「……それで、この案件の中でそうなる様に仕向けますが、かなり相手の方を追い込むことになります。その際に、稲葉さんのご自宅まで知っているというところがネックになるのかなと」
「……だから、自分をこっちに?」
「いいえ。それは空井一尉の元パイロットとしての力を借りたいというのは本当です。ただ、鷺坂流は、1つの事でいくつもメリットを生み出すことですから」
元パイロットの広報など確かに大祐以外にもいるはずで、関東近県の基地にも当然いる。
どうせ動かすなら大祐を動かすことで一つも、二つもというのはよくわかった。満足そうに頷く比嘉がさらに爆弾を落とす。
「それに、帝都テレビさんともお付き合いがあって、キリーとも面識があるなら空井さんですから」
「えっ?キリー?!」
「あ。まだ詳細は話していませんでしたね。この番組の初回だけ、報道記者としてキリーが登場するんです。映画の番宣も兼ねているそうですよ」
にこにこ笑っているが、すごい話だと思う。時間帯だけは23時と遅めだが、キリーのファンを振り向かせることもできるなら視聴率も期待できる。
「……すごい、仕事ですね」
「もちろんです。我々としても、稲葉さんにご恩返しができるいい機会ですから、全力でサポートさせていただきますよ」
今の空自の担当者も好意的ではあるが、リカ程彼らの立場を理解してくれた人もいない。初めはあれほど関心のなさとやけっぱちで、ありありと態度にだしていたのに、そのリカを変えたのは空井で。
だからこそ、自分達は全力でサポートするのだと言われれば、ありがたい気持ちもあっり、広報官としての大祐が大きく頷かせた。
「わかりました。自分もできる限りやらせていただきます」
プライベートの想いと仕事の両方を抱える羽目になったが、それは幸いなことだと思う。
仕事で協力ができて、リカを守れるなら。
いっそ、局まで迎えにいこうかとも思ったが、大祐も比嘉に渡された資料を読まなければならない。定時を過ぎてから、一旦、家に帰って、リカの仕事デスクを借りていた大祐がリカからのメールを受け取ったのがその後の事だった。
帰るというメールから時間を導き出して、出迎えに部屋を出て下まで降りたところで、目の前に飛び込んできた女性とぶつかった。
女性だと思った瞬間、それがリカだと思い、そして。
一瞬、背の高い人影がエントランスのガラスから見えて、相手も大祐が見えたのか、単に人が下りてきただけと思ったのか。定かではないが、ともかくぱっと身を翻して姿が見えなくなった。
―― 今の……!
できるなら追いかけていて、相手が高柳なら殴ってやりたいところだったが、リカが怯えているのはすぐに分かったので、ひとまず部屋に連れて帰った。
―― 駅から家にの間も危ないかもしれない……
今日、陸自の取材だったということは横須賀の取材が来週か、再来週の初めで、空自がその後になる。
その間、さっきのようなことがないようにリカを守りたい。
眠っているリカを起こさないように、そっと起き出した大祐は、少しでも仕事を早く終わらせてリカを迎える時間を作れるように、持ってきた資料に目を通し始めた。
―― 冗談じゃない……
夜の明るいネオンが輝く店の中で、酒を飲みながら店の女の子の肩に手を回す。連れてきた男性二人も、それなりに場馴れしていると見た高柳は次に連れて行く店を頭の中で思い浮かべた。
大人の社会見学という番組で、電車の駅に浄水場、ホテル、と続いて、3回の撮影のうち、2回を担当したことで、自信をつけていた高柳にとって、今回の初回スペシャルの話は予想外だった。
当然、自分が入ると思っていたのに、話はどんどん大きくなって、取材はキリーが報道記者という役どころを兼ねて行い、それを受けるアナウンサーとナレーションを藤枝がすると聞いて、ぎりぎりと歯ぎしりをしそうになる。腹いせにリカの例の写真でもその辺にばらまいてやろうかと思ったくらいだ。
だが、かろうじて踏みとどまったのは、キリーが出ることは初回のみで、藤枝の登場も前半のみに追い込んでしまえばいいのではと思い直したからだ。
これから藤枝に何か致命的なことが起これば、この後の出演はなくなるかもしれない。
それはリカも同じことで。
リカに取り入って、あわよくば、落として自分のものになれば女はそういう相手にはとことん甘くできているから、いいように使えると思った。
予想外は思いのほか、清純で、固い女だったことだろうか。
ガツガツで、仕事に生きてるような女だと聞いていたから、落とすのは容易いと思っていたのに、だからこそなのか、純粋で一緒になったばかりの旦那一筋だと聞けば、ふん、と鼻で笑いたくなる。
相手が自衛官だと聞いていたから、初めに少し揺さぶりをかけたら、あっけなく動揺していたから何とでもなると思っていた。まだそれほど動いてはいないが、思った以上に揺さぶりに対して、固い反応が返ってきている。
手元に残せたのは、嫌がっている携帯の写真くらいで今のところほかに手がないなら、ここからはもっと強引でも攻めて落とすか、もっと言うことをきかせられるだけのネタを集めればいい。
まだまだ逆転の機会はあるのだから。
「じゃ、そろそろ次いきましょうか」
男達を誘って、次の店へ向かうために立ち上がった。
ここまで這い上がってくるには色々とやってきている。連れてきた男達を、次の店まで連れて行ったら、あとは適当なところで自分は消えればいい。
彼らを揺さぶるネタはもうある程度押さえている。
次の取材は海自であり、打ち合わせにも参加できなかったはずなのに、高柳はいつの間にか若い隊員と取材を受けるらしい隊員に顔をつないでいた。
打ち合わせにも入れてもらえなかったために、相手先から話を聞き出すことと、いざという時に、役に立ってもらうために、何度か飲みに連れだしていて、ネタになりそうなところは押さえている。女性に絡んでいる写真としゃべっている内容はすべてレコーダーに保存していた。
何かあれば、このネタを使って、ねじ込んでいくのも手だ。
「いやー、高柳さんの連れてってくれる店いいねー」
「まかしてくださいよ。こっちの方、なかなかおおっぴらにいけないでしょ?」
「いい店って探すの難しいよねー」
女性がいる店、と言っても初回はもっとソフトに出たが、3回目となれば、だいたいどういう店に連れて行けばいいのかわかっている。
帰りは駅まで送迎の車が出る店に放り込んで、ほくほくした顔で彼らが個室にそれぞれ入っていくのを見送ってから、自分はいいと言って、店を出た。
出費はかさんだが、これで少しは何かの役に立つ。
はーっと息を吐くと、酒気が出て行って、代わりに排気ガスにまみれた空気を吸い込んだ。携帯が鳴って、さっき小金を握らせて、後をつけさせた男から、リカを駅からつけて行って、マンションまでは行けたが、逃げられてしまって脅しをかけるには至らなかったと連絡が来た。
不審者の脅し、というのもなかなかうまくいかない。一度やって駄目なら二度、三度と繰り返すことはしない。足がついたら元も子もないからだ。わかった、とだけ返信して、次にどうするかを考える。
次の空自の取材ではリカの夫だという男もいると聞いている。相手次第で繰り出す手は変えるつもりだが、それまでにリカか、藤枝の決定的な何かをつかみたいところだ。
高柳にはあちこちに女がいて、それなりの情報は集まってくる。
―― 俺はまだこれからもっと上に行きたいんで、悪いな
にやっと口元に笑みを浮かべた高柳は、数日の間、ふて腐れていたところからガラッと一転していた。