開かない窓の外は青空でよく晴れている。どこまでも冷えた空気のまま遠くまで見渡せるようだ。
「空井さん?空井さん?聞いてます?」
「……え?あ、はい!」
現実に引き戻されたのは目の前で向き合っていた相手に呼ばれたからだ。
「すみません……。なんでしたっけ」
「いえ……、たいした話では」
白々とリカが広げていたファイルとビデオカメラをバッグにしまう。
まずい、と思ったのか、腰を上げそうになった大祐に助け船がくる。くるりと椅子を回した比嘉がすかさず割って入った。
「今日はすごく晴れてますからね。こういうお天気のクリスマスっていう企画はいかがですか?」
「ああ……。そうか。お天気のクリスマスもいいですね」
すかさず、しまいかけたファイルを取り出してリカが書き留める。
視線が泳いで大祐は助け舟をだした比嘉に視線を向けた。
「稲葉さんは、今、クリスマス特集の企画をされているそうですよ。ありきたりにならないように工夫をされるので苦労されているんですよね?」
「ええ。ホワイトクリスマスとか。恋人たちのクリスマスとかそういうありきたりなものではないものがいいとおもって……。でも、空井さんはあまり興味がないですよね?」
途中までは話を聞いていたはずなのにどこかから窓の外に目が行ってしまった。
目の前にいる人はものすごく敏感なのだ。
「あ、あの、興味がないわけでは……」
「じゃあ、どういうのが?」
畳みかけられて慌てた空井がしどろもどろに口を開く。
「ど、どういうって……。あ!じゃあ航空祭!航空祭でクリスマスとか」
「クリスマスにちょうどよく航空祭をする基地があるんですか?」
じろり、と睨みつけられて、話を聞いていなかったことがバレバレすぎる。なんとか取り繕うと口にした言葉でますます、ドツボにはまった大祐は突き刺さるようなリカの視線にしどろもどろで答えた。
「ありま……せんけど……」
「じゃあ、空井さんは今までどんなクリスマス過ごしていたんですか?」
「えぇっ?!じ、自分ですか?いや、あの……、ほとんど仕事してるか、男同士で飲んでるか……」
はーっとため息をついたリカがファイルをバッグにしまう。
「空井さんに聞いた私がいけなかったんですね。わかりました。十分です」
「えっ、や、あの」
「そんなわけで、私はクリスマスの特集!考えなくちゃいけないので、今日のところはこれで失礼します」
さっさと立ち上がったリカは、バッグを肩のあたりでぎゅっと握って頭を下げた。つられて立ち上がった大祐は足をテーブルにぶつけて、顔をしかめたが、いてぇ、と呟いて出ていくリカの後を追いかける。
残った比嘉と柚木は顔を見合わせて肩をすくめた。
「珍しいな。空井、稲葉のことならいっつも馬鹿丸出しっつーくらいに食いつくのに」
「……たまにはそういう日もありますよ」
「ふうん?」
それ以上、特に突っ込むこともなく椅子を戻した柚木と少しだけ首をひねった比嘉が背中を向けた時、エレベータホールで大祐が冷や汗をかいていた。
「すみません。あの、別に興味がないわけでは……」
「いいんです」
「稲葉さん」
ぴしゃりと言い切ってエレベータの数字が動くのをじっと見つめているリカは隣で慌てる大祐の顔を見ようともしない。
困った大祐がしゅん、とうなだれていると、ふーっと息を吐くのが聞こえた。
「空井さん。例えば恋人同士で過ごすならどんなクリスマスがいいですか」
「え?!じ、自分ですか?」
「空井さん、彼女とかは……」
探るような視線にどき、としたことを悟られないように、何度も目を瞬く。
「もうずいぶん長いこといないので……その、あ、じゃあ!こういうのはどうですか。稲葉さんが考えた企画、行ってみませんか、一緒に」
「……は?」
「稲葉さん、企画考えられてるんですよね?その案をかためるために実際に行ってみるんです。そうしたら、企画もリアリティがでてくるじゃないですか」
リカとプライベートで一緒に過ごす。
そんなシチュエーションがそもそも想像できないでいるから、調査という名目でもデートの雰囲気が掴めるかもしれない。
藤枝とは何でもないのだと聞いてから、もう一度誘いたくても飲みに行くくらいしか思いつかなくてなかなか切り出せずにいたのだ。
「……いいですよ。じゃあ」
「えっ?!」
断られるだろうな、と思いながらのセリフだったが、思いがけない言葉にまた驚く。
オーバーアクションに眉をひそめたリカが怪訝そうな顔になった。
「えっ、て……。空井さんが言い出したのに、なんで驚くんですか?」
「あ、いや、だって、てっきり断られるかと……」
「別に、どうせいろいろ調べなきゃいけないし、それなら男性の意見も聞きながらのほうがいいかなって」
「あ、そういう……」
当たり前のことだが、デートではなく、あくまで仕事目線のリカに舞い上がりかけた気持ちが待ったをかけられる。
だが、それでも十分嬉しい。
大祐の一喜一憂する内心を知らないリカはぽーんと開いたエレベータに乗ってしまう。
「じゃあ、あとで候補日をいくつかご連絡しますね」
「あ、はい!よろしくお願いします!」
「はい。じゃあ、失礼します」
頭を下げてエレベータが下りて行ったのを確かめてから、よしっ!とガッツポーズが出る。
はっと我に返って、誰にも見られていないことを確かめると、大祐は足早に広報室へと戻っていった。