式が終わって、二次会へ流れる前にロビーのあちこちでリカと空井を囲んで写真撮影が行われた。リカと写真に納まろうとする自衛隊員たちを押しのけて、柚木が立ちはだかると、稲葉は疲れてるんだから、の一喝で皆を移動させてしまった。招待客のほとんどが近くの二次会会場へと流れていく。
ようやく解放された空井とリカは、スタッフに付き添われて控室に戻った。リカは、気が抜けたのか椅子に崩れるように座りこんでしまう。そこに親族控室から戻ってきたリカの母親が姿を見せた。
「リカったら、泣きすぎ。泣き虫は変わらないのねぇ」
リカの母が呆れ返ってそう言うと、仕方ないでしょ、とリカが軽く母に抗議する。素っ気ないようにも思えるが、親娘の会話としてはそんなものなのだろう。
あっさりとリカをいなすと、深々と空井に向かって母が頭を下げた。
「大祐さん、本当にこんな子だけどよろしくお願いしますね」
「あ、いえいえ、そんなことは。それより、なかなかゆっくりお話しできなくて申し訳ありません」
初めて会ってから空井の礼儀正しさには感心している母は、深く頭を下げた。その後ろで遅れて現れたリカの弟がけらけらと笑っている。リカの弟は都内で会社員をしているらしい。
リカの実家に行ったときにはタイミングが合わなくて顔を会せられなかったので、今日会場に来てから初めて顔を会せたのだ。
「うちの姉、ほんと、気ぃ強いですからね。駄目なときはがつん!って言ってくれていいっすよ。俺はいつも言われる方ですけど」
ほんとにねぇ、とその母も一緒になって頷いている。姉弟の仲はいいらしいが、弟の方は明るくて呑気者で、気の強いリカにはいつも言われる側らしい。
初めて見る、リカの内向きの顔に口元が緩む。
「もう……いいから余計なこと言わないで、アンタは」
疲れ切って力なく呟いたリカに、でたー、と言って弟は空井に向かってにこっと笑う。気のいい弟らしくて堪えきれずに空井は笑ってしまった。
リカの母と弟はこの後すぐに帰るというので、下まで送ります、と空井が申し出る。
「いいの。私達の事は気を遣わなくていいからまたゆっくり時間が取れた時にでも遊びにきてちょうだい。ご両親にもよろしくお伝えくださいね」
空井の両親は遠地ということで式が終わってすぐ、挨拶もそこそこに引き上げていた。スタッフにも挨拶をしたリカの母は、弟を連れて帰っていった。
頭を下げて二人を送り出すと、空井がリカを振り返る。
「じゃあ、僕も着替えてくるよ。えーと、佐藤さんからの伝言でリカの着替えとか鞄は、今日俺達が泊る部屋に運んでもらう様にホテルに頼んでありますって」
二次会に行くのは、ドレスに着替えるためにこの部屋に来た時に着ていた服を着ていくつもりだったが、昨日からの着替えは初めに連れてこられた部屋ではなく、違う部屋にあるということらしい。
「わかりました。じゃあ、着替えたら」
「迎えに来るから一緒に二次会の場所まで行こう。じゃあ、あとでね。奥さん」
片手を上げた空井を目を丸くしたリカが見上げる。
「今……。さらっと奥さんって言った?」
「……言ってみたくて。駄目?」
「駄目……じゃないけど。へへ、ちょっと恥ずかしいかな」
はにかんだように笑ったリカを見た大祐が、ほんのりと赤くなる。
一緒にいるようになって、二人だけの時は、外で見る顔とは全然違う、可愛い顔を見せる様になったリカに毎度、やられている空井が口元を手で覆った。
―― うわーうわー。めっちゃくちゃ可愛いんですけど!
「大祐さん?……もしかして照れてる?」
「や、あの……着替えてくる、よ」
帽子を手にして背を向けた空井の耳が真っ赤になっていた。それを見たリカの方もつられてぽっと赤くなってしまう。
―― 本当に天然……
いつの間にか、着替えを手伝うために現れたスタッフがくすくすと笑っている。
「可愛らしいご新郎様ですね」
「ええ、まあ……」
そりゃあ、傍から見れば、新婚ほやほやのカップルなど微笑ましいどころか、からかいたくなるだろう。まして、披露宴では泣き通しだったリカである。赤い顔のまま、リカはドレスを着替え始めた。
二次会は、徹底的に空井がいじられる場だった。
リカの側は、あちこちで女性陣と制服男子のメール交換でにぎわっている。
「そーらーいーっ!お前、もう稲ぴょんを泣かせたらどうなるかわかってんだろうな」
「そうですよー。元広報室のメンバーだけじゃありませんからね。人前式をしたということは、今日の全員が証人ですからね」
片山と比嘉の名コンビに両脇を固められた上に、百里時代の仲間たちはリカとのことを片山と比嘉から聞いているらしく、仕事で連れてきていたくせにちゃっかり美人をゲットしやがってと、次から次へと手荒い洗礼が待っていた。
「ちょ、何でですか!もう~。そんなことしませんよ!」
「本当か?SKY!お前、あんな美人な嫁さんを泣かせたらわかってるだろうな!」
「ちょっ!隊長まで勘弁してください!そんなことしませんてば!!」
飛行隊時代の隊長にまでからかわれると、だいぶ飲まされている割に、言うほどは酔っていない空井が、憤然と言い返す。
「それに!片山さん、もう稲葉じゃないので!稲ぴょんはやめてください、稲ぴょんは!」
「なにぃ?稲ぴょんは稲ぴょんだろうが!」
「違います!僕の大事な!リカぴょん、です!!」
勢いとはかくも恐ろしい。
全力でのろけをぶっ飛ばした空井に向かって、まわりを取り囲んでいた男性陣から一斉に冷やかす声とブーイングが同時に上がった。
「こーのーやーろーっ!力いっぱい惚気やがって!」
「いやぁ~。いいですね。あの頃の独身組の中で二組が結婚しましたから、残るは片山三佐だけですねぇ」
比嘉が満面の笑顔でビールを飲む傍らで空井の首を締め上げた片山は、携帯を握りしめて走り出した。あちこちの女性に突撃しては撃沈してぎゃーと騒いでいる。
遠巻きにその騒ぎを見ながらリカは女友達や同僚たちに囲まれていた。
「稲葉さん。仕事は旧姓のままで続けるんですよね」
「あー、うん。珠輝、本当にありがとう。色々と助かった」
「任せておいてください。お休みの間もばっちりです。その代り」
「な、なによ」
「私の時も助けてくださいね!」
後ろにハートマークがくっつきそうな勢いで、珠輝は大津の腕にぶら下がっている。意外といいカップルなのかもしれない。
もちろん、と頷くと嬉しそうに珠輝がVサインを見せた。