急いでいても丁寧な運転でスムーズに車は走っていく。ゲートで柚木が身分証明を提示する前、車が近づいた時点でゲートが下がり始めていた。
柚木の顔を見た隊員も笑顔で気を付けて、と声をかけてくれる。窓を閉めて走り出すと、ドリンクホルダーに置いてあった小ぶりなステンレス製のボトルをリカに差し出す。
「それ、あったかい味噌汁。具は入れてないから少しでも腹に入れな。絶対間に合わせるから任せなさい」
「ありがとうございます。でもどうして……」
受け取ったリカが礼を言って、キャップを捻ると、ふわっといい香りがする。ありがたくそれに口を付けたリカは、ようやく疑問を口にした。
「それで、どういうことになってるんですか?」
「二次会の、ほら、いろんな連絡で、片山と藤枝さんがメールやり取りしててさ。あの佐藤って子も一緒になって、昨日からメールが沢山飛び交ってんのよ。初めはびっくりしたわよ。片山から稲葉がこんな時間に中継してるって連絡がきてさぁ」
「そうなんですか?!」
まさか一番遠地にいるはずの片山がきっかけだったとはさすがに思わない。そこから次々と連絡が回って皆が動き出したのだ。
カーナビの渋滞情報をちらっとみて、つぎつぎと道を変えていく柚木が運転の合間に説明してくれる。
「あんた、あたしにくらい、出張だって言っておけばもっと早く動けたんだよ?藤枝さん経由して佐藤って子から詳しい話を聞いたんだ。それで、現地の状況と稲葉をこっちに連れてくる段取りは片山と槇が調整して、こっちはこっちで荷物や受け入れの準備とかね。そうじゃないと、空井のことだから、僕が何とかしますからとか言って、周りに余計な迷惑かけないようにとかしてんじゃないかって。ったく、あいつ、いくら今日のことで浮かれててももう少し気を利かせりゃいいのに」
「あの、でも、私もまさかこんなことになるとは思ってなかったので、詳しくは言ってなかったんです」
ひらっと柚木が片手をあげて、わかってんのよ、と豪快に笑った。
「あんたたち、そろいもそろって馬鹿なんだから。周りがほっとけないっつーの」
後ろの席でいつの間にかごそごそと支度をしていた坂手達は、ニヤッと笑った。