Honey Trap 28

「稲葉。なんかあったか」

取材車に近づいた坂手に遅れて大祐が取材車に近づく。
坂手がリカに質問しているのを耳にした大祐は、やはり何かがあったのかと思う。

「これから少し、変更します。今日の取材班の方は、キリーと藤枝が取材、そしてもう一人の取材班として高柳さんにも動いてもらいます。少しだけ予定からずれますけど、問題ないはずです」
「なんでもないって、お前それじゃ内容変わってくんじゃねえかよ。カメラ一台で全部とれると思ってんのか?」
「大丈夫です。撮影班の方に手伝って戴くことになってます。坂手さんは高柳さんを、キリーがいるほうは撮影班にお願いしました」
「稲葉」

坂手がもう一度呼ぶと、リカがようやく顔を上げた。まっすぐな目には迷いがない。

「大丈夫です」

リカが担当するか否かに寄らず、取材当日に内容を変えることはなくはない。それでも今までリカが作ってきたものに間違いはなかった。

「……わかった。俺らはスタンバイしてるから準備ができ次第、呼んでくれ」
「わかりました」

リカには坂手の後ろにいるはずの大祐の姿も目に入っていただろうが、リカは何も言わず、自分が言いだした段取りに合わせて、今日のスケジュールと内容を書き換えた。その上で、高柳の持ち分を作り出す。

タブレットにデータを移して、深く深呼吸をする。

「……よし」

気合いを入れなおしたリカは取材車から表に出た。かっと照りつける日差しがリカの背筋に力を入れてくれる。
車の傍から少しだけ離れた場所にいた比嘉と大祐が心配そうな顔で見守っていることにも気づいていたが、今のリカはそれに構ってはいられなかった。

足早にキリーと藤枝の傍に近づくと、リカは高柳を呼んだ。

「申し訳ありませんが、少し設定を変更します。取材は二手に分かれていただいて、キリーさんと藤枝の二人での取材風景、同時にこちらの高柳が別な場所から取材を行います。主になる取材の補足という形をとります。お二人の方から補足取材に入った高柳の方へ話を聞く形で進めさせていただきます」

キリーが隣にいる藤枝にちらりと視線を送ったが、そこはプロだからだろうか。頷いて差し出されたタブレットに目を通し始めた。
藤枝が不満そうな顔をしているのに対して、高柳はひどく満足そうである。

「足を引っ張らないようにがんばりますので、よろしくお願いします。藤枝、さん」

まだリカが決めた中身を読んでいなかったが、内容がどうであれ対応できる自信があった。
なぜリカがそれを決めたのかはわからない。藤枝は高柳から視線を逸らしてキリーの傍に立った。

比嘉や大祐たちにとって、リカの職場の中にまで口を出すことはできない。
藤枝が比嘉に連絡したことも、今回の諸々の取材も、いい年をした大人の何もかもに口を出すつもりなどではない。ただ、もうリカは広報室の面々にとっては仲間といっておかしくなかった。

ある程度の作戦を練って、仕組むことは仕組んでこの取材に高柳も同行させ、藤枝との差を知らしめようとしていたのは事実である。それが、思いがけない方向へ転がり出した。

リカがほんのわずかの間に高柳に何か言われたのか、急に高柳も出演させると言いだしたらしい。

もちろん演出の変更はありうることで、それは対応可能な範囲であったが、問題はその理由である。
何か高柳に脅されるような事でもあったのかと、比嘉と大祐は顔を見合わせた。

「とりあえず、あいつ、今は言いだしたら聞かない感じなんで様子を見ます」

密かに藤枝がそれだけを伝えに来て、すぐにまた取材班の方へ駆け戻っていく。

「空井一尉。落ち着きましょう。我々はあくまでえ稲葉さんのサポート、帝都テレビさんのサポートです。お任せするしかありませんから」
「……ええ」

もしリカに何かしたのなら、と剣呑な目の光を懸命に抑えた大祐に比嘉がストッパーをかける。
こういう時、比嘉や鷺坂の判断は間違いない。

戦闘機の離発着を撮影していた撮影班の方が画を撮り終わるのに合わせて、今度は取材班が動き始めた。

「それじゃあ、お願いします」

キリーと藤枝、そして高柳のやり取りは交互に撮影し、後で編集でつなぐことになった。
ただ、呼びかけたり対話の部分はタイミングを計るために、撮影しているすぐそばで、双方が返す。仮入れである。

先にキリーと藤枝がスタンバイする。

「それでは……」

よーい、の声の後にカウントが入り、先に藤枝が口を開いた。取材内容のベースは決まっているとおりだが、話す中身は全面的にキリ―と藤枝に任せてある。
アドリブでお願いします、と言ったリカにキリーは快く引き受けてくれた。

「だてにあれ以来、空自さんのファンになったわけじゃないですよ。下手したら、藤枝さんより詳しい自信ありますから」
「おっ、頼もしい!」

何度か打ち合わせをさせてもらっていて、藤枝とは多少気安く話ができるらしい。キリーが任せろと言っているなら、高柳の方もできませんとは言えなかった。
決まりきった原稿を読むだけではなく、臨時のリポートだって当然仕事の内だ。

―― 何も変わらない。俺は稲葉さんを使ってもっと上を目指す

雲一つない、快晴というわけにはいかなかったが、それなりに晴れた空を見て、高柳はまた一つステップを進むつもりになっていた。

「じゃあ、ここはもう一か所の現場で取材をしている高柳から確認してみましょう。高柳さん」

編集しやすい様に間を開けてから少し離れた場所で高柳の声と反応をモニターが拾う。
丁寧ではあるが、どこか上滑りする印象は今日も相変わらずで、高柳の対応は全く平坦な取材になってしまっていた。

「なるほど。その場合は……」

突っ込んだ質問がキリーから飛ぶが、返答は一応及第点だが内容は不足している。それを見ていた背後でリカが何かをメモしていた。
その傍に近づいた比嘉が、小さな声で囁く。

「稲葉さん。あれはお渡しした資料にはないかもしれません。補足入りますか?」
「そうですね。あると助かります」
「承知しました。でも本当にキリーさんはお詳しいみたいですね」

空自の部隊は飛行部隊だけではない。その展開順に踏み込んだキリーの問いかけに比嘉だけではなく、見ていた隊員たちも目を丸くしていた。
それを受ける藤枝も、同じくらいの知識を叩きこんできたようで、急なフリにも全く動揺しない。ただ、愛嬌で二、三度ややこしい名称を噛んだくらいで。

投稿者 kogetsu

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